47.豚に真珠、酔っぱらいに着物?
「みかる、もう酔ったのか? 顔が赤いぜ」
料亭を出て、トコトコと京都の街を歩いていく。次の目的地に行くためにアゴコンビの車と落ち合う予定だ。しかし、日本酒が美味しかったのか、湯豆腐があつあつだったからなのか身体がぽかぽかする。コートいらず、暑いくらいだ。何やら電話がかかってきてるつばやさんの横顔を見てると、やっぱりドキドキしてくる。おかしいな、わたし全然まだまだ飲んでないと思うんだけど。
「よ、酔ったのかなー、ううん」
にぎにぎする片手から、またぼぼぼっと熱くなってくる。
「えーっと、こっちに来てくれてると思うから」
電話を切ったつばやさんの手をぐい、と引っ張った。するとなぜか、引っ張り返される。
「………………え?」
「ちょっとその前に、俺も用事ができたんでな」
そう言われて意味のわからないままに手を引かれた。そして行きたかった方向とは逆の方へと歩き出す。え、なに、なに? なんか引く力強くて蹴躓きそうになるし。
「ど、どういうことですか」
つばやさんは、わたしを見下ろしてニッコリ笑う。この笑顔の胡散臭さよ。
「…………まァ黙ってついてこい」
「えええっ、ちょ、こっちの予定もあるんですけど!」
私の声は無視してドカドカ歩く大きな歩幅にやっとやっとついて歩き、連れて来られたのは怪しげなビルだった。
「なんですか、ここ」
「カシラに言や、一発だったわ。このビルの着物屋に入るぞ」
「は? 着物?」
ちょっと意味がわからないのですが。ビルの1階はエレベーターホールで、のりこんだつばやさんは躊躇うことなく4階を押す。ドアが開いて見えたのは「う、うお!?」と変な声を挙げずにはいられないような場所だった。
中は、高級感のある黒の壁と床。その空間には所狭しに着物が飾られているのだ。上品そうなおばあさんが「ようこそお越しやす」とお辞儀する。きゅっと縛り上げられた綺麗な白髪と、深緑の着物がよく似合うマダムだった。
「つ、つばやさーん、ストップストップ。わたしのデートプランにこれは入ってないでーす」
「お前京都来たなら、着物ぐらい着てみたいだろ」
「なにその、外国人バリの安易な発想は」
と、口走って、またマダムの前だったことを思い出す。マダムは「こっちでゆっくり御覧やす」とドラマでしか見たことないような京都弁をゆるゆる話した。
○○。
マダムは、つばやさんとわたしに色とりどりの着物を見せて説明してくれる。ナントカ織りのナントカ染めだか、ナントカ時代のナントカとか言ってくれるが、ちんぷんかんぷん。そして、着物の箱にちょこんと付けられた値札……そこに書いてあるとんでもない数字に引く。つばやさんは「ふんふん」と聞いているが分かってるんだろうか。インテリぶりやがって。
「みーかーる、気に入ったのはあったか?」
思い出したように聞いてきたつばやさんに、ちょっと悪態をついてしまう。
「ちょっとセレブのデートに、貧乏人はついていけてねーです」
「はっ。俺をリードしようとするからだ。似合わねえことしやがって。お前がそうするなら、俺もやりたいようにやってもいいってことだろ?」
めちゃめちゃな理論だが、要するに『阪奈みかるに良い着物を着せて、京都をブラブラ練り歩きたいのが俺のやりたいことだ』ってことか?
好き者め。
わたしにそんなもの着せたって、豚に真珠、猫に小判にも程があるよ。酔っぱらいに高級着物ってか。
「…………わたしだけじゃなくて、つばやさんも着るんでしょーね」
「………は? 俺はいいよ別に」
ちっ、とすぐに舌打ちする。
わたしだけってのもおかしいじゃん。ぎろーっと睨んでいたら根負けしたのはつばやさんの方だった。
「じゃあ、俺も仕立ててもらおうかな。どうせ正月にゃ着させられるし」
「え、やっぱりやくざって着物着るんですね! 派手なのにしよう、派手なの!」
マダムにクスクス笑われ、お互いに選んだのはこんな感じのだ。
まず、わたしはつばやさんに「お前はこれにしろ」と押し付けられた一品。しかし、悔しいことにめちゃくちゃ綺麗なのだ。赤の生地に黄色で花があしらわれた、上品なもの。派手すぎないし、地味過ぎないから生地も相まって高級感がすごい。帯は花柄の白で、紫の帯締めでキュッとアクセント。なんだかおめでたいコントラストだ。マダムは髪まで整えてくれて、鏡に映った自分が別人のように見える。いいとこのお嬢さんみたい。
そして、なんとつばやさんも赤の着物である。この体格のいい男は、一見派手な紅もスラリと着こなしやがった。しかも、マダムがわたしの着付けをしてくれている間に、器用にも手なれた感じで着物を身に纏う。なんだか、その一挙一動、手の動きさえ綺麗で、ぽーーっと見惚れてしまったくらいだ。
初めて見た着物姿に、心臓が破裂仕掛けたのは言うまでもない。
「ひ、ひいい、反則だよつばやさん! 赤、赤、めっちゃ似合う何これ嘘でしょ!」
着物の間からチラリと覗くふくらはぎさえエロい。いつにもまして鎖骨がエロい。金髪が赤に映えてヤバい。何着てもどうあがいてもガラ悪いけど、めちゃくちゃかっこいい。ナマメカシイ。
「よう似合ってはりますなぁ」
はんなりマダムが微笑んだ。
「お嬢さんも、見違えたようですわぁ。よう似合ってます」
「そ、そんなこと、あ、ありがとうございます」
照れて縮こまるわたしを、つばやさんは「してやったり」な顔で見下ろして微笑んだ。
なお、値段は見なかったことにする。
○○。
「お、おまたせしましたぁ、ごめんなさい、つばやさんが着物が着たいとか駄々こねだすから」
急いでアゴコンビのところへ向かうと「へえ、全然大丈夫ですよ!」「みかるさんも副社長もイケメンです!」と謎の褒め方をされた。つばやさんはいいとして、みかるさんはイケメンじゃないぞ。
「もー、思ったより時間が押しちゃったな。うーん、ほんとは酒造見学のつもりだったけど…………プラン変更で、例の酒屋寄ったあとに、例の場所へ行ってください、お願いします!」
「へい!」「はい!」
くそっ、このヤクザの気まぐれのせいで酒造見学に行きそびれたじゃないか。
それよりも、今はこの慣れない着物の方に神経を取られている。着物はぎゅうぎゅうと容赦なく体を締め付けて窮屈だ。そして、隣で何故かずっと私の手を握ったままのつばやさんも謎だ。
うーん、やっぱり視界に入るたびに「ひええ」と息を呑みそうなほどにかっこいい。ここまで歩いてくる途中、何回人に振り返られたか。手を握ってるのがわたしで、全世界に申し訳ない気持ちだ。
前の席でチンピラコンビが運転してくれているというのに、ところ構わずに頬を掴まれて、口づけをされる。
「んー! もー! すけべおやじ、人がいるところでするな」
「可愛いから見てるとキスしたくなる」
真顔で、恥ずかしいことを、言うな!
だんだん足を踏むと、ユサユサ揺れる。それを見て笑われて、いらいらする。
次に来たのは、若頭さんオススメの老舗酒屋。何から何まで、ヤクザ全面協力のデートだ。頭痛がしそうになるけれど、ぐっと抑えろ、みかる。
今からここで酒を買う。木造の大きな屋敷のような店構えは、なるほど老舗って感じがする。和風の造りは厳かさも匂わせるようだ。京都の観光メインストリートからは離れているけれど、ちらほらと着物を着た人たちがお酒を買いに訪れていた。クリスマスイブだってのに、物好きな人たちもいるもんだ。ほとんどご年配の方たちだけど。
中に入ると、これまた着物美人が「よう来てくれはりました、なあ」と接客をしてくれる。そして、手を繋いだままのわたしとつばやさんを見て、微笑んだ。
「お揃いの色、よぉ似合ってはりますよ」
ぼっ! と、また顔が沸騰した。
それを隣の男にケラケラ笑われて、また居心地悪い。ぱんぱん、自分の顔を叩いてお姉さんに
「あの、京都の地酒ほしいです」と、床を睨みながら言った。
「ああ、月屋様からこれを、と言われているものがありますのでお渡ししますね」
そして、言われたことばにつばやさんと顔を見合って首を傾げた。
「…………頼んでたのか? みかる」
「いや、ここが美味しいお酒あるからっておすすめされて…………」
嫌な予感がするぜ。お姉さんはお店の奥から桐の箱に入ったお酒を持ってきた。
「これはあんまり出回ってないものでしてねぇ、月屋様からプレゼントだそうです。どうぞ」
「は、はぁ……どうも」
つばやさんは桐の箱を受け取って、そこに書かれた文字を見て「…………おいおい、カシラ」と眉をひそめて苦笑いした。ひょこ、と爪先立ちして覗くと
『超大吟醸☆月屋の超虎新月』と刷られていて、
「いや、なんでやねんー!」
思わず大きな声で突っ込んでしまった!
確かに美味しかったけど、京都までわざわざ届けなくていいから!! あと超大吟醸ってなに! ふざけすぎだよ、若頭さんー!!
げらげら笑う、甘いフェイスの組長を想像してしまって具合が悪くなりそう。
大きなため息をつき、「カシラには参ったな」と頭を掻いたつばやさんは、その後ありがたく虎新月を頂き、買って帰る地酒を見繕ってくれた。ほくほくで紙袋に3本お酒を入れて、
「で、このあとどうすんだ? そろそろ日も暮れて暗くなったが、旅館でも行くのか? それともイルミネーションでも見に行くのか」
車の中でわたしの肩を無駄に抱いて、そこまで近づけなくていいだろってぐらいに顔を近づけて聞いたつばやさんは
「山に登りますよ!」
わたしの、いい笑顔の返答に「は……?」と固まった。
※超大吟醸☆月屋の超虎新月
そんなものはない!
みかるがあんまりにも気に入ってたので仕掛けた、若頭の悪ふざけ。ラベルを張り替えただけで中身は一緒。




