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色々なものと対峙することになりました【5】


 黄金を溶かしたような長く美しい金糸の髪。晴天の青を切り取ったような澄んだ瞳。

 華奢ながら出るところは出ている理想的な身体は一流の仕立てによる水色のドレスで飾られている。

 一目見れば、彼女が誰なのかはすぐに分かった。


 この国で唯一の姫君スリア――傾国の美姫と謳われる人物である。


 彼女は場が騒然としている状況にも関わらず、華やかな扇を手に嫋やかな笑みを浮かべながら堂々と大扉を潜って入室して来た。従者と思しき女騎士たちが脇を固めているが、それでも不用心この上ない。

 ほどなく陛下が泡を食ったような表情で叫んだ。


「スリア!? 其方どうしてここに!」

「城内が騒がしかったものですから、お父様に何があったのか聞きに来たのですけれど……」


 そこで彼女はチラリと視線を床へと向ける。そう、自らの婚姻相手であるクピドへ。


「どうして仮にもわたくしの伴侶が無様に床に伏しているのです? あら? しかも右腕がなくなっているではありませんか」

「ス、スリア……姫……?」


 そこで我に返ったように痛みに呻いていたクピドが顔だけをなんとか上げた。冷や汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、彼は救いの手を求めるように姫を一心に見上げる。


「姫……ッ! こ、これは勇者の謀略なのです……ッ!! 私のう、うで、腕も、奴めに……」

「まぁ! ということは――」


 姫は驚きを露わにしながらきょろきょろと周囲を見回すと、目的の人物に向けて蕩けるような笑みを浮かべた。


「これは勇者様! ご無事でのご帰還、何よりですわ!」


 今にもこちらへ駆け寄ってきそうな気配をさせるスリア姫だったが、不意に視線がユートから外れてその胸元へと移動する。そしてルルの存在を視認すると、あからさまに不愉快そうな表情をした。


「あら、何か余計なものを抱えていらっしゃるのですね? 勇者様ともあろう方が、そのような下賤の者を腕に抱いてはなりませんわ」

「は? アンタには関係のない話だろ」

「関係ならございますわ? 勇者様が帰還されたのであれば、わたくしの伴侶はそこの代用品ではなく本物の英雄であるべきですもの。ねぇ、お父様?」


 自信に満ち溢れた姫の言葉に、国王陛下は「あ、ああ! そうだな!」とすかさず同意する。


「勇者よ、聞いてくれ。我々はクピドに騙されておったのだ。其方が無事で本当に良かった! ついては勇者の生存と帰還を祝う催しを大々的に行なうとしよう! そして公爵位の授与と共に褒美として我が娘スリアを其方の嫁にするというのはどうだろうか?」

「なっ!? 陛下! スリア姫は我が妻にと――!!」

「貴様! この状況でまだそのような世迷言を申すか! おい、クピドをさっさと牢に放り込め!」

「そんな!? 姫! 姫、どうか僕を、私を信じてください……っ!」

「……信じるも何も、勇者様が生きていらっしゃったのだから貴方はもう用済みなのよ? というか、牢に放り込まれるようなことをしてしまったの? 残念……いえ、見損なったわクピド」


 まるで蛆虫を見るかの如き眼差しと共に、スリア姫は騎士たちに連行されようとしているクピドへ言い放った。二人は来月には成婚の儀を執り行う予定だったはず。それなのに姫は塵のようにクピドを捨てた。それがルルには信じられなかった。

 愛しい姫に拒絶されたクピドはその表情を絶望に染め上げながら、ズルズルと部屋の外へと引きずられていく。その姿はあまりにも哀れだった。おそらくこの先、彼に待つのは極刑だろう。ルルは痛ましく思うと同時に、これでユートを狙う者が居なくなることに対しては心から安堵した。


「さぁ、邪魔者はいなくなりましたわ。勇者様もそんな女放っておいて、ほら、わたくしの手に口づける栄誉をお受けになって?」


 まるで自分が断られる可能性など微塵も考えていないのだろう。スリア姫はすらりと美しい右腕をユートに向けて伸ばす。だがユートはそんな姫を一瞥するとすぐに興味を失くしたように彼女へ背を向けた。すると背後から「は……?」と間の抜けた姫の声が微かに聞こえてくる。

 そのすべてを無視して、ユートは鋭い視線を国王陛下へと向けた。


「陛下。最初に言いましたが俺は自衛のためにクピドを殺しに来ただけです。こうなった以上、死刑執行はそっちでやってくれるんですよね?」

「あ、ああ……先ほど奴が其方に襲い掛かったのは我も見ていたのだ。近日中に極刑を与えると約束しよう」

「なら俺の用は済みました。爵位も褒賞もすべて辞退します」

「何故だ!? 其方は我が国が召喚した勇者なのだぞ!? そのような勝手は許されぬ!」

「……許されたくもねぇよそんなもん。これでも最大限譲歩してんだよこっちは」

 

 ユートが苛立たし気に言うと同時に、聖剣から膨大な黄金の奔流が生み出される。ルルからすればただの暖かな光に過ぎないが、どうやら他の人間には違うようだ。皆一様に顔を青褪めさせ、人によってはガタガタと震えたりその場で跪いたりしている。


「――やろうと思えば、今この瞬間にこの城のすべてを瓦礫に変えることも出来るけど」

「わ、我を脅すつもりか!?」

「そうだが?」


 さらりと言うユートは実に恐ろしかった。

 そこに余計な感情が乗らない分、彼の本気度が伝わってきて。


「要求はひとつ。この先、俺と彼女に一切干渉するな。ただそれだけだ」

「っ……彼女……とは、そこな娘のことか?」

「ああ。彼女に何かあったら俺はこの国もこの世界も全部ぶっ壊す。これは脅しじゃなくて宣言だな。ついでに俺や彼女が理不尽に死ぬことになったら聖剣も二度とこの国には還らないようにする」

「!? そ、そのようなことが出来るというのか!?」

「それが可能なんだとよ。俺からすればただの駄犬だが、その辺りは主人に忠実みたいだな」


 その時、聖剣がユートの言葉を肯定するかのようにひと際強く輝いた。なんとなく狼の姿をしていたら「アオォーン!」と勇ましく吠えてそうだなとルルは思う。

 ルルだけでなく周囲もそれを察したのか、誰も何も言えなくなっていた。国王陛下でさえも。

 しかしそこに一石を投じる者がいた。


「わたくし、認めませんわ」


 背後から聞こえた声にユートが振り返れば、そこには未だに笑みを浮かべ続けるスリア姫が立っていた。

 

「高貴なるこのわたくしに相応しいのは勇者という唯一無二の英雄だけなの。だから貴方はわたくしと結婚するべきなの。これは最初から決まっていることなのよ? どうしてそんな簡単なことが分からないの?」


 彼女の口調はまるで幼い子供のようだった。

 それが真実だと信じて疑わないほどの、盲目的な思い込み。


「だからそんな女は一刻も早く捨ててわたくしのモノになりなさいな?」

「断るって言ってんだろうが。いい加減にしろよ」

「あら何故? 貴方のような特別な存在を受け止められるのはわたくしだけ。そんな下賤な女が貴方のすべてを受け入れられるとは到底思えないけれど?」

「っ……」


 おそらくほとんどの人間は気づかなかっただろうが、ユートが姫の言葉で僅かに息を乱した。それでルルはますます困惑する。先ほどから姫の言っている意味がよく分からない。

 確かに勇者は特別な存在だ。平凡なルルに彼を支えていけるかという自信は正直言って、ない。それでもユートの幸せを想う気持ちならルルは誰にも負けるつもりはなかった。もし彼の幸せが姫君との結婚だというのであれば、どんなに辛くとも受け入れるつもりだった。


(だけどユートは姫様を拒んだ……なら、私から身を引くつもりはない)


 ユートが望んでくれる限り、自分が彼の居場所になる。そう決意していた。

 だから彼のすべてを受け入れられないと決めつけられるのは心外だ。

 しかし次に紡がれたスリア姫の言葉に――ルルは激しく揺さぶられてしまった。


「ねぇ、異界の勇者様? そこの女は貴方がこの世界の人間じゃないってこと、知っているのかしら?」

「えっ……?」


 ルルが小さく声を漏らした瞬間、ユートの腕が確かに強張った。

 まるで姫君の言葉が真実だと告げるように。


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