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50.とりあえず生っっ!

 ギャラリー(主に外国人と子供)が何事? と集まってくる。世界遺産の見守る中、金髪ヤクザの前で両手を広げて、まるで「こいつに手出しはさせねえぜ」と不敵に微笑むチビ女子大生。向き合う着物のオッサンたち。そしてチビに守られている金髪はまだ事態が理解できていないらしい。


「勝負ったって、なんで勝負するんだい」

「おいおいミカル・阪奈。ここはジパングだぜ。カタナに決まってんだろ」


 こいつらの日本観は漫画に出てくる外国人か! という突っ込みは受け付けないぞ。なんせ脚本阪奈みかると月屋キハチだ。これを考えだしたころにはエハタさんは呆れて無言になっていた。

 いや、酔っぱらいのテンションで考えた即興劇とか付き合わされる方は地獄じゃない? 当たり前のようにポケットに入ってる小瓶の日本酒は飲むけどさ。


「ジャパニーズカタナ!」「ニンジャ!リアルニンジャ!」と漫画に出てきそうなベタベタの盛り上げ方をしてくれているアメリカ人ファミリーに感謝をささげつつ。品宮さんに投げられた、2本目のおもちゃの刀を片手でパシッ! と受け取れればよかったけど普通に地面に落ちたので不格好に拾い上げる。


「勝負だ! ミカル・阪奈! その酒とツバヤ・サイトウをかけて!」

「とーぅ!」


 まあ軽くおなかを突いただけなんだけど、おおげさに「ぐぎゃぁああああぁッッ」と言いながら倒れた品宮さん。続いて「覚悟ォ!」と襲ってきたアゴコンビもちょいちょいとつついて「ぐはぁああっ」「な、なんじゃこりゃァァ」と倒れていった。待って、死ぬ演技だけやけにリアルじゃない? 実際に見たからとか言わないでよ。そういう冗談受け付けてないから。


(頭の中では)敵をやっつけた歴戦の女戦士である。このクソ茶番にも関わらず、アメリカンファミリーは「ブラボー!」とか言ってくれるし、見に来てたちびっこはキャイキャイ喜んでいる。

 白けた目線を向けてくる大人の日本人は相手にしませんよ!


 くるりと振り向き、よしプロポーズするなら今だ! とつばやさんに跪いたら


「何やってんだテメェらっ!!」


 靴のまま頭を蹴られて、「ちょ、なに、助けてあげたんでしょ、蹴ることないじゃん!」


 ヘルプ! と見た三人組はスタコラサッサと逃げたようで、視線の先に誰もいない。ぞぞぞ、背中に虫が這うみたいな嫌な悪寒がした。振り返ると、何度も見たことのある光景が広がっている。こめかみをピキピキさせ、口の端を吊り上げて、おでこにお怒りマークの金髪ヤクザ……!


 いつもとちがうことっていえば、背景が世界遺産なことだけね。

 変なことを考えて「うむ、絶景」と言った頭を「このクソ酔っぱらいがッ!」ともう一度蹴られた。



○○。



 つばやさんが「もう付き合いきれねえよ、疲れた」と言い、まあわたしもプランはここまでだったので東京に帰ることとなった。ちなみに品宮さんはこの茶番のために東京から来てくれていた。もらったお酒はありがたくいただいて、代わりに京都土産として「八つ橋」をお渡しすると微妙な顔をされた。ハッカが苦手とかお子ちゃまか、品宮さん!


 なんだかクタクタで、車の中でグデグデに寝てしまった。つばやさんが髪を掬っている。


「なあ、みかる」


 むにゃむにゃ、眠いよつばやさん。


「お前ほんと馬鹿だよな」


 くすり。多分、笑っている。西田さんと山脇さんもニコッと笑っているのがバックミラーで見えた。そして意識がぷっつり切れた。



○○。



「起きろ、東京だぞ」

「えっ、わたしあれからずっと寝てたんですか!」


 いくらなんでもそれはないでしょ、と言いたいけれどほんとに東京だった。見慣れたマンションの前にいた。


「お前らこの馬鹿に付き合わせて悪かったな。三日休みやるから、しっかり休んで来い」

「ふっ、副社長!」「ボス!!」


 感激の二人と、「いいって」と笑うつばやさんをぼーっと眺める。まだ頭が起きていないらしい。ぱんっと頬を叩いてみる。寒空にヒリヒリするだけで、頭は起きてはくれない。


「みかる……帰るか?」


 2人を見送ったつばやさんが振り返る。慌てて「ありがとうございましたー!」を大きな声で言った後、はずかしいけどコートの裾をぎゅっと持って


「飲みに行かない……?」

「言うと思ったわ」



 バレバレだったらしい。にへ、と笑って見せた。



○○。



 とことこ、もうすっかり夕方の見慣れた東京郊外を歩いてちょうちんメロンを目指す。はあ、結局プロポーズできてないじゃん。馬鹿みかる。いろいろ頑張ったのになあ。つばやさんは「楽しかったな」と呟いた。


「お前がいてくれたから、こんなバカなこともできるんだよな」

「…………そうかなぁ、そうかなー」

「なんか、お前と出会ってから久々に毎日楽しいわ」

「まぁ暴力団やってりゃねぇ。反社会組織の組員め」

「……………事実なんだけどよ、なんで悪口に聞こえるんだろうな」


 わたしもふしぎだ。しかし、我ながら直球の悪口である。本物に向かって言うことじゃないんだろうね、ほんとは。怒んないの、相当優しいと思うんだよ。


 夕方の商店街を抜けて、奥に入っていく。もうすぐ着くから、言わなきゃ、言わなきゃ…………。


 言えねえ!


 よしわかった、ビール一杯飲んだら言おう。決めた。阪奈みかるは出会った場所で、出会った時とおんなじシチュエーションでプロポーズする。うん、夜景見ながらよりも、茶番の中でよりも一番ロマンチックじゃないか。なんで思いつかなかった。このバカ!


「たいしょー、ただいまー!」


 からんからん、戸を引いたら、


「お、帰ってきたな、おかえり」

「おかえりなさい二人とも」


 大将と奥さんが出迎えてくれた。そしてなぜか


「おかえりー」

「どうせ来ると思ってましたよ」




 と、今回の共謀者……若頭とエハタさんがテーブルで飲んでて、




「え、プロポーズしたの? みかるちゃん」




 その二人と向かい合うようにして飲んでいた朝熊がぶっこんだ爆弾に





「今からしようと思ってたのに、この似非俳優ヤクザーーーー!!!」





 思わず叫んでしまった。


 振り返ったら


「ク、クハ、ハッハハハハハハハハ!!」



 グラサン越しの目に涙をためて、おなかを抱えて笑うつばやさん。



「あ、寒いから、戸閉めて鍔夜さん」

「あ、はい、スンマセン」


 奥さんがまたぶち込むし、言われたつばやさんは戸を閉めて


「で? プロポーズしてくれんのか?」


 意地悪な笑みで見下ろした。


 恥ずかしいやら、何このはめられた感は、なんなのこの状況は! って、ぶるぶる震えて足をダンダン鳴らして。ヤクザしかいない店内で大声で叫んだ。



「とりあえず!! 生っっ!!!」

次回、最終回!

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