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第三章 11




「心配しなくても、わたくしはちゃんと本物ですわ」

「……ミーア……」

「本当に本当に……ありがとう、ございました」


 猫になったミーアに、とても暖かく接してくれたこと。

 必死になって魔女を探し、ミーアを助け出してくれたこと。

 クラウスがいなければ、今頃ミーアはどこかで孤独に命を落としていたことだろう。

 嬉しそうに破顔するミーアを前に、クラウスはわずかに苦笑する。


「俺の方こそ、こんなに時間がかかってしまって、……本当に、すまなかった」

「クラウス様……」

「でも良かった……君が戻ってきてくれて、俺は……」


 クラウスの腕が、再びミーアの体に回される。

 しっかりとしたクラウスの胸板にミーアが顔をうずめていると――しばらくして、クラウスが名残惜しそうに体を離した。

 どうしたのでしょう? と少し残念そうな顔をして、ミーアは窺うように視線を上げる。するとクラウスが、真剣な面持ちで口を開いた。


「……俺も、君が目覚めたら、一番に言いたいことがあった」

「クラウス様? 何を――」

「ミーア、俺は君が好きだ」


 クラウスの真っ直ぐな言葉に、今度はミーアの思考が吹き飛んだ。


「君がいなくなってから、ずっと後悔していた。もっと君にちゃんと気持ちを伝えるべきだった。もっと話をしたかった。君に笑っていてほしかった――こんなに情けなくて、何も出来ない俺だが……君のことが好きだ。大好きなんだ」

「あ、あの、クラウス、さま?」

「今まで必死になって格好つけてきたが、俺はあんな後悔、もう二度としたくない。だから伝えられる時にちゃんと言うことにした」

「そ、それはとても、嬉しいのですけども、その」

「何か問題が?」


 そこでミーアはもう一度、クラウスの背後をちらりと見た。

 視線に誘われるようにクラウスが振り返ると、アイリーンとラディアスと目が合ってしまう。

 その瞬間――命の危機を感じ取ったラディアスは、アイリーンの腕を掴むと目にも止まらぬ速度で礼拝堂を後にした。

 邪魔者がいなくなったのを確認したクラウスは、すぐにミーアの方を振り返ると、どこか満足そうに微笑む。


「――何か、問題が?」

(……ク、クラウス様って、こんな笑い方もなさいますのね……)


 やがてクラウスの手が、ミーアの頬に伸びた。

 白銀の髪をかき上げると、顔を近づけ二度目の口づけを落としてくる。だが先ほど口づけられていたのは氷漬けの体で……と気付いた瞬間、ミーアはぼんと赤面した。


(わ、わたくし、は、はじめて、では……⁉)


 クラウスの唇は想像以上に柔らかく――そのとろけるような感触に、ミーアの心臓は破裂しそうだった。キスとはこういうものなのねと、まざまざと心に刻みつけられる。

 しばらくしてクラウスの顔が離れ、ミーアは我慢していた息を一気に吐き出した。それを目にしたクラウスが、くすと笑いを零す。


「息を我慢していたのか?」

「だ、だって、どうやってしたらいいのか……」

「こういう時は、鼻でするんだ」


 そう言うとクラウスは顔の傾きを変え、三度目のキスをねだった。薄く開いたクラウスの唇がミーアのそれにかぶさり、ミーアはまたしても逃げ道を失ってしまう。

 息継ぎをしようとしても、ミーアを抱きしめるクラウスの力は強く、ミーアは必死になって彼の体を両手で押し戻した。

 しかしまるでじゃれつく子猫をいなすかのように、クラウスはミーアの体を手繰り寄せる。


 しばらくして――ようやく口づけから開放され、はあっと酸素を求めるミーアの瞳を、クラウスが幸せそうに覗き込んだ。


「はは、……ああ。……本当に、ミーアだ」

「……?」

「生きている……ミーアが、俺の腕の中に……いる……」

(クラウス、様……)


 ミーアもまた彼を見つめ返す。クラウスの赤い虹彩に自身の姿が映り込んでおり、ミーアはどうしても目が離せなくなる。

 やがて互いに視線を絡ませたまま、クラウスはミーアの存在を確かめるように抱きなおした。

 ミーアもそっと彼の胸に頭を寄せる。猫だった頃も何度もこうして、クラウスに抱きしめてもらった。でも今が一番――満たされている気がする。


(クラウス様……)


 長い抱擁が続き、ミーアはちらりとクラウスの様子を窺った。

 クラウスはミーアを抱きしめたまま動く気配がなく、仕方なく彼の背中を軽く叩く。


「……?」


 どうした、とゆっくり顔を上げたクラウスの顔に、ミーアはそろそろと手を伸ばした。彼の頬に指を添わせると、少しだけ体を持ち上げて、今度は自らクラウスに口づける。


「――ッ」


 その瞬間、クラウスはわずかに目を見開いた。だがすぐに目を閉じ、ミーアの腰に手を回す。

 誰もいない礼拝堂の中、長い長い時間を二人だけで味わい――ミーアはようやく、キスの際の息の仕方を身をもって学んだのであった。



 

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