22:世が世ならお殿様
俺は西月先輩からの引継ぎを終えて生徒会長になった…一人くらい“澤田じゃ心配だから俺やる!!”なんて気合の入った奴がいたってよかったのに!!
「ちーちゃんって諦め悪いよな~。書記になった時点で悟っとけばいいのにさ」
副寮長から当たり前のように寮長になった修吾がやれやれと肩をすくめる。
「俺にいわせりゃ修吾のほうが悟りすぎなんだよ。ちょっとはあがけよ。ところでいつまでちーちゃんと」
「じいさんになっても呼んでやる」
「お前…そこまでか!そこまでなのか!!」
「2人とも。そろそろおしゃべりはやめようか」
「そうですね。理事長室も近いですから」
「「はいっ」」
俺たちの前を歩いていた西月先輩と青木先輩がくるりと振り向く……笑顔が笑っていない。
理事長室は特別棟の1階にあって、職員室のさらに奥。用事がなければ3年間出向くことのない場所である。白石寮長が教えてくれたんだけど、学園は藩校を作った藩主の一族が今でも運営していて、よほどのバカ殿じゃない限り次代の当主が理事長と校長を兼任しているそうだ。
今の理事長は33代目になるそうで、学園運営をしながら当主代行としてさまざまな歴史文科系団体の役職を兼ねているとか。学園OBで32歳独身のためか職員寮に住んでおり、イベント事には必ず顔を出し、焼き芋大会では自ら“焼き芋係顧問”と名乗ってせっせと焼き芋を配っていた。
「3年生はもうすぐセンターが始まるね。皆、体調を崩さずにがんばってほしいなあ」
うちの学園は2年間で3年間の必履修科目を終えるので、3年生になると受験勉強に特化した授業になる。パンフレットでこれを読んだときに、これから勉強漬けの悲壮な日々が始まるのか~とちょっと憂鬱になったけれど、入ってみて分かったことがある。確かに勉強もする。でもイベント事が多いせいか、イベントの間に勉強をする時間を自分で作り出すようになるんだ。
きっと大人になっても、ここで身についた習慣は活かされていくんだろうなあ…と、思いたい。でも大人になっても天野先輩の発明品騒動に巻き込まれたらどうしよう。ないと言えないのが恐ろしい。
「そうですね。まあ、ぼちぼちがんばりますよ」
「うんうん、会長と寮長が浪人なんて今までの学園卒業生にはいないからね」
「お言葉ですが理事長。僕と西月くんを前にしてそのようなことを言いますか?」
「いやだな青木くん、冗談に決まってるでしょう」
……3人でふふふと笑ってるけどさ、俺と修吾も来年こんな会話を繰り広げるのか?俺はともかく、修吾が“お言葉ですが”とか青木先輩みたいな口調で言ったりしたら…どうしよう、その場で笑いをこらえる自信がない。
「ところで澤田くんは西月くんに料理を教わっているんだよね。楽しい?」
「は、はい。楽しいです」
「それはよかった。もともとは白石くんが理事長室にやってきて“寮の健全な食生活を維持するために予算をください”と言ってきたときにはうちの食事はそんなにあれかと思ったけど、よくよく話を聞けば料理好きが入学してきたから好きに作らせてみたいって話でさ。まあ面白そうだったから許可してみたけど、しっかり根付いたようでよかったよ」
「いきなり白石寮長に “腹減ったから何か作ってくれ”って言われて調理室に連れてこられましたからね…あのときは驚きました」
「「「……」」」
西月先輩と理事長以外のその場にいた人間は同じことを思っていたに違いない。
白石寮長…いったい何をやってるんですか、と。でも、面白そうだからって理由で許可した理事長も相当だよな。
しばらく雑談が続いたあと、修吾が質問があると言い出した。
「うちは男子校なのに、どうして女性雑誌が置いてあるんですか?」
確かに談話室と呼ばれる生徒がのんびりできるスペースにはなぜか漫画雑誌やメンズファッション誌のほかに女性雑誌が置いてある。しかもコンサバ系の雑誌が多い。
「それはね、うちの学校は男子ばかりで同年代の女性に免疫がないからね。大学入学して女性にだまされる人間が多いんだよ。だから少しでも同年代の女性の考えに触れてもらおうかと思ったんだよね」
「なるほど、理事長の配慮ってやつですか。たまに読みますけど、面白いですよね~。もっとも俺が“春を先取り!ぷるぷるふんわりやわらかメイクのコツ”を覚えてもしょうがないですけど」
「お前、読んでるのか」
「ちーちゃん読まないのか?あんなに面白いのに」
「確かにメイクのページは面白いですね。女性の顔作りの工程の多さに驚きです。僕にはできません」
「青木先輩さすがです。俺も同じこと思ってたんです」
この2人の会話が褒めてるように聞こえないのは俺だけなんだろうか。今度、俺も読んでみようかな…女性雑誌。




