やくざ、風邪を引く。
しっかし、最近寒くなったなぁ。わたしは部屋着のモコモコパジャマを着て、現在ゴローンとソファに寝そべっている。テーブルには散々、今日も今日とてひとりで飲み明かした日本酒と焼酎の瓶が空っぽで転がってて、ぼーっとする目でそれを眺めてる。
「おそいなーつばやさん」
酒臭いため息。時計を見ると、もう2時とかだよ。どんだけヤクザワークはブラックなんだ。今にも寝ちゃいそうな脳みそに、自分で「おきろー、みかるー」と言ってみる。だめだやっぱ眠い。
うん、いつもなら寝てるんだけどさ。なんか珍しく「起きとけ」とか連絡きてさ。逆らうと面倒な予感がしたからこうやって起きてるのさ。あー、ほんとにめんどくさいやくざ。
もう、2時半になったらさすがに寝てやろう! と、決意したら、ちょうどよくドアがガチャリと開いた。
「起きてたよ! 遅いよなにしてんです!」
ちょっと怒りながら駆けつけて…………顔見てビックリした。
「…………ええ?」
「えーじゃねぇよ……。クソ…………あぁ、頭痛え」
掠れた声で呻くつばやさんの顔は。引くほど真っ白というか、いや、真っ青で。いつもなら鋭く切りつけるような眼光は、なんかもう嘘みたいに元気なくて、目が据わってる。唇までなんか紫だし、
「…………し、しぬ? つばやさん」
「勝手に殺すなッ……ゲホッ、ゲホゲホ」
「うわっ! ちょ、と、あっ、と、とりあえず!! 寝てーーー!!!」
なんだ!? どうしてこうなった!?
○○。
「39度とか、体温まで極道クオリティですね……」
「ツッコむ気力もねえよ」
そう言ってベッドに横たわるつばやさんは、本気でしんどそうだ。なんかガタガタ震えてるし、でもおでこは肉でも焼けそうなくらいにアッツアツだし。
「腹減った……なんか食いたい」
「こんな時間まで、こんな身体でなにやってたですかー……?」
「黒峰の奴がしくりやがったから、指詰めさせて敵のヤマに放り込んでやった……………うるせえのが何匹もいて、めんどくせえから全員始末した…………マジであの悪徳警察殺すぞ…………」
「やめてやめてごめんやっぱ聞かなきゃよかった」
「若も甘えんだよ…………俺に全部あとから回ってきやがる、お陰でこの体調なのにアチコチ行く羽目に」
「わかった、わかったから、うん、おつかれさま」
物騒すぎる。ほんとにやめて。
つばやさん並みに顔が青くなりそうだったけど、みかる、気持ちを切り替える。とにかく、このヤクザは現在お疲れな上に超絶体調が悪い。このまま死にそうな気配さえある。いつも余裕綽々で、迫力のあるオーラをブイブイに出してるつばやさんはどこにもいない。今いるのは、風邪に弱った、ただの一人の男!
「……なんか楽しそうだな、酔ってんだろ」
「ひえっ、ま、まあ、多少は」
「……あったかいもんが、食いたい」
つばやさんの手が、隣で立ち尽くしてるわたしの手を握る。「ひょえ!」と声を出しちゃう。握られた大きな手は、びっくりするくらい熱い。
「……みかる、ありがとう」
「まだなにもしてないですけど……!? あ、あの、と、とりあえずおかゆ的なサムシングを用意します!」
手を振り払って、急いで寝室を出た。なんかわかんないけど、心臓がばこんばこんしてる。いつもと違うつばやさんだから、なのだろうか。なんかもう、弱ってるつばやさん!
正直!
「かっ、かわっ、かわいいぃぃい!」
ああん、起きててよかったー!
阪奈みかる、大の男のギャップ萌えにニヤつきながら、清潔なキッチンに立った! ここは! わたしの! 嫁力の見せどころじゃー!!
○○。
「…………で、作ってくれたのか」
つばやさんが寝てるベッドに持っていったものを見て……なんか、変な顔をされる。お盆に乗ってるのはなぜかちょっと焦げたおかゆと、3つのコップだ。
「なぁ、どうやったらおかゆを焦がすんだよ……」
「強火にしすぎました!」
「お前マジでツマミ以外つくれねぇのな」
青い顔で呆れたつばやさんはため息をつく。そんなヤクザのおでこに、わたしはビタンっ! と例のブツを貼り付けた!
「ウワッ、なんだ!?」
「しらないんですかー、冷えぴたシート!」
「どっから持ってきたんだよ」
「おかゆできるまでちょっとコンビニまで買いに行ってました」
「……お前、火ぃから目離すな! それで焦がしたんだろ! ゲホッ、ゴホッ」
ああ、もう、大きな声出すからだよ!
「いやいや、焦がしたのはこれ作ってたから……さすがに火は止めましたよ」
ずい、と押し付けたコップの中身を見てまた顔がひきつってる。
「なぁ、まさかと思うが」
「酒ですね、やっぱ体を温めるには酒しか」
「ふざけんなよどこの世界に病人に酒飲ませる奴が」
つばやさんはめっちゃドスの効いた声で言うと、めちゃくちゃ睨みつけてきた。なんか目がすわってるからいつもよりこわい!
「し、しらないんですかーたまござけー」
「こっちのは」
「ホットワイン」
「これは」
「焼酎のお湯割り」
「焼酎はなんかちげぇだろ」
普通に怒られた。つばやさんは疲れた顔で「いいよもう、寄越せ。食うから」と呟いた。おかゆの入ったお皿とスプーンを渡すと、がつがつ食べ始める。
「焦げててまじぃ」
「もうしわけないです!」
「ふ、いいよ別に。お前らしい」
どういうことだ、焦げてるのが阪奈みかるらしさか? あっという間におかゆを食べたつばやさんは、たまござけを手にとって一気に飲みだした。
「……お前これ、アルコール飛ばす気ねぇだろ!」
「えっ、あ、アルコールって飛ばすもの?」
「まあいいよ、あったまるし」
なんか、余計に疲れさせちゃった気がする。「あとはいいよ」と笑ったつばやさんは、またベッドに倒れ込んでしまった。
○○。
わたしってもしかしてダメ彼女なんじゃ? つばやさんが飲まなかったワインと焼酎を交互に飲みながら、苦しそうに呻くつばやさんを眺めるしかできない。こんなに風邪ひいちゃうなんて、全くイメージになかったよ。ふと思いついて聞いてみる。
「ねえつばやさん普通のヤクないの? この家」
「普通のヤクじゃなかったらあるみたいな言い方すんじゃねェよ!」
それは悪かったです!
「あー……無かったかな、クソ……買ってきて貰うのもな……悪いな」
「えーー、やっぱないんですかー、非合法のヤクならありそうなのに」
「だからねェって……もう突っ込むのもめんどくせえ」
呆れたつばやさんは、隣でボケーとしてる私の腕を掴んで、急に布団に引きずり込む。
「……いきなり、何!」
「明日も動けそうになかったら病院行くか……はぁ、タマでブチ抜かれた以外で行くの久しぶりだな」
「こわいよぅインテリヤクザこわい」
風邪のせいなのかいつもの5倍増しでこわいつばやさんは、ふっと笑ったあと髪の毛をぐしゃぐしゃーとして、そのままぎゅーと抱きしめてきた。ニタァと強面な顔面を緩ませて、なんだ!? と思った瞬間、口付けられる。
「………………っぶはっ、うつったらどうしてくれるんですか!」
「移せば治るだろ」
「ひどいひどい! ひどいっ、から、もうキスしないで……!」
じたばたしても取り押さえられて全く動けないわたしは、そのまま黙っていつもより湿っぽい吐息を吹き込まれてしまうのだった。
気が向いたらまた投稿します~ありがとうございました!




