小話集○いち
いつもありがとうございます!
時系列は適当です。ただただ、飲んでるだけの小話になります!☆
1○二日酔いVS暴力団員
酩酊のあと、むくりと起き上がったわたしは、床に転がる酒缶を見てドン引きした。その数に。
そして、ぐらーりと身体が傾いていく。どっしん! 倒れてから、クルクル回る視界の中で
「あかん。これはあかんやつだ」と独り言をつぶやいた。
えっと、これは、飲みすぎってやつだ。二日酔いってやつだ。なんでこんなに飲みすぎたんだっけ。思い出せー、思い出せー。
たしか、つばやさんと飲んでて、それから喧嘩になった気がする。なんで喧嘩したんだっけ。あ、そうだ、つばやさんがまた勝手にわたしの漫画読んだからだ。
そんで部屋に閉じこもって飲みまくったわけか。うう、頭がガンガンするし、なんか身体がブルブルしてる。別に寒いわけじゃないのに。これが二日酔いか……。
起き上がったわたしは、音をたてないようにリビングに移動した。無駄にでかい窓からは、うっすらと朝日の光が見えてる。時刻は早朝だろうなぁ、見た感じ。
裸足でペタペタ歩き、冷蔵庫を開けると、アクエリアスがあった。蓋を開けてゴクゴク。二日酔いにはスポーツドリンク。アルコールによる脱水症状を防止せねば。
「うー、あたまいたいー……」
それに胸のあたりがムカムカするし、ぎゅるぎゅるとお腹が鳴ってる。うええ、何も欲しくないけど何か欲しい。きもちわるい。
「……ここまで潰れるの、いつ以来かなあ」
わたし、記憶は失えどもめったに二日酔いにはならない体質なのになぁ。炊飯器を開けたら、ごはんが入ってた。お雑炊でもつくろー……。小さめの土鍋にごはんを入れて、うどんスープの素とお水。これ、ほんとに美味しいんだよねぇ……二日酔いで食べるお雑炊って、ほんとに美味しい。グツグツ煮えてきたら、卵を落とす。ふんわりといい香りが漂ってきたら、超絶手抜き、二日酔い雑炊の完成!
「あ、あっちぃ……」
鍋つかみで掴んだら、こぼさないように、慎重にソファのところに運ぶ。テーブルにおいて、ふうふうしながら、木のスプーンでパクリ。うむ、美味い美味い。これ食べたら、つばやさんのお布団に行こう。さすがにベッドで寝たいし……。テレビをつけたら、こんな朝早くからニュースが流れていて、ポワーンとしながら、食べつつ眺めた。
…………おおう、近所で発砲事件?
絶対つばやさんじゃん。もー、いつか捕まるよー。
…………おおう、出たよスイリュー組。
絶対いつか捕まるってー。
ニュースの中の、アナウンサーが聞きなれた暴力団の事を話してるのを、二日酔いの頭でぼんやり聞いてるけど……なんか、冷静に考えたらすごい状況じゃない? うちの彼氏、暴力団員なんだけど。
「うう、やめよやめよ……、阪奈みかるは、平和主義なの」
ぶちん、とテレビを切った。やれやれ。体を仰け反って、天井をボーッと眺めた。そしたら、急に視界が白の天井じゃなくなった。わたしの顔面の上に、恐怖の強面がヌッ! と現れた。
「ぎゃーっ! 暴力団員!」
「正解っちゃ、正解なんだが、どういう反応が正解なんだそれは」
「でた~」
「人をお化けみてぇに言うな」
呆れ返った、グラサンOFFのつばやさん。フワーと欠伸してるし、眠たそう。寝てればいいのに。
「どーしたの、おはよー……」
「朝から何してんだ」
「おなかすいたっていうか、二日酔い」
つばやさんは目を細めた。そしてニヤーと悪い顔で笑った。
「珍しい。そこまで昨日はショックだったか?」
「うわ、反省の色なし。さすが極道。汚い仕事。日本の裏社会。闇の住民」
「言いたい放題か」
「最寄りの暗黒」
「んだよ、最寄りの暗黒って」
「最寄りのグラサン」
「今はしてねぇだろ、目ぇ腐ってんのか」
口わりぃ。
つばやさんはどっかりソファーにふんぞり返った。ソファーが重みで沈む。じーっと睨んでたら、急にわたしを抱き寄せた。
「うわっ、せくはら!」
「黙れ」
「なにゆえ! うわ、離せ! 痛い、痛い!」
ジタバタ暴れるけれど、寝起きで乱れた髪の毛、いつもより深い二重瞼、暖かい体温がゼロ距離で迫ってて、思わず「あひゅー」と変なため息をこぼしてしまう。え、えろい。寝起きのヤクザの色気がやばい。ブルブルしてたら、つばやさんは突然顔をしかめて、
「…………みかる、くせぇ」
「………………………は?」
いま、この三十路、
華の乙女に「臭い」とか言った?
…………聞き間違い?
「酒臭え、おまえ、二日酔いか!」
「だからそう言ってるじゃん! つばやさんのあほ!」
「…………冷めた。もっかい寝るわ俺」
「な、な、なんなんだよ」
つばやさんは頭を掻いて、でかい溜息を吐いたあと、ノシノシ寝室へと歩いていった。その背中をポカーンと見送ったあと、フツフツと怒りが湧き上がってくる……。
え、これ、怒っていい? 怒っていいやつだよね?
さすがに脳みそも顔もカーっと熱くなって、ブッチン切れたわたしは、
絶対このヤクザの寝首をかくことを決意した。寝かせてたまるか…………覚えとけよくそ…………!!
と、足をダンダン鳴らして、寝室へと特攻してやった。
なお、ベッドで寝込みを襲うなんて無謀が通用するはずもなく、やられたら5倍返しにされたのでありました。情けない。
2○ほろよいは天女である。
よる八時ぐらいが、大体のグラサン野郎の帰宅時間である。まったりと相変わらず酒を飲んでいたら、玄関からがちゃりと音がした。帰ってきた。
「おかえりー、ごめんおなか空いちゃって、先に食べちゃったや」
「俺も外で食ってきたからいいよ。……あ? みかる何飲んでやがる」
適当にスルメをツマミに飲んでた酒缶を、つばやさんは変な目で見ている。
「珍しいの飲んでるな、ほろよいかよ」
「たまに飲みたくなるんですよ」
そんなわけで、テーブルの上には既に飲み終わったほろよい2缶と、まだ飲んでないほろよい2缶。白いサワー、梅ソーダ、コーラ、あんず。今飲んでるのがジンジャー。学校帰りに買ってきちゃった。
「みかる、お前どうせ『ほろよいはジュース』とか言い出す奴だろ」
つばやさんは奥からガラスのおちょこと日本酒を出してきて、わたしの隣に座る。こいつも大概の酒飲みだよなぁ。透明な日本酒を盃に満たして、ゆっくりと飲み始めた。
「みくびらないでください」
そして、さっきのは、このアルコール教信徒である阪奈みかるへの侮辱である。
「そんな、ちょーっと日本酒、焼酎、ウイスキーの味覚えたからってイキリだしたような大学生と一緒にしないでください!」
手に持ってたほろよいを、グイグイと飲み干した。4缶目、冷やしあんず。
「つばやさん、いいですか。ほろよいは高級品なのです」
立ち上がって演説を始める。つばやさん、「は?」と変な顔。
「いいですか、ここにストロングゼロがあります」
スーパーの袋から出てきた最終奥義ストロングゼロを、ほろよいの隣に並べる。
「何お前、それも買ってんだ」
「つばやさん、ストロングゼロの度数はおわかりですね」
「9だろ」
「ええ。そして、ほろよいは」
「3だな」
「つばやさん、9÷3は?」
「バカにしてんのかテメェ」
馬鹿にはしてない。
メコメコと空き缶を左手で潰し始めたので、一回「まあまあ、落ち着けよ」と鎮めておいた。すぐ怒る。よくないよ、つばやさん。
「何が言いたいかと言うとですねー」
ほとんどシラフなわたしは、人差し指を立てて、エッヘンと言ってやった。
「値段は100円で変わらないのに、ほろよいはストロングゼロの3分の1しか酔えない。つまり、対費用効果の低い嗜好品なのです!」
「ハア。じゃあストロングゼロ飲んどけよ」
「ふっ、これだから成金ヤクザは」
普通に舌打ちされた。
「何故、わたしがほろよいを飲むのか。それはシンプルに美味しいからッッ!!」
びしっ! また人差し指を向けてやった。決まったぜ。
つばやさんは呆れたのか、ちょっと無視して日本酒飲んでるけど、みかるめげない。
「こんなにフルーティで甘くて、いろんな、味があって、めちゃくちゃ美味しいのに、ちょーっと酒の味覚えたからってほろよいをカッコつけて飲まなくなるのは阿呆のすることですよ! しかも、ほろよいの素晴らしさというのはこれには限りません。ほろよいは、お酒に弱いみんなの優しい味方なのです。お酒弱いから、飲み会はなぁ……と遠慮してしまう国民みんなに、『わたしなら、少しでも飲めるでしょう』と優しく微笑むのが! ほろよいなのですーーーーって、ちょっとー! 飲まないでよ最後の1缶!!」
ツラツラ語ってたら、いつの間にかつばやさんは最後のほろよいの王「白いサワー」をグビグビ飲んでいた。まるでスポーツドリンクでも飲んでるような飲み方で。
「……ひっさしぶりに飲んだわ。まァ、うめぇよなぁ確かに」
「さすがつばやさん!」
金色の頭をヨーシヨシと撫でてあげた。バツが悪そうなヤクザ、目をそらしてちょっぴり照れるので、何度見ても可愛いし薄気味悪いなぁとおもいました。
3○ウイスキーは、良い酒を脱がせるエロス。
実はつばやさんの家には、良いウイスキーがある。連れ込まれて付き合いだした最初の頃に見せびらかせれて、一口飲まされた。あまりの美味しさに悶絶してるところをやられた。悔しかった。おいしかった。
なんか、あのころのつばやさんはひどくガツガツしてたような。なんだったんだろうね、今思うと。こんなやつにそこまで執着する意味がわかんないぜ、全く。
そんなことを思いながら、阪奈みかる。ゴソゴソとキッチンの棚を物色する。今日は齋藤の野郎が帰らない日だ。
「……おっ、あったー!」
この、なんて書いてあるのかもよくわかんないけど、絶対的に高級な重たいガラス瓶。現れてくださったぜ。
ウイスキーだ。
ショットグラスを探してきて、ウイスキーの隣に置く。んふ、ちょっと部屋を暗くしてやろう。ナッツとかガラスの器に入れてやろう。なんか謎のジャズとかYouTubeで流してやろう。ふっ、いい雰囲気になってきたぜ、みかるちゃんよ!
チェイサーも準備したし、ぐっへっへ、いただきます。そーっと開けた瓶を傾けた瞬間に、
「おい! 勝手に飲むな!」
ドアが開いて、ドスの効いた声と共にヤクザが帰ってきやがった。
○○。
つばやさんは、見るからにイライラした感じで乱暴に靴を脱ぎ捨てた。ネクタイを緩めて、ブチブチとシャツのボタンを外して首をゴキゴキ言わせる。バサッとジャケットを顔に向かって投げてきた。
「ぶへっ、ちょっと、今日帰らないんじゃなかったの! 話違うし! しかも何を帰るなりイライラしてるのよくないよつばやさん」
「うるせェな、撃つぞ」
つばやさんはポケットから拳銃(!?)を出してきて、向けてくるんだけど、ちょっと冗談でもやめてよ、どうせ本物なんだろ! ほんとにビックリして「ひぎゃあ!」と跳ね上がると、こわがってるわたしがそんなに面白いんだろうか。こわいぐらいに笑いだしたので、バクバクする心臓を押さえつけるように両手を胸に当てた。
「こわいよー、向けないでよぉ」
「弾入ってねぇよまだ」
「まだってなに!」
本気で泣きかけてるわたしに、つばやさんは拳銃を置いて笑いかけた。
「悪かったって、詫びにそれ飲んで良いから」
「……ほんと!」
阪奈みかるのちょろさは一級品である。そーっと、ショットグラスを鼻に近づけた。ふわーっと、いい薫り……たまらん……。
「お前、貧乏舌のくせに分かんのかそんなんで」
「あんだとこんにゃろう」
ウイスキーほど、良いものと安物が分かりやすいお酒もないだろう。ほぉら、高級なウイスキーならではの薫りがするではないか。よいではないかよいではないか。
琥珀色をウットリ見つめて、喉に注ぐ。んんん、口の中に、痛みにも似たビリビリと濃厚な味が広がる。身体にゾクゾクくるお味。たまんない。そんでもって、相変わらず良い酒ってやつは、どうして一口の満足感がここまで違うんだろう。
「いやぁ、おいしいなー。つばやさん、これ何のウイスキー?」
「お前に言ってもわかんねェだろ」
「……たしかにわかんないです」
それもそうなんだけど、なんか悔しい。つばやさんもショットグラスにウイスキーを注いで、迷いなくグッグッと飲み干した。ぽかんとしてそれを眺める。この人、ほんとにウイスキー似合う。
つばやさんが注いだので、高級ウイスキーはさらに少し減ってしまった。琥珀色だった液体部分のかさが減り、透明のガラス瓶の主張が目立つようになった。はー、えろいぜぇ。
「つばやさん、意味わかんないこと言うから黙って聞いててね」
「安心しろ、いつも意味わかんねぇから」
「良いお酒って、良い女なんですよぉ」
嘗め回すように瓶をネットリ見て、いやらしく触っちゃう。まるでケツを撫でまわすオヤジのように。おまえ、瓶の肌触りまでなめらかなのかよ。
「ああ、この滑らかな肌触り……スベスベのお肌みたい……」
「お前、たまにオヤジ化するよな」
「良い女って、脱がせにくいもんでしょ。それと一緒なの……。良い女の服を、ゆーっくり脱がせて裸にしていくのと一緒なのよ……。良いお酒をゆーっくり飲んで……琥珀色を脱がせていく……透明色を露わにしていくのは……どう、えろくないですか!」
言い終わる前に、頭を叩かれたので演説が終了した。おつかれさまでした。
「馬鹿なこと言ってたらもう飲ませねえからな」
「んなこと言ってちょっと笑いそうになってるくせに。わたしの目はごまかせません」
顔を必死でそむけるから、無理やり両手で顔を掴んでこっちの方を向かせると、口がぶるぶるしてた。
「……やっぱ笑ってんじゃないですか!」
「お前は安酒だな」
「……んだよ! 脱がせやすいって意味か!」
言い返したら、なんだかよくない目の色がわたしを睨んだので、「うぐ」と言葉に詰まった。ウイスキーを口に含むと、ぐっと顎を掴まれて。重ねられた唇やら、これウイスキーの味なのかそれともつばやさんの味なのか……。思わずぼーっとした視界の中で、にやりと悪い顔で笑ったのだけ見えた。




