97. ☨暗黒と聖光の誘い☨
彼は僕を見るや否や、バツの悪そうに顔を顰めた。相変わらず感情をよく表に出す人だ。
多分、皇女殿下の修練を僕に丸投げした件が原因だと思います。
「……こんなところで何してるんですか?」
「それはこちらの台詞だ。我はこの天を支配せし王者の神殿に挑んでいたのだ。まあ、今回も最深部まで辿り着く事は不可能だったがな」
師匠でもゼーレフロンティアを踏破することは不可能なのか。僕もしばらく進んだら魔物が強すぎて立ち往生してしまう。しかもこの神殿、内部の構造がランダム生成。修行には最適だけどね。
「どれぐらいの期間潜ってたんです?」
「太陽と月が二十廻る以前だ」
「一月前ですか。じゃあ、地上で起きてること知らないんですね」
レーシャは師匠に胡散臭いものでも見るような視線を飛ばしている。実際、胡散臭い人だから正しき警戒だ。ただし、その警戒の中には彼が強者だと感じ取っている節もあるみたいだ。強者である師匠の協力が得られれば頼もしいことこの上ないが……
「む、何か起こっているのか?」
「はい、実は……」
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「ほう……面白そうではないか! これは……裏に闇の権化の気配を感じる……。神聖、その裏に隠されるは邪悪なる力……! 我の深奥が地上の魔を感じ取り、疼いている!」
「アルス君、この人大丈夫……? 頭」
レーシャがひっそりと囁いてきた。
「頭は大丈夫じゃないよ」
彼の難解な思考を理解できる者は中々居ない。だからこそ、彼と会話して協力を仰ぐのは弟子である僕の役目だ。
「なるほど、師匠。では……その力を存分に振るうとしましょう。僕らはこれから地上に降り、戦います。師匠も協力……いえ、破滅の力を解放してくれませんか。いかがでしょう」
「フ……ハハハッ! 良いだろう、我が力を求めるか! では、早速地に降り、幻の尖兵供を駆逐しに行くぞ。ついて来い、アルスに魔導士!」
師匠はそう言い、僕らに振り返ることもなく神殿から飛び降りていった。真下はシィーメ峡谷の少し上の地点だ。
「なんだか大変な人だね……」
「まあ実力はある人だから……僕たちも行こうか」
彼女は困惑しながらも頷き、手を差し伸べた。
その手を取り、空に身を任せる。もしかしたら、僕はもう死亡説も出ているかもしれないが……マリーやタナンなど、僕を待つ人は少なくとも居るはずだ。
だから、彼らの為に行かないと。
重力に逆らって落ちていく。余談だが、重力は人に科せられた罪の象徴であり、神話では今は亡き虚神が人に科せたものだとされる。まあ、作り話だと思うけど。そもそも人の原罪への贖いを科したのは既に死んでいる罪神であって……名前はなんだっけ?
たしか罪神の名前はクラなんとかだった気がする。とうの昔に死んだ神の名前なんてどうでもいいか。
地に足をつけると、涼しい風が吹き抜けた。周囲には人気がなく、魔物を師匠が吹き飛ばしていた。どうやらフロンティアのようだ。
「で、幻影兵とやらはどこだ! フロンティアには居ないのか?」
「はい、人里で暴れてますね。フロンティアにはまだ来ていないので、反乱軍もフロンティアに拠点を構えている場合が多いみたいです」
正直、幻影兵を相手にするよりもそこらの魔物を相手にした方がマシなのだ。幻影兵の個々の戦闘力は下級騎士程度。ちょうど神聖国王が生きていた時代では上級騎士レベルの戦闘力だが……現代に暮らす人々からすれば、そこまで強くない。
しかし、彼らは統率が取れており、そこが厄介なのだ。悪質な一致団結、戮力協心。神聖国王の為に死をも厭わぬ魔力体の軍隊。統率のない魔物と比べたら、魔物の方が遥かに良心的と言えるだろう。
「よし、では首都に向かうぞ!」
「いや、あの……召喚者問題をどうにかしないと……神聖国王を倒しても再召喚されちゃいますよ」
「いや、アルス君。彼の言も一理ある。召喚者は得てして英霊の近くに居るものだ。一旦ディオネに向かうのも悪くないかもしれない」
そうか……師匠は直感で動いているように見えて考えている。今回も話を聞き、何か思い当たることがあったのかもしれない。
「なるほど。君がそう言うのなら間違いないね」
「む……なんだアルス。その魔導士にはやけに従順ではないか。よもや師たる我よりも信を置く相手が居るとはな……やるではないか!」
何がやるのかは分からないが、師匠はやけにご機嫌だ。僕も久しぶりに彼と会話できて嬉しいので、彼も同じ気持ちだったら良いな。
「私は中二の彼を知っている。でも、彼は私を知らないだろうね。だから名乗っておこう。私はレーシャ、アルス君の友達です。よろしくお願いします」
「む……ああ、我は破滅に囚われし者、力の深淵をその身に秘めし魔の戦士、ルカ! こいつの師だ」
二人はどこかぎこちなく距離感を測っていたが、やがて僕を挟んで一定の距離に収まった。
これは、アレか? 強者特有の間合いというやつなのか? 分かりません。
「神聖国王、か……我が生まれる少し前に活躍した人間だな。風の噂に聞いた程度ではあるが」
となると、師匠は大体千歳くらいか。魔族の中では長い方だ。
彼は少し遠い目をしていたが、やがて僕を真剣な目で見つめた。
「仮に神聖国王が英霊であり、召喚者が存在したとして……割り出すのは容易な事ではない。だが、一つ……絶望を打ち砕く秘術がある」
「おお、さすが師匠です。で、その手とは?」
彼は少し躊躇ってから、言葉を紡いだ。
「あらゆる魔を司る者。彼の者ならば神聖国王から召喚者の魔力を辿ることもできよう……極力、手は借りたくないのだがな。今はこのディオネに滞在していたはずだ」
「そんな凄い人が……それで、その人の名前は?」
「理外の魔女……フェルンネ」




