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地獄のダイエット④流石に反省しました。

「ごめんってー」

「…………」

「ねえ、ごめんって。無視することないじゃん!! あほ!」

  

 ビールと唐揚げを取り上げられ、目の前で腹の中にブチ込まれたわたしは、さすがに反省した。今のはなかなかのゴミっぷりだった自覚がある。悪いのは完全にわたしなんだけどさ。


 でも、眉間にシワを寄せたまま、ソファにどっかり座って、あてつけのようにビールを飲み続けるのはどうかと思うのよ。そして、さっきから完全なるシカトである。


「ごめんってー」


 肩を両手で叩いても、


「誠に申し訳がない!」


 膝に寝転んでも、


「すみませんでした!!」


 頬を伸ばしても無反応である。


「えーー…………おとなげないなー」  

「…………」


 はい、また無視だよ。飲んでるビールを奪おうとしたら無言で腕をメキメキ吊り上げられた。


「いだいいだい!!」

「…………」


 ジタバタ暴れたら、なんとか解放されたけど、こっちを見ようともしない。


「はー、さてはわたしが痩せるまで口聞かないつもりだなー」

「…………」


 いい加減、むかつくなぁ。


 自分が悪いのを完全に棚に上げて、ぷいっとリビングをあとにした。バスルームの前には、忌々しき体重計がある。  


「クッ…………」


 めちゃくちゃ忌々しいけど、どうやらこの体重計に今後の夫婦生活(仮)がかかっているらしい。今追い出されたら、完全に路頭に迷うし。仕方ない。


 電源を入れて、そっと乗った。こわくて瞑ってた目を恐る恐る開けると、


『51kg』


「…………なぁんだ、あとちょっとだ」


 安心して笑ってしまった。


 リビングに戻って「なんかいけそうな気がしますよ」と笑ってみても、つばやさんはこっちを見ようともしない。なんかだんだんいらっとしてきた。




 その後も、つばやさんのシカトは徹底していた。おまえはすぐ絶交したがる小学生かと思うほどの無視。無言のまま、お風呂に入ったつばやさんは何も言わずにベッドに寝転んで寝だした。くっそむかつくな。



「やせろ〜やせろ〜」と歌いながら、半身浴をして、体をマッサージとかやってみる。ジップロックにいれたスマホを見ながら。このまま追い出されたり、出ていかれることはない気がするけど、一体どうしたら機嫌を戻してくれるのか途方に暮れる。うーん。反省しろぉ、考えろ。



 お風呂で歌いながら動画を見たり、上がってからはストレッチしたりして「いだだだ」と一人でギャンギャン喚いてみたり。でもヨガの真似事でも、けっこう汗かくのね。ユーチューブに感謝だよ。いい加減、深夜も回ってきたので自分の部屋に帰る。いっつも一緒に寝てたけど、なんか寝にくいし。絨毯、クロゼットに安酒コレクション、机には漫画道具が散らかってるようなお部屋なんだけど、床に積まれてる漫画を倒さないように寝転んでみれば、まあまあ寝られそうな感じがした。


「はー。がんばろ」


 つぶやいて目を閉じた。このマンションに出入りするようになって、初めてのベッド以外での就寝だった。



○○。




 ぴぴぴぴぴ。


 スマホのアラームを止めて、むっくり起き上がる。床で寝たはずなのに、全く身体が痛くない。なぜだろう、と思ったら、床じゃなかった。ふわふわのお布団で目覚めたのだ。


「ど、どういうことだ?」


 なにこれ、瞬間移動したのかな。起き上がった私の隣には、難しい顔のまま寝てるつばやさんがいるのだ。つまりは、部屋でふて寝したわたしをベッドまで運んでくれてたってことか。気づいた途端に、嬉しいやら恥ずかしいやら、顔が熱くなってくる。


「…………もーやだなぁ、甘いんだよ…………」


 しわの寄ってる眉間をつつくと、「やめろ」とボソリ。呟いた。ニンマリと笑ってしまう。


「さ、走ってくっかな」


 寝たままのつばやさんに、お布団をかけてあげて。わたしはベッドから「とう!」と飛び降りる。ジャージに着替えて、マンションを出た。


「さっぶ!」


 冬空の下を、ぜえぜえ言いながら走る。最初は肌を刺してた真冬の朝の寒さも、走ってるうちに心地いいそよ風に変わってくる。チュンチュン雀、葉っぱの散った裸の木、ピーカンの青い空!


 そして、帰って来たら汗拭いて腹筋!


 朝食はヨーグルトとサラダ!


 ああ!


 まるで、女子大生みたい、わたし!!


 まだ機嫌の悪いつばやさんを「いってらっしゃい〜」と送り出したら、やれやれ一息。今日はなんにもない日。だから、本気と書いて、マジダイエットDAYにする。じゃないと、追い出される。


 音楽かけて、動画を見ながら、またヨガの真似事をして「いたたた、い、いたい!」と喚いてみたり。そして、つばやさんに謝罪の手紙を書いた。さすがに悪かったと思うからね。

 ふうーーー、息を整えながら筆を執ってサラサラ。


『謹啓 


平素は格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。


 このたびは、わたくし阪奈みかるのダイエットにかなり尽力してくださったにも関わらず、そのご厚意を無駄にするような行いをしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。


 齋藤様には、日頃大変お世話になっております。常日ごろ、朝食の用意、仕事、部屋の掃除、何から何までしていただき、まるで齋藤様のほうがカノジョじゃないのかと何度も疑いましたが、顔を見れば見るほど貴方がヤクザ顔すぎて、そのギャップにますます惚れております!


 さて、ご存知の通り、阪奈みかるは超絶怒涛のアルコールJD、アルコールを愛しアルコールに愛された女でございます。その為、肝臓の心配をされること多々、そして齋藤様がわたくしに与えてくださる神的ゴッドなアルコール、そしておつまみはわたくしの人生をまさに咲き誇る大輪の薔薇のように美しく彩り始めるのです。ビューティフルWORLD。


 しかし、不肖阪奈みかるはそれはそれはプクプクと太りました。自覚しています。頑張って痩せようと、齋藤様のご期待に応えようと努力しましたが、先日、無意識のうちコンビニでビールと唐揚げを購入しておりました。


 多大なご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。


 今後は二度とこのような裏切りが無いよう、超がんばります。きらいにならないでください。何卒ご容赦のほどお願い申し上げます。


 略儀ではございますが、取り急ぎ書面にてお詫び申し上げます。

 どうか今後ともお酒を恵んでください。よろしく。


敬具』



「ふいー、書けた書けた」


 ペンを転がして、ため息。そして、また腹筋を始める!


 ふんっ! ふんっ!


「こ、ここまでやったんだ。痩せせてくれよ」


 昨日のビールと唐揚げだって、そこまで食べてないもん。大丈夫なはずだ。つばやさんがもうすぐ帰ってくるから、頼む。50kg、切っててくれ。世界中のアルコールよ、おらに力を分けてくれー!


 お風呂上がり、


 そっ。裸足を載せた。


 恐る恐る、目を開くと、


『48kg』!!!


「う、うおおっやったー、痩せた!」


 思わずガッツポーズ! してたら、ガチャガチャ玄関から音がして、つばやさんが帰ってきた。


「つばやさん! 見て見て、痩せた!」


 帰るなり大はしゃぎなわたしをみて、つばやさんは信じてないのか


「…………ほんとかよ」


 態度も声も冷たい。


「ほらぁ、みてよ」


 つばやさんは、体重計を覗き込む。そして、やっと笑ってくれた。


「はー…………やればできんじゃねえか」

「でしょ」


 頭をグリグリ撫でられて、嬉しくてニマニマしてしまう。かと思えば、つばやさんは、わたしのほっぺたをぎゅうーーーとつまんだ。


「お前なァ…………人がここまでしてやったのを裏切りやがって…………」

「いだいいだい」

「つーか、体重は減ったにしろ、腹も顔も痩せてねえじゃねえか」

「…………まあ、それはその、すぐにはむりですよ」


 気まずくて、小さな声で言うと「ハッ」と笑われた。いつもの、こわーい笑い方だ。


「ま、お前にしちゃ頑張ったんじゃねえの」

「つばやさん、なんだかんだ甘いよねえ」

「ったく、手間かけさせやがって」


 もう一回、ほっぺたをぶにぃと伸ばされて、けらけら笑うわたしを苦笑して見つめていた。

 そして、いきなり、ガッと大きな片手で顔を掴まれる。ぐぎぎぎぎ、なかなかの強い力で今度は顔を潰されそう、あの、めっちゃくちゃ痛い!


「まァでも、反省してくれたようで良かったな。あのままてめェが反省しないようだったらなぁ、いっそ家から出られなくして…………」

「マジに聞こえるからやめてくれませんか!?」

「冗談だよ、冗談」

「ええー……」

 

 自分の職業を考えろ、ふつーのサラリーマンが言いだしても怖いのに、あんたヤクザだからな。ふざけんな。


 さてもの、わたしは図々しく生きてきたし、これからも図々しく生きるのだ。つばやさんの顔を見上げて、真正面からぎゅっと抱きつく。そんなことしたって、この引くほどある身長差のせいで、普通のカップルみたいに肩に手を回したりはできない。なので腰に腕を回してみるけれど、さすがに無駄のない肉付きというか、バキバキの筋肉である。加えて、謎の香水、男の香り、いい匂い。


「つばや〜〜〜」

「珍しく甘えてきて、どうしたんだよ」


 ぐりぐりと鼻先を押し付けてみると、つばやさんはご機嫌に笑う。


「おさけ」


 見上げて、目を見て、わたしは真剣に言った。わたしが酒以外のこと考えてるとでも思ったのかこのヤクザ。わたしが理由なくキサマに甘えるとでも思ったのか。驕り高ぶるんじゃねえ。


 つばやさんは「…………お前、可愛いと思ったら可愛くなくなるな」と呆れ顔で、「いいもん買ってやってるから、飲もうぜ」と歩きだしてしまった。腰にしがみついたまま、ガニ股でドカドカ一緒に歩く。うへへ。なかなかにキモい光景である。



○○。




 つばやさんの機嫌が直ってくれたから、それだけでツマミいらずのアルコールタイムに入れそうだったけど。なんと、つばやさんはどこからか酒瓶を出してきた! 


 というか!


 その美しき瓶に書いてた文字にビックリしすぎて「うわわわわわわ」と震えてしまう。ヤクザは勝ち誇ったようにわらう。わたしはそれを見た瞬間、尻もちついて、「あわわわわわ」と口をあんぐり開けてる。


 いやいや、いやいやいやいや! だって!


 なんて書いてあるか。ああ、それは、つばやさんに似合いすぎる日本語ナンバースリー! 時にRPG! ドラクエのラスボス! 日本で言うと織田信長! シューベルトに言わせると「お父さん〜お父さん〜♪」っていうか、


 魔王 って いうか


「まままま…………!!! ま、魔王が、魔王持って、魔王が」

「めんどくせぇからツッコまねえぞ」


 めんどくさそうなつばやさんの腰にしがみついた。いやっ、もう、正直熱いキスを! KISSを差し上げたいのに!! 届かないのでピョンピョン跳ねる。呆れられるかと思ったら、突然唇を塞がれた。


「……………んももぅ!!(魔王!!)」


 頭を掴んで、(なんのつもりか知らねえが)目を恍惚として閉じ、なんかしつこく舌入れようとしてくるので、引き剥がしてわたしはもう一度叫んだ。


「まおううう! はよ! 魔王!!」


 つばやさんを無理矢理引き剥がして、わたしは飛びついた。世界で一番会いたかった良い女! 魔王!!


 うん、そうそう、ちょーうど、このときばっかりは、職業インテリヤクザ齋藤鍔夜<<<超えられない壁<<<初めての魔王だったので完全に視界に入ってなかったんだけどさ。あとから聞いたら「本気で追い出すところだった」とインテリヤクザは語ったので、なかなか綱渡りで生きてるなぁと思ったのでした。 



 次回。

 

 阪奈みかる、魔王実飲。

お読みいただき、ありがとうございます〜!

アホやなぁこのヒロイン

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