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地獄のダイエット③極道スプラッタ・DEATH・ダイエット

 つばやさんが取り出したのは、じゃがいもである。キッチンに3つほどごろごろ並べられた。


「じゃがいもって、カロリー高くないですか」

「まァ食い過ぎはよくねえけど。白米に比べりゃ、大したことはねぇし」


 お次に取り出したのは、豆乳である。


「寒くなってきたしなぁ。スープでも作ってやるよ。腹にはたまるだろ」

「す、すーぷ…………」


 このヤクザ、どこまで女子力高いんだよ。オゾン層を突き抜けそうな高さだ。


 さくさくとじゃがいもをイチョウ切りにしたつばやさんは、次に取り出した玉ねぎもサッサと切っていく。厚めの鍋にオリーブオイルを注ぎ、じっくりと炒めていく。透明になってきたら、豆乳を注いだ。コンソメを入れて、塩コショウなんかで味見していく、手際が良すぎる。いい匂いがしてきて、おなかがグゥグゥ鳴り続けてる。


「…………まァ、こんなもんか。多めに作ったし、朝もこれ飲めるな」

「つ、つばや〜、はやくそいつを飲ませろ〜」


 わたしが腰にしがみついて「ぎゅるるるる」と、お腹を振動させ続けるので、さすがにイライラしたのか「これ食ったら寝るぞ!」と、お怒りになられたのだった。


○○。


 じゃがいもの豆乳ポタージュでおなかも心も満たされ、すっかり「あ〜、つばやさん最高、幸せ、痩せそうこれなら」と油断しきっていた。


 ふとんとヤクザに挟まれ、ヌクヌクの真冬の早朝。


「起きろデブ」と怒鳴られ、突然叩き起こされるなんてわたしは思ってなかったのだ。


 寝ぼけまなこのまま、「…………え、なんですか」と間抜けに口を開けてるわたしに、つばやさんは言い放つ。


「今から走りに行くぞ、みかる」

「は?」

「しっかり運動しねぇと痩せねぇからな。そして今日は休肝日だ」


 朝日を背に布団を剥いたヤクザは、極悪に笑った。


「みーかーる、頑張れよ」

「勘弁してください…………!?」



○○。



 みたいなやりとりがあって。朝10時頃、学校にフラフラで現れたわたしをみて、たまたまいたユッコがびっくりしていた。


「み、みかる? どしたの」

「ご、極道スパルタダイエット」


 早朝叩き起こされ、あのあと「一時間帰ってくんな」と万歩計と共に家を追い出されたわたしは、ふらふらとマンション周りを走らされたのだった。ちょっと休憩してたら、スマホに「さぼってんじゃねえよ」と電話がかかってくる。どこから見てんだよクソ! って感じで、へとへとになって帰ってきたら、ヤクザモーニングがテーブルに並べられていた。


 なんとまあ、昨日の夜に作ってくれたスープと、レタスとトマトのサンドウィッチ。悔しいけど美味しくて。でも走ってふらふらだから二度寝しようとしたら怒られて、用もないのに学校に来たってわけだ。


「卒論発表の準備、あるじゃん」

「…………やりたくねー」


 だってもう提出しちゃってんのに。最後の卒論発表会っていうダルいものがあって、それのためにカチカチとパワポを作ったり、本文を再度確認して直したりしていた。



 ユッコと別れ、夕方になったら、ちょうちんメロンにバイトに行く。ごろごろとお腹が鳴る。真面目にダイエットするのがめんどくさくて、昼飯を抜いたらこうなった。だめだ、ふらふらする。


 からんからん、と鳴る戸を開けるわたしの顔は完全に死んでいた。


「どぉしたのよ〜みかるちゃん」


 お店の準備をしながら奥さんに聞かれて、「い、いやぁ」と返す。がちゃがちゃと、メニューを置いたり予約を確認しながらお腹がぐるぐる鳴るし、何よりつばやさんに言われたこと……バイト中でもできるダイエット! ってやつを、律儀に守ってるもんだから腹筋が痛くなってくる。お腹に力入れたまま働けとか、拷問かよ。


「痩せろって言われまして。そんで、ダイエット中です!」

「なら、まかないもビールもしばらくあかんねやな」


 無慈悲な大将の声が奥から聞こえた。ひたすらつらい。


「サラダぐらいなら食べていいっていわれました」

「ほんなら、サラダ作っとってやるわ。あとで鍔夜にグチグチ言われるんも面倒やしな。おとなしくダイエットさせてやる」

「た、大将ぉ」


 嬉しいやらありがたいやら、つらいやら。5時半になると、そろそろとお客さんが入ってくる。ぱたぱたとおしぼりを渡しに行ったり、メニューを聞いたり、運んだり。その最中にもグッとお腹に力を入れるのを忘れずに、笑顔も忘れずに! って、かなりの苦行だ。


「みかるちゃん、唐揚げ一個あげようか」


 とか言ってくる顔なじみの常連さんにも、


「いえいえいえ! いま、同居中の強面グラサン野郎にダイエットさせられてるので!」


 と断らないといけない。だからつらいのだ。


「つばやさん、心配してくれてるのねぇ」


 ドリンクを作りながら、奥さんは笑う。


「私から見たら、そんなに太ってるって思わないけど」

「奥さんに言われても、あんま説得力ないですよっ……」


 すらっとした細身の美魔女は「あらぁ、そうかしら」と、可愛く首を傾げてみせる。


「まあ、しっかりがんばりなさいなぁ。大丈夫大丈夫。若いから痩せるのもすぐよぉ」


 ハイボールを作って、お客さんに持っていった美魔女な奥さんを見て、「くううう!」と変なうめき声をあげた。負けてなるものか! こうなったらほんとに痩せてやる!


 きっと、ダイエット明けのビールって、たまらなく美味しいに違いないから!


 思考をシフトさせ、また腹筋に力を入れたまま、お客さんが帰ったテーブルの片付けをしにいった。


 がんばれみかる!! ビールのため!!



 

 そんな具合で、スパルタながらもダイエットさせられては「ヒィヒィ!」アルコールも控えめにされて「物足りない!」な生活をしていた3日目だった。



 事件が起きる。



「え…………みかる、何やってんだ…………?」



 ヤクザに背後から言われて、はっと気づいた。学校もバイトもない日だった。つばやさんがヤクザの仕事に出かけた瞬間、記憶がなかったんだけど、


 気づいたら真っ昼間からビール片手にからあげたべてた。   


「…………えーっと、なんでしょうねえ」


 つばやさんの背後に、メラメラと炎が燃え盛ってるような気がする。その炎の中にライオンと阿修羅像が般若の形相でバックダンサーしてる。そして、本物の般若ことつばやさんは、バキバキィ、ゴキゴキゴキィと信じられない音を手から鳴らした。目が泳ぐぜ、見てられない!


「み〜か〜る〜……………」


 地鳴りのような声が、わたしの身体を恐怖でブルつかせた。つばやさんは、こめかみをピクピクさせながら、マンション中に響くんじゃないかっていう大声のヤクザ声で、


「この馬鹿がッ…………!!!!」


 と、怒鳴りあげたのだった!   

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