12:天野部屋片付け始末
季節が遅れておりますが、節目ということで。
その部屋は物であふれていた。すっきりしているのは机の上とベッドだけ。本棚には本がぎっしり、入りきらなかったのか床にも積み上げられた本は一部が洋書で、裏表紙をざっと見ると情報理論とかプログラミング論…理系専門書なのは間違いない。だいぶ読み込んでいるらしく、ページにいっぱい付箋が張ってある。これは、高校生が読む本なのか?いや、この人なら読むだろうな。
備え付けの棚は発明品と作りかけの発明品、「チップ」「ネジ」などと書かれたラベルの貼られた100均のタッパーでびっしりだ。
「相変わらず、佑の部屋は足の踏み場がないけどそれなりにきちんとしてるよな」
寮長が発明品(&そのなりかけ)をダンボールに入れながらしみじみと言う。
「まあなー。だってネジは踏んだら痛いしチップは壊れたらOh gosh!だからな」
「佑、その発音なかなかいいんじゃない?」
「そうだろー。デルレイ先生に教わってるからな!将来留学したいしさ」
ちなみにデルレイ先生とは数学の担当教師でアメリカ人。金髪碧眼で見た目はハリウッド俳優みたいだが学食のアジフライと納豆をこよなく愛していると公言してやまない人だ。
「典、和樹。佑の片付けの手伝いしてんでしょ。佑もいちいち返事しないで手を動かして。澤田くん、大隈くんごめんね。巻き込んじゃって」
「俺はいつものことですから今さらです、会長」
「俺はちーちゃんに巻き込まれるのは慣れてます、会長」
修吾、それはひどくないか。そもそも卒業式まであと2日というときに天野先輩がぜんっぜん部屋を片付けていないのがいけないのだ。ちなみに片付けているのは天野先輩、会長、寮長、木ノ瀬先輩、俺、修吾。青木先輩と西月先輩は卒業式の最終確認に追われていた。俺も、そっちのほうがよかった。
8畳ほどの部屋に男6人も集まって片づけをしているのに、天野先輩の部屋は物が多すぎるのか作業は滞りがちになっていた。
「法哉。これ覚えてるか?」
「え?…佑、これ僕が捨てろっていったやつじゃない?なんで持ってるの」
会長と寮長が見てるのは茶色い液体の入った小さい香水瓶らしきもの。そして聞かれた天野先輩がものすごく焦っている。
「あっ!!ばか和樹、勝手に発明品見るなよ!!ほ、法哉、これには深いわけがあって~」
「発明品を箱に詰めてくれと俺に頼んだのはお前だろうが!!危険物は宅配便じゃ送れないんだ。確認する義務がある!!」
「俺の発明品は危険物じゃなーいっ!!」
天野先輩の発言に同意する人はこの学園に誰一人いないと思う。
「危険物だよ。で、どうしてこれがまだ佑の部屋にあるの」
中身を知りたいような…いや、知ったら盛大な後悔をする代物なのは間違いない。でもなあ…と俺の逡巡をよそに修吾があっさり口に出していた。
「大久保会長、それは何ですか?」
修吾ってほんと率直だよなー、やっぱり副寮長になってくれてよかったかも。
「これはね、佑の発明品だよ」
「法哉、それ説明になってない。佑、説明してやれって」
寮長に言われた天野先輩は会長に若干びびりながら教えてくれた。
「それは“ケンカをやめて平和になろうラブ&ピースプレー”って言うんだ。それをケンカしている人たちに向けて噴射すると、たちまちケンカなんてどうでもよくなる気分になるんだぞ」
ケンカなんてどうでもよくなる気分…それはすっきりさっぱりな気持ちになるってことか?だとしたら香りはミントのような?でも、だったらなんで気の抜けたコーラ色。
「いま、澤田くんミント系かな~とか思ったでしょう」
「な、なんで分かるんですか。木ノ瀬先輩」
「想像するのはたいていの人間は同じってこと。でもね、そんなすっきりさっぱりの香りじゃない。ね、法哉」
木ノ瀬先輩に話をふられた会長がにっこり笑った…この笑いは……ここで降臨なのか?
「このスプレーはものすごいにんにく臭がするんだ。これを人に向かって噴射するのってどう思う、澤田くん」
「天野先輩、なぜにんにく臭が出るものなんて作ったんですか」
「ちがう、焼肉の香りだ!みんな焼肉好きじゃないか。好きなものの香りがすればケンカするのも馬鹿らしくなると思ってさあ」
いや、そういう問題じゃないと思う。あ、でもにんにく臭って先輩たちが知ってるってことは…
「これ、どこかで実験したんですか」
「もちろんだ!これが出来たときちょうど揉め事があってちょっと緊迫してたのだ。だからシュッと」
「その結果、噴射された当人たちとその現場から3日間すりおろしにんにく大盛りのニオイが消えなかったよな。寮長の俺と一緒に理事長室に呼ばれて注意されただろ。まさか忘れたなんて言わせねえからな」
「わ、忘れるわけないだろ」
だったらなぜ視線がちょっと泳いでいるんだ、天野先輩。あれは言われるまで忘れてたな。
「とにかく。当時の会長から頼まれて副会長だった僕が佑にすぐ捨ててくれって頼んだはずなのに、どうしてまだここにあるわけ」
「そ、それは、この液体を流すとくさいし、なかみを捨てないとゴミに出せないしで、どうしようと思ってるうちに……いてっ。げんこつするなよ、典」
「馬鹿佑。どうして僕たちに相談しないんだよ」
天野先輩は木ノ瀬先輩に頭をげんこつされていた。まあ、自業自得だよな。
「典、もう卒業が迫っているから僕たちに出来ることはないよ。佑、にんにく臭を作ったんだからその臭いを消すのも可能だよね?まあ、出来ないなんて言わせないけど」
そう言った会長の笑顔……でも笑顔なのは会長だけで、天野先輩はおびえ俺たちも若干顔が強張る。もうすぐ卒業式だってのに、ここで大魔神様降臨してしまった。こ、怖いいいいっ。
「佑、早く法哉に臭い消し作るって言え。法哉も大魔神をひっこめて。な?」
「ほ、法哉。責任持って作る!!約束する!!これは俺が大学に持って行く!!だから、ごめんなさあああいっ!!」
こうして“ケンカをやめて平和になろうラブ&ピースプレー”は天野先輩が責任を持って処分することが決まった。
ちなみに、天野先輩は1年後に無事に臭いを消すことに成功し瓶は処分された。
卒業式を終えて2日後、俺は修吾を手伝って3年生が使っていた部屋の換気をしている。ここは天野先輩の部屋だった場所だ。あんなに物があふれていたのに今はそんな形跡はどこにもない。
俺だって卒業するときには部屋がこんな感じになる。そのとき、自分はどんなことを思うんだろう。




