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 ルルの家に件の調査隊が訪れたのは、町に出た二日後のことだった。しかしその先頭に立っていた人物にルルは目を丸くする。


「カルトス?」

「おう。この間の魔族の件について、この人たちがお前に聞きたいことがあるってよ」


 どうやら彼は今日も案内役を務めているらしい。納得したルルは、カルトスの背後に居る数人の隊員たちにぺこりと頭を下げた。


「狭い家ですが、どうぞ」


 ルルの案内でカルトス含む総勢4名が家の中へと通される。


「あの、椅子が足りなくて……」

「お構いなく。それほど長くは掛かりませんので」


 申し訳なさそうに言ったルルに対して穏やかに返したのは、4人の中で唯一の女性だった。かっちりとした藍色の軍装に身を包んだ彼女が他の隊員たちに目配せをすると、彼らは壁際へと下がる。どうやらルルを威圧しないための配慮のようだ。

 一方、ルルはせめてもと急いで人数分のお茶の用意をした。そして全員にカップを行き渡らせると、代表してダイニングテーブルの席に着いた女性の向かい側に自分も腰かける。

 そのタイミングで女性がにこやかに口を開いた。


「申し遅れました。私はソリィダ辺境伯領主直轄の騎士隊にて小隊長を務めております、イルゼと申します」

「ル、ルルと申します! こちらこそ、こんな森の中まで来ていただきまして……っ!」

「いえ、こちらも仕事ですのでお気になさらず。早速ですが本題に入らせていただきますね」


 そう言いつつ、彼女はカップに口をつけて「美味しいですね」と微笑む。

 こちらの緊張を少しでもほぐそうとしてくれているのだろう。優しい人だな、とルルは素直に好感を持った。


「えっと、皆さまは魔族の件で調査にいらっしゃったんですよね?」

「はい。ですので現場周辺を一通り調査させていただいております。時にルルさんはこの家にはいつ頃からお住まいで?」

「暮らし始めたのは十年ほど前ですね。当時はおばあちゃ――えっと、後見人となってくれた女性と二人で暮らしていました。ですが彼女は二年ほど前に他界しまして」

「ということは、今もおひとりで?」

「あ……いえ、数か月前から同居人と二人で暮らしています」

「その方は今どちらに?」

「今日は仕事に。彼は冒険者をしているので……」


 言いながら、ルルはユートのことをどこまで話すべきか内心では迷っていた。だが下手に隠し立てをするようなものではないし、それで変に疑われては元も子もない。


「……失礼ですが、その同居人の方は男性でしょうか?」

「はい」

「その方の冒険者ランクはご存知ですか?」


 冒険者ランクとは、冒険者たちを統括する冒険者ギルドが定めた指標だ。ランクが高い冒険者ほど高難易度の依頼を受けられる――すなわち、冒険者としての実力が高いと評価されている。

 ちなみにランクは八等級が最低で、最高が一等級となっている。


「すみません。そういう話はあまりしてなくて」


 ルルはそう返しながら、やはりユートについては知らないことばかりだと胸の奥が僅かに騒めく。今までは正直遠慮していた部分ではあったが、これを機にもっと彼を知っていきたいと強く思った。

 そんなルルの内心など知る由もないイルゼは、少し不思議そうな顔をしながらも特に深く追及することなく話を続ける。


「そうですか……ちなみにその方のお名前は?」

「ユートです」


 刹那、それまで穏やかだったイルゼが僅かに息を呑んだのをルルは見逃さなかった。

 明らかな動揺。だが背後に控える他の隊員は特に何の反応も示していない。当然カルトスも。

 ルルは不審に思いつつ、イルゼに問う。


「どうかなさいましたか?」

「い、いえ……。少し珍しいお名前だなと思いまして。こちらの出身の方でしょうか?」

「どうでしょうか。私も彼との付き合いはそれほど長くなくて」

「……と、仰いますと?」


 ルルはユートと同居するに至った経緯を簡単に説明した。そしてそのままの流れで魔族目撃の一報から今日に至るまでの自分たちの行動についても語る。ただ、あの深夜の雨の森での出来事については伏せた。単純に他人に話すには事情が込み入っていたので。


「つまり、お二人は魔族が出没したという情報を聞いた後はずっと二人でこの家に居た、と」

「はい。私が熱を出してしまったので彼がずっと傍で看病をしてくれていました。間違いありません」


 言外に「自分とユートは魔族を斃した人物とは無関係である」と含ませたルルの意図を、イルゼは正しく汲んでくれたようで軽く頷き返す。犯罪者の捜索とは違い、今回の調査はあくまでも事実確認の意味合いが強い。ルルにやましいところは全くないので、終始堂々と受け答えできた。それがおそらく相手にも伝わったのだろう。


「分かりました。ご協力ありがとうございました」

「いえ、あまりお役に立てずに申し訳ないです」

「とんでもない。では我々はそろそろ失礼します。……ああ、この後少し森とその周辺を調査するのですが構いませんか?」

「あ、はい、もちろん! えっと、ただ森の中に私が管理してる薬草畑があるので、そこは荒らさないでいただけると助かります。場所は――」

「オレが知ってるから大丈夫だ」


 今まで黙っていたカルトスが片手を挙げて言う。確かに彼ならばこの森に精通しているので安心して任せられる。ルルは「それじゃあ、よろしくねカルトス」と笑顔を向けた。


 そうして家から退出する一同を見送るため、ルル自身も玄関先へと出る。そんな中、他の者たちから少しだけ距離を取った状態で、イルゼがルルの耳元に顔を寄せた。


「……最後にひとつだけ。貴女の同居人の方は、もしや黒髪黒目の持ち主でしょうか?」


 ルルは思わず息を呑んだ。しかしそれはある意味では肯定の返事と変わらない。


「あの、もしかしてイルゼ様はユートのお知り合いなんですか?」


 逆にルルが小さく問うと、彼女は少し困ったような笑みで首を横に振る。


「いいえ。私に直接の面識はありません。ただ、少しばかり心当たりがあって……まだ確信はありませんし、憶測で何かを語るのは私の主義には反することですから」

「それって、どういう……」

「……もしかしたら、ユートさんは私の知人が捜している相手かもしれない、ということです」


 それだけ言うと、イルゼは折り目正しくお辞儀をして仲間やカルトスと共にその場を去っていった。

 ルルは彼女が残した言葉の意味を考える。


(誰かがユートを捜してる……? もしかして、ユートの昔の仲間、とか?)


 思い出すのは、出会ったばかりの頃のユートの痛ましい様子。

 吐き捨てるように零した言葉は今でも耳に残っている。


『俺を待っている奴なんているはずがねぇだろ。あんな連中……こっちから願い下げだ』


 暗い表情で家の中に戻ったルルのもとへ、来客時には家の奥に引っ込んでいて完全に気配を消していたクラウがすぐに寄って来る。ルルはその場にしゃがむと、クラウの首をぎゅっと抱きしめた。慰めるようにこちらの頬に擦り寄る狼の優しさに甘えながら、ルルはぽつりと呟く。


「ユートが帰ってきたら、今日のことすぐに話さないと……」


 おそらく嫌な思いをさせてしまう。けれど黙っているわけにもいかない。


(……私が、ユートを守らなきゃ)


 そのためにもユートのことをきちんと知りたい。いや、知らなければならない。

 だってルルはもう、ユートの帰るべき場所になったのだから。


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