21:衝撃の冬休み(後編)
「助手!まだ実家に行く途中か?」
「いえ、もう到着したんですけど…」
「んんんん?なんか元気ないなあ。どうしたんだ」
「はい、実は…」
実家に到着してからの顛末に静かに相槌をうってくれる天野先輩は、電話を持ちながら歩いているらしく静かだった周囲がざわめいている。
「天野先輩、いま外にいるんですか?」
「んー、実家のラボにこもっていたけどホテルに来てる。…助手、このままちょっと待ってろよ」
言われたとおりにしていると、今度は先輩じゃない声が聞こえた。
「もしもし澤田くん?」
「えっ…あ、あのもしかして天野先輩のお姉さんですか」
「ええ、佑の姉の泉です。佑から事情は聞いたわ。ねえ澤田くん、よかったら昨年みたいにアルバイトに来ない?部屋は佑と同室になってしまうのが申し訳ないんだけど」
「姉ちゃん、申し訳ないってなんだよ」
「あんたはすぐに散らかすでしょう!!ラボは片付けてきたの?!…あら、ごめんなさいね。時給と労働条件は昨年と同じなんだけど…そちらにお世話になるって、その状態じゃ休めないでしょう。まだ電車の時間も大丈夫でしょうから、今からでもいらっしゃい」
確かにここからなら寮に戻るのも天野先輩の実家に行くのも方向が違うだけで、かかる時間はさほど変わらないはずだ。
「はい…まずはちょっと両親に聞いてみます。はい、それではあとでこちらから天野先輩の携帯電話に連絡します。失礼します」
天野先輩のお姉さんと話し終えて、俺はとりあえず父に連絡をとった。事の顛末を話すといささかあきれた様子だったが天野先輩の実家でバイトをすることを許可してくれた。そういえば母の姿が見えないのでどうしたのかと聞けば、ちょっと忙しいのだという。
「そっちにいるうちに父さんのところにも顔を出していけよ」
父方の祖父は隣の市に住んでいて電車なら隣の駅だ。天野先輩の家に行く前にすこしだけ顔を出していこう。
俺はそう決めると、俺は祖父に連絡をとることにした。
小池さんからの申し出で、俺は祖父の家まで送ってもらった。ひたすら申し訳ないと繰り返す小池さんに送ってもらったことのお礼を言い、車が去るのを見送る。小池さんの家…年末年始にケンカしないといいんだけど…あの奥さん、俺が言うのもなんだけど自分から頭下げるのイヤそうだもんなあ。美人だけどおそろしく気が強そう…俺、ああいう人と結婚するのはちょっと無理かも。
インターホンをならすと、祖父が満面の笑みで迎えてくれた。
「千紘、大変だったなあ。先輩の実家でバイトなんてしないで、うちにいればいいのに」
「そうよ千紘」
「じいちゃんたちだって予定があるだろ?昨年もバイトしたところだし、先輩もいい人だから心配しなくていいよ」
「じゃあせめて一泊していきなさい。ね、千紘」
ばあちゃんが言うそばでじいちゃんもうなずく。あー…ばあちゃんはこうと決めたら簡単に動かないからなあ。
天野先輩に明日そちらに向かうことを告げ、じいちゃんの家で夕飯をとりお風呂をいただきのんびりしていると、じいちゃんが晩酌を始めていた。
「じいちゃん、あんまり飲みすぎるなよ」
「ふん、俺がビール一缶で酔うわけないだろうが。あ…そうだ。思い出した。お前の父親から伝言頼まれてたんだった」
「ふーん何?」
「千紘、お前に双子の弟と妹が生まれたんだってさ」
「へー……は?はああああ?!なんだよそれっ!いつの話?!」
「えーっとあれは確か今年の夏だったかな~、秋だったかな~ばあさん、いつだっけ」
「夏ですよ。おじいさん、千紘に言ってくれって出産報告があったときに頼まれたでしょう。今まで忘れていたの?」
「いやー、もうすっかり。まあ、年内に報告できたからいいじゃないか。はっはっは」
じいちゃん…季節はすっかり冬だ。俺が天野先輩の発明品につきあったり文化祭やら焼き芋大会に走り回っていたときに海の向こうで兄弟誕生かよ!!
父親が特に言わなかったのは、きっととっくに教えられてると思っていたからに違いない。まあ俺がお祝いを言わないことにも気付いてないみたいなのは忙しいからだろう。それにしても、うちの親って……元気なんだな。
なんだかどっと疲れた…天野先輩の発明に巻き込まれているほうがマシかも。
次の日、ホテルの最寄駅まで迎えに来てくれた天野先輩が俺を見て心配そうな顔をする。
「助手、なんだか疲れてるなあ。まあ、あんなことがあれば当然だよな」
「はい。なんだかぐったりです」
「そっかあ。まあ、今日は俺もバイト休みだから温泉にでもつかろうぜ。うちの温泉は疲労回復にも効果てきめんだぞ」
細かいことを詮索しない天野先輩には感謝だ。俺は来年の年末年始もここでバイトさせてもらおうとお願いすることを決めたのだった。




