48.赤い鳥居とお月さま
山に登るといったのは、ある意味嘘だ。そして本当だ。出ている屋台も引き払ったあとの、人気のないここは昼間とは違った雰囲気で、これはこれで厳かだ。
目の前に見える、大きな大きな赤い鳥居。潜れば大きな大社が照らされて夜闇に輝いている。少し歩けば、山に続く小さな赤い鳥居。潜ればまた赤い鳥居。延々と続く、照らされて神々しく輝く紅は圧巻の景色。つばやさんは「なるほどなァ」と顎を触った。
「伏見稲荷か。お前渋いチョイスしたな」
「イルミネーションでもいいけどさあ」
ぷしゅ。さっそく開けたのは、着物に着替えたあとの鞄の中にも隠し持っていたビールである。ごくごく飲んでから応えた。
ぶはー。
「イルミネーション見ながら酒飲んでたら、変なやつじゃないですか。わたし、お酒飲みたいんで」
「ほんとにお前ブレねぇよな」
「あと、つばやさんみたいなヤクザが、カップルまみれのイルミネーションに現れてみ? 鮮血に染まる恐怖のクリスマスだよ」
「お前さ、俺のことなんだと思ってんだよ」
そりゃ齋藤鍔夜だよ。泣く子も黙る犯罪者集団の一人だよ。
見上げると、雲の隙間から大きな月が見えた。隙間なく造られた立派な鳥居の下を、慣れない下駄で歩いて上る。石段を踏めばカランカランとかわいい音が響く。
「じんぐるべーる、じんぐるべーる、やくざがくるー♪」
こんなクリスマスは嫌だ。一、サンタじゃなくてヤクザがくる。なんてね、一人で笑っているわたしの後ろから赤い着物のイケメンが黙ってついてくる。
「つばやさん、いろいろあったねー」
無言の彼に、鳥居を潜りながら話す。
「まさかさー、お持ち帰りされるなんて思わなかったよ。そんで知らん家にいて、後ろからつばやさんが現れたときさ、マジで死ぬと思った」
誰もいない。山を開いた道だから、鳥居を囲う木々にわたしのご機嫌な声は響いて溶けて消えていく。
「死ななかったしさー、なんか気に入ってくれたしさ。わたし、まだ実感沸かないんだよ、だから時々恥ずかしくなる。勢いだったから、恋を分かってなくて。今、じわじわ恋してるような気がしてる」
ぐい、とまたビールを飲んだ。寒空にビールなんて、体が冷えて仕方ないけれど。なぜか全く寒くない。むしろ12月の風は心地いい。
「つばやさん、前にさ。俺がヤクザなのとみかるが好きなのは関係ないって言ってくれたじゃん。今ならさー、意味がわかるよ。わたしも、つばやさんがヤクザでもヤクザじゃなくても好きだよ。出会えてよかったなーと思う」
ビールはもうなくなった。口に向けて傾けた缶からは、ぽたぽたと雫が落ちるだけだ。ぐしゃっと握りつぶして鞄に入れた。そうしながら、よそ見していたからだろうか。踏み出した足がよろけて、
「ぎゃっ!」
慣れない下駄では、踏み外した足をもう一度つけることができなかった。そのまま、ふらりと身体が宙に浮く。
「みかる!」
視界が石段と鳥居から、ぐらりと上がって、雲から顔を出したお月さまを映した。
きれい。
あんまりにも間抜けなわたしのココロは、次に視界に映った男のせいで一瞬で羞恥に染められた。
身体を大きな腕で抱きとめられて、心配そうに歪んだ顔が
「馬鹿が。ちゃんと歩け。階段を上がりながら酒飲むからだよ」
「…………ご、ごめ、ん、」
ばっ!
恥ずかしくてすぐに腕から逃れてしまう。すると足首がグキリと痛んだ。
「い、いってえ」
「捻っただろ、馬鹿が」
なんてことだ。はしゃぎすぎかよ。
「大丈夫です!」
ほんとは超痛いけど。もうすぐ、展望台だからそこまでは頑張ろう。いくつ潜ったかわからない鳥居の、もう10個先。ほら、見えた。
「イルミネーションよりも、夜景ですよ!」
開けた展望に着いて、思わず「ほぅ」とため息が出る。きらきらと、クリスマスの街が眩く輝いている。ここでまさかの、同じ考えのカップルが2組いたのは計算外。まあいいだろう。
「…………友達と来たことがあるんですけど、絶対夜来たら綺麗だろうなぁと思って。なかなかロマンチックな光景」
展望台から見下ろす、街の灯。見あげれば、まんまるの月。柵に身体をもたれてつばやさんを見上げると、目に夜景のキラキラが映って見えた。ぼう、と見つめるわたしの視線に気づいて「何だよ」と顔を背ける。見られたくないのだろう、顔真っ赤じゃん。
「…………正直言うとな。お前が言ってた通り、クリスマスってのは良いレストランで良い料理でも食うもんだと思ってたよ」
「はん、発想が貧困ですね。これだから成金ヤクザは」
「てめェ、人が反省してやってんのになんだそりゃ」
頭をぐりぐりされて「うぎー」と鳴く。
「まァ………色々ツッコミどころはあるけどよ。嬉しかった。ありがとう」
――――このひと、照れてる!!!
私の方を一切見ないで、消えそうな声で言われた「ありがとう」が可愛すぎて、思わず腰に抱きついた。
「おい、み、みかる」
「すき、アイラブ!」
「…………俺も」
今度はちゃんと、目を見て。つばやさんもわたしの目を見てくれた。
「すき!」
「大好き」
恥ずかしくって、最高に贅沢で、幸せで。
○○。
「……………ごめんなさいー……」
「この、馬鹿」
何回今日、ばかって言われたんだろう。足が痛くて動けない私をおぶって、鳥居を潜って降りていく。
「今度は、昼間に来て頂上目指しましょうね」
「まだ序盤の序盤なんだよな、あれでも」
「えへへ、楽しかったですね」
おぶられて階段を降りながら、言葉を交わしていく。
そして「あっ」と呟いた。
あっ、まだプロポーズしてない!
夜景を見ながら、プロポーズするつもりだったのに完全に忘れていた。
高校生の恋愛映画のワンシーンみたいなことをしてしまった!
ぐおおお、はずかしい、はずかしい!
とにかく冷静になって焦ったり…………当初の目的を思い出したりして、わたしは一人悶えていた。つばやさんのあったかい背中の上で。ちくしょう、背中まで素敵って一体どういうことなのって思いながら。




