96. 天から中継でーす
「……以上で報告を終わります。神聖兵の配置は滞りなく進んでいます。ただ、反乱軍の抵抗が想定よりも激しく……一筋縄ではいきません」
「ふむ、ご苦労。下がってよいぞ」
「はっ……」
騎士マリー・ホワイトは突然配属された上官に報告を終え、部屋から出た。政変以来、これまで見かけなかった人物が国の主要機関を支配し、これまで旧国王に仕えていた騎士たちは奴隷のようにこき使われていた。
もちろん半数近くの者が反乱を起こし、ある者は拘束され、ある者は反乱軍に加わった。聖騎士とて例外ではなく、マリーの部隊に属していた者も消えていった。
逆に、神聖国王に仕えることを決めた者達にはそれなりの理由がある。家族を守る為、職を失わない為……様々な理由で城に残らざるを得ない者も数多く居る。マリーもまた、そんな人間の一人だった。
自称神聖国王が国王の座に就き、あらゆる改革……いや、改悪が行われた。厳しい情報規制、そして強制服従の障害となり得るものは全て排除された。ホワイト家もまた、その『障害』の一つとして目を付けられてしまったのだ。四英雄は崇拝の象徴とも言える。救国の英雄の末裔たるホワイト家は国民からも篤く信頼され、国の象徴になっている。独裁を目論む神聖国王からすればホワイト家は目の上のたん瘤という訳だ。
ここで、マリーは判断を誤らなかった。神聖国王に恭順の意を示し、彼女自身の命を守り通した。陛下に刃を向けた不貞者、と民から蔑まれるだろう。だが、それでも彼女は誇りよりも命を優先した。命が無ければ誇りなどゴミ屑も同然だと──そう思っていたからだ。そして何より、彼女には殺さねばならぬ狂刃があった。だから、まだ死ぬ訳にはいかないのだ。
「マリー、お疲れ様」
「あ、先生……」
俯きながら廊下を歩くマリーに言葉をかける者が居た。弓を扱う聖騎士の女性、スピネ・リンマだ。
マリーに弓術を教え、騎士としての心構えも教えてくれた師。
「お兄さんはまだ見つからないのかしら?」
「はい、目撃情報はまるでありません。大丈夫だとは思いますが……」
アルス・ホワイトは反徒である。最後に目撃されたのは幻影兵から逃走し、首都から逃げ出す姿だ。
ホワイト家は……どういう理屈か魔境と化した。中に入れば異空間に飛ばされ、危険極まりない場所に放り込まれる。外部から攻撃を加えても一切反応しない。よく分からないが、とりあえずホワイト家は守られているのだ。……マリーが帰ることもできないが。
現在は少し前と同じように、スピネの家に寝泊まりさせてもらっている。
「まあ、彼ならね。もう仕事は終わったでしょう? 帰りましょうか」
「はい……」
彼女の表情は浮かないながらも、迷いはなかった。生きる意味は復讐、それ以外に何も必要ないという信念は変わらないのだから。
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「幻影兵って感情あるのかな?」
「感情はあるみたいだねー。でも、神聖国王に逆らうことはできないように呪縛がかけられてるみたい。……あ、天竜が居るよ。今日の夜ごはんにする?」
「いや、生態系壊れそうだからやめよう。ほら、ここに生物が居ること自体珍しいんだし」
僕達は今、どこに居るでしょうか。
空です。空に浮かぶ神殿に居ます。
ゼーレフロンティア。あまりの危険さ故に、人類が未だ踏破していない魔領。
「亜天空神殿」。ディオネ神聖王国の遥か上空、成層圏に位置するこの神殿もその中の一つだった。ちなみに、ゼーレフロンティアは全部で三つある。
まあ、なんでこんなところに居るのかと言われれば……地上に居場所がないと判断したからだ。幻影兵がそこかしこに蔓延っており、とにかく面倒なのだ。この天災級の魔物が大量に生息する場所の方がマシだ、少なくとも退屈はしない。
だが、ここでずっと過ごしていても埒が明かない。かといって、神殿の奥に進むこともしない。入り口付近でしばらく待機しているのだ。
「地上の偵察によると、反乱軍の動きが激化してるみたい。そろそろ下に行く?」
「うーん、僕らが行かなくてもどうにかならないかな?」
「私達以外に神聖国王が英霊だと気づいている人はいない。打倒すべきは神聖国王じゃなくて召喚者なんだよね……その情報を握っている私たちが動かなくちゃ」
召喚者、か。レーシャの予測によれば、幻影兵たちの召喚魔力も神聖国王ではなく召喚者が負担しているらしい。国家規模の魔力だ……どんなズルをしているのだろうか。
「まあ、君がそう言うのなら頑張ろう。なんでも命令してくれ」
「え、丸投げしないでよ……私だって万能じゃないよ。……アテルの方は万能だけど」
「そっか、ごめんね。じゃあとりあえず地上に突っ込むか」
「よし、いいね。反乱軍に協力して、召喚者を見つけて……どうにかなるよね!」
何という脳筋トーク。まあ、実際何とかなるだろう。反乱軍もある程度まとまり、大きな組織になった。流れに乗じて乗り込むなら今だろう。
「ん……アルス君、誰か来るよ」
僕が神殿から飛ぼうとした時、レーシャがそう告げた。
……この魔境に人?
神殿の奥の暗がりに目を凝らす。
たしかに、人の足音が聞こえてくる。音は次第に近づいてきて、天を照らす陽光がその者の姿を明らかにした。
「……師匠?」
「うん? なんだ貴様……って、アルスではないか!」
僕の師匠だった。




