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51.よっぱらがーるとなんちゃらヤクザ!

「で? いつプロポーズすんの、指輪買ったのか? ん?」

「あっちいけーーもう、あっちいけーー、嫌い、もうヤクザなんか嫌いぃぃ」


 テーブルになんか座りたくなかったからカウンターに座ると、ぐいぐいつばやさんが隣に座って絡んでくる。奇しくも、初対面の時と同じ席である。悔しい、悔しいよわたしは!


「もう、なんで言うの朝熊さん! てかなんでいるんですか!


 悪人三人衆は「どうせ来ると思ったから」と口を揃えて言い放った。悔しいよわたしは!


「いやあ、まだしてなかったとかどんだけチキンなのみかるちゃん。あ、カシラ、どうぞどうぞ」


 朝熊さんは全く悪びれずに、若頭さんのおちょこに日本酒を注いでいる。瓶で。というかまて、


「それわたしが買ってきた日本酒なんですけど!」

「先に送ってたやつだろ? いただいてまーす」

「うわああん、つばやさん、勝手に飲まれてるよ!」


 けっこう本気でいろいろ泣きそうなんだけど、つばやさんは終始ゲラゲラ笑いっぱなしだ。注がれたビールさえ笑いすぎて飲めてない。そんなに人の不幸が、おいしいか、幸せか、このヤクザ共!


「もう、もう、今からプロポーズするから黙っててよ!」


 こうなったらヤケクソで、飲み干してビールグラスをテーブルにダンッと置いた。ひゅーひゅー! と囃したてる主にロン毛と若頭を睨むと「はいはい」といった風に黙ってくれた。エハタさんだけが困った顔でほほ笑んでいる。頼むから、おまえも喋ってくれるなよ。


 鞄から箱に入った指輪を出して、つばやさんの前に、ずいと差し出した。


「わたしと結婚してください。養ってください」

「待て、付け足した台詞で台無しだぞ」

「もう、台無しみたいなもんですよ、こんなの!」


 泣きそうになりながら叫ぶわたしの髪をぐしゃりと撫でられる。指輪を受け取ったつばやさんは、迷いなく左手の薬指に嵌めた。はめやがった。


「え、えっえ、えっと」

「なら俺からも」


 今なんつったこいつ。そして鞄からつばやさんも……箱を出してきた。


「……えっと」

「指輪じゃねえよ、ほら、こっちに頭下げて」


 なんなんだろう。言われるがままに頭を下げると、つばやさんの大きな手が首の後ろでゴソゴソした。


「ほら、もういいぞ」


 顔をあげて首元を見ると、


「えええぇっ、なにこれ!」


 首にかけられたのは、花の形のネックレスだった。


「……一応ブランドだけどな、安物だけどよ。COACHの」

「は? 高知のネックレス?」

「もういいよお前、ほんとに酒以外に興味ねえんだな」


 なんかあきれられたぜ、今。


「…………えっと、あの、お返事聞いてないんだけど」


 嬉しいし、恥ずかしいし緊張して。おそるおそる見上げると、ぐいと顎をつかまれて、片方の手に肩を抱かれて、そのまま唇を重ねられた。


「……っ、ん、うっ! つ、つばやさんっ、ひと、ひといるから!」

「は? 知るかよ」


 ぺろりと舌なめずりをして、悪い顔で笑う。


「まァ、俺の物になったってことだな?」

「ちがうよ、つばやさんがわたしのものになるんだよ」


「まあまあ、とりあえず婚約ってことだよね。おめでとう」


 肩をつかみあって不毛な争いをしようとしていたところに、若頭さんがヌッと現れた。


「じゃあまあ、婚姻届け書いて書いて」

「待って、気が早くないですか」

「カシラ、いろいろありがとうございます。……書きゃいいんっすかね」


 若頭さんはニコリ、と無言で笑って促す。さらさらと、迷いなくつばやさんの名前が書かれた。


「はい、お前書けよ」

「……いや、あの、まだ大学生なんですけど」

「プロポーズしといて何言ってんだよ」

「そーだそーだ!」


 黙れぇ、朝熊ぁ!


 ぐびぐびとまたビールを飲み干して、隣に乱暴に「阪奈みかる」と書きなぐった。


「ははははは、これでつばやさんはわたしのものだぁ!」

「ハッ、逆だ」


 またつかみ合いをしそうになるわたしたちに、若頭さんは「いや、ちがうよ?」と言い出した。


 え、ちがうってなんだ。


 ぽかんとしたわたしとつばやさん。にこっと若頭さんは婚姻届けをめくる。

 ……婚姻届けに、あるはずのない、不自然なくり抜かれたところがあるぞ。そしてそれは多分、つばやさんのサインのところで……。


 にこっと見せた「本物」を見て、つばやさんの表情筋がカチンッ、と凍ったような、




『斎藤鍔夜 本日を以って 新組織 垂柳組系三次団体『斎藤組』 組長に任ずる』




「…………へ?」

「え?」




 若頭さんは、それはそれは良い笑顔だった。にっこりーと笑って「あ、組の名前が嫌なら変えていいよ。何にする? 泥酔組とか?」と親指を立てた。視界の端で朝熊さんが声を堪えて、おなかを抱えて笑っている。エハタさんは遠い目をしていた。





「かしら、なにこれ」




 しっかりと「斎藤鍔夜」とサインされた、見たことない書類につばやさんは口をぱくぱくさせている。



「いや、僕の下というか、同じ規模で動ける組織があった方が色々楽だなと前から思ってたんだよ。組長やらせるなら鍔夜が一番向いてるかなって。まぁでも、普通に頼んでも断るでしょ絶対。ごめんねーみかるちゃん、利用して。そういうことだから婚姻届けは悪いけどもう一回書いてね」


 物騒極まりない任命書とやらをペラペラさせて、若頭さんはご機嫌に笑った。


「いやいやいやいや、カシラ、俺、嫌です! み、みかるなんか言ってくれ!」


 本気で焦ったつばやさんに、助けを求められるけど……いや、もう、無理じゃね?


「…………えっとぉ、ご結婚&ご出世おめでとうございます……?」


「おめでとう!」

「おめでとうございます」

「おう鍔夜、よぉやったのぉ」

「おめでとう、鍔夜さん」


「かんぱーい!」と何杯目かわからないビールを掲げると、カコンッと良い音が響いた。一人ビールを持てずにいるつばやさんに


「……くーみちょう」と肘でついてみると、


「誰が組長だ、ふざけんなよテメェら!!」


 って怒号が飛んで。


 思い返せば、酒のおかげで巻き起こったいろんなことがおもしろくて、つい笑ってしまう。えへへ、なんかもう、楽しいなあ。


 やっぱりお酒こそが我が人生だと、これからも二人で誇って生きてゆくのだ。かんぱーい!

 

 

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