地獄のダイエット⑤ヤクザはそれを串刺しにしていく~魔王と共に~
魔王。
3Mと謳われる、森伊蔵さま、村尾さまに並ぶ、日本一有名な芋焼酎だ。
入手は困難。お値段はえげつない。とにかくプレミア、プレミアム!
その名の由来は、樽で熟成される際、蒸発によって失われる天使の取り分に関わる天使を誘惑し魔界へ酒をもたらす悪魔にちなんで命名された……と、言われている。
天使を誘惑しちゃう魔王様なのだ。くうう、淫靡な香りがするぜ!
「はぁ〜、はぁ〜、ほ、ほんものだぁ」
さっきから目は釘付け。メロメロ級の、ドメロメロ。瓶を上から下から、左から右から、グールグル回って眺めても、ええ、こりゃぁ間違いなく魔王だ。
わたしの突然IQ爆下がり、退行したような喜び方に若干どころか、かなりドン引いていたつばやさんは「…………」と黙りっぱなしである。というかごめん、視界にすら入っちゃいねえや。喜び舞い踊り瓶にチューしちゃう。魔王さまったら、つばやさんとも間接キスじゃ! ぐへへへへ、とか考えていると、なんとむごいのか。取り上げられたっ!
「ちょ、ちょっと! 魔王さま取り上げないで!」
「喜び方が気持ちわりぃんだよ」
「そういうとこに惚れたくせに、ツバツバのいけずぅ!」
「ツバツバって何だ! きもちわりぃ!」
「みかみかって呼んでくれてもいいのよ♡ツバツバ♡」
…………はい、シカト! 魔王さまをお預けしたまま、つばやさんはキッチンに入る。なんかつくってくれるのだろうか。ついていくと、冷蔵庫から、ごちゃごちゃといろんな食材を出し始めた。
「い、いつの間にこんなの」
「お前があまりにも反省しねえようだったら、お前の前で作って一人で食うつもりだった」
なんて鬼畜外道なことを平気で言うんだろう。
流れる手つきで簡単に一口サイズに処理され、丁寧に串を刺されていくのは、ししとう、茄子、白身魚の切り身、しいたけ、ししゃも、えりんぎ、ほたて、じゃがいも、くるりと豚肉をまかれたアスパラとか…………! まてまて、まてまて!
「つつつ、つばつば、これは、まさか」
串刺しとか、ちょっとコレは大変なことだよ。ピョンピョコ飛び跳ねるわたしに、つばやさんは自信満々な笑みを向けた。
「焼酎に串揚げも乙なもんだろ」
「いやもう、最高…………」
ヤクザに串刺しにされた食材たちがバッター液を潜り、パン粉をまぶされた。黄金色の油に投入されて、じゅわじゅわと音を立てながら揚げられていく……まさにこれは絶景……!
「はあー、はあー、やばいー、興奮してきたぁ、わたし生きててよかったー」
「まだ食ってねェだろ」
「も、もう美味しい。すでに美味しい」
カラリと橙色に揚がったモロモロの油をよく切って、大きなお皿に並べれば完成だ。バタバタとテーブルに着席し、焼酎グラスを持って待機すると「慌てんな、逃げやしねぇから」と優しく微笑まれた。激しくギュンギュンした。
つばやさんの手によって、魔王様が開けられる。わたしの手のグラスに注がれていく。震える手と目でそれを眺める、魔王の重みを感じる……!!
「どォだ」
「なんかもう香りが違いますね……すごい高級な香りが」
つばやさんも、自分のグラスに注いでいく。そしてそれを向けてくれる。恐れながら、かちん、と当てさせていただいた。
「みかる、就職やら色々おめでとう」
「あ、そ、そういえば、就職決まったらって言ってましたもんね」
「ダイエットもよく頑張ったな」
「滅相もない……ッ!」
グラサンを外して、テーブルに置く。なんだか色っぽく口角を上げたあと、つばやさんは魔王を口に含み「……ハァ、やっぱ美味ぇな」と声をもらした。
「どォした飲まねぇのか」
「の、のみます、こ、こころの準備が、」
「んなもんいらねェよ飲め」
「い、いただきます!」
ぎゅっと目を瞑って、一口飲む。そして、
「っはぁぁ、ああ、ああああぁぁ……」
ーーーーそのまろやかで華やかな味にビックリした。ななな、なんじゃこりゃ。
魔王様、どえらい見た目と名前なのに、フルーティで優しい……まるで包み込まれるような芳醇さに、身体が一気にポカポカと温まっていく。
それでいて一口の満足感がすごいのだ。たった一口なのに、なにこの、心がまるで砂漠に突如降り注ぐ恵みの雨のように、潤っていくやつ…………!
目を見開いて、魔王様を見つめてぽかんとしてるわたしを、つばやさんが笑っていた。
串揚げをソースに絡めて、ぱくりと食べる。んんん優しい魔王様にパンクな揚げ物が何故か合ってしまう。噛むとしいたけが口の中でにゅるんと踊る。
また、魔王様に口付をさせていただく。
「ああ…………」
串揚げ、ししゃも。
「んはぁ…………………」
魔王様に謁見。
「ああああぁぁぁ……………」
繰り返してたら、魔王様が私の元からいなくなってしまった。つばやさんは「クックッ」と笑いながら注ごうとしてくるので、
「い、いい! もう、いい、これ以上は!」と叫んで、わたしは逃げ出した。このまま魔王様の虜になったら闇堕ちしそうだ。それはよくない。
冷蔵庫を開けると、当然のように冷やされていた瓶ビールを持って、つばやさんのところに戻った。
あいつ、わたしに甘いんだよ、ちゃっかりビールまで冷やしやがってさ。バーカ。
戻ったわたしは、わたしを優しく見守ってくれているつばやさんにビールを注ぎながら、
こわーい見た目なのに、優しくて華やかな味わいの魔王様を、まるでつばやさんのようなお酒だなあって。そんなことを考えていた。でも、絶対にそんな恥ずかしいことは言ってやらない。
死ぬまでヒミツなのだ。
「なぁ、ところでこの、テーブルに置いてある『謝罪文』ってなんだふざけてんのかてめェ」
「まぁまぁまぁまぁ旦那、嫌なことは酔って忘れましょう、さあさあ飲んで飲んで……っておい! なに破いてやがる!」
「くだんねェことしやがって。また太ったら容赦しねェからな」
ビールを片手に、「うん、がんばりまーす」と棒読みでお答えしておいた。
おわり
ダイエット編おわりです!
あとはボチボチ小話集を更新する予定です~!
お付き合いくださってありがとうございました!




