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46.バーニング湯豆腐と京酒

 気を取り直して、車の中。アゴじゃないほう……西田さんの運転する黒塗りの高級車の窓は、都会の街並みを映しだす。すっかりお日様は昇り、もうすぐ目的地に着くころだろう。サービスエリアで鬼ごっこをして以来、こわいほど黙っているつばやさんの方を見て、もう一度ぺこりと頭を下げた。


「つばやさん、いや、わたしもはめられたんですよ、いわば被害者なのです」


 そして呆れたことに口から飛び出したのは事実という名の言い訳だった。つばやさんは「ほォ」と口を吊り上げる。


「てか、それ超似合ってますよ!」


 なんだかまずったような気がしたので、今度は親指を立ててウインクしてみた。

 素直で優しいあなたの街のやくざ、齋藤鍔夜は「こんな安物着せやがって」とお怒りだ。それを言われるたびに「ぶふ」と笑いそうになる。


「何笑ってんだみかる」


 つばやさんは瞳孔ガン開いた目でわたしを睨む。


「わらってないですわらってないです」とは言ったが、冷静に見てみるとなんだかチョイスを間違えたような気がするのだ。なんか最近流行ってるらしい「ミリタリーフライトジャケット」っていうの? それの「めちゃくちゃど派手バージョン」に、インナーは金色にして、下はぜひ「迷彩柄パンツ」にしてもらおうと思って着替えさせたのだが、


 なんか癖が強い。


 でも似合ってるんだよなあ。まあ、チンピラ感は拭えないし、むしろ倍増させたような気もする。

 いつもの感じじゃないから、あんまりにも癖が強いから笑いそうになるけれど、こんなんでも似合ってるんだよなあ。


「まァ、みかるにしちゃマシなチョイスだな」

「あははは」

「何笑ってんだコラ」


 見かねたアゴが「似合ってますよ副社長!」と親指立ててウインクした。つばやさんは「落ち着かねぇんだよコレ」と苦笑している。


「……つーか、お前らも巻き込んだみてぇで悪かったな。大体カシラの差し金だろうけどよ……。みかる、お前カシラに会っただろ」

「いやいやいや、闇の日本酒なんてごちそうになってないです」

「ごちそうになってんじゃねぇか」


 わたしに怒るだけ体力の無駄だとつばやさんはよく知っているようだ。ぽんぽん、と頭を撫でられて「何企んでんだか知らねぇが、乗ってやるよクリスマスデート」と微笑んだ。なんていい眺めなの。自分が選んだ服着てるイケメンに微笑まれるなんて、すてきなシチュエーション!


「着きました! 姐さん、京都ッス!」

「うわー! ありがとうございます! ごめんなさい、長いこと運転させちゃって」


 ほんとうにありがたい。ごそごそとトランクの紙袋から取り出したのは、瓶ビールである。


「これは、ささやかなお礼です」


 ぐい、と贈呈するとつばやさんに


「いやこいつらまだ運転させるんだろ。飲ませてどうすんだアホ」


 頭を叩かれた。

 たしかに、である。

 この世で最も感謝の意を示すものは酒だと思っているので、完全に失念していた。


「…………ホテルで飲んでください!」

「姐さん、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」


 ねえ、さっきからその姐さんってなんなんだよ。


 さて、着いた場所はザ・京都の祇園。八坂神社の紅が、ぴーかんの青い空によく映えてて、こりゃいつみても綺麗。クリスマスに祇園なんて、小洒落てるでしょ。なぜ祇園かというと、ただ単にわたしが来たかったからである。


「さーさー、おりて」


 なんなら手を取ってエスコートでもしようかと思ったけど、普通にシカトされた。降りて向かうのは、予約しておいたおばんざいが楽しめる京都老舗の和食レストランである。


「思ったより到着が遅れちゃいましたね、しかし。ほんとはウロウロしたあとランチと洒落こむつもりでしたが、先にランチにしちゃいましょう! 湯豆腐と京酒! きゃっほー!!」

「お前それがしたかっただけだろ」


 祇園から少し歩いて、花見小路まで。クリスマスだというのに、着物を着た観光客もたくさんいる。


 そういえば、こうやってお昼間にデートするのって久しぶりだなあ。どきどきする。ジャケットじゃないつばやさんも、サングラスしてないつばやさんも、なんだか新鮮で。ほんとにわたしの彼氏なんだろうか。こわくなるぐらいだ。クリスマスな飾り付けがされた店々を過ぎていくと、日本の和漂う雰囲気の通りに差し掛かった。これぞ、一度来てみたかった花見小路だ。


「うわー、着物で来ればよかったってくらい、時代劇みたいな場所ですね」


 こじんまりした、けれど格式ありそうな黒い木塗りの町並みと可愛らしいちょうちん。落ち着いたタイルと青い空、素敵な町並み。この風景だけで酒が飲めそうだ。加えて美人の着物なんかあれば、最高だね。

 

 にっこにこで振り返り、つばやさんに聞いてみた。


「つばやさん京都は来たことある?」

「…………ノーコメント」


 あ、はい。どうせヤクザ関連だね。

 

「えっとー、なんか、若頭さんおすすめのお店で。あっちだったかな」


 もらった案内図を見ながら、とことこ歩く。やけに外国人も多い。クリスマスなのに、日本の京都で過ごすなんて粋なひとたちだなあ。人混みをスルスル抜けて歩く。つばやさんがドカドカついてくる。


「絶対夜来るべきでしたよねー、ちょうちんがきれいなんだろうなー」

「夜はイルミネーションでも見るのか?」

「へっへっへ、ひみつ」

「つーか、東京で良くねぇか、なんでわざわざ京都なんだよ」


 いちいちうるさいヤクザだ。


「……東京とか、いつでもブラブラできるじゃないですか。初めてのクリスマスだから、とっておきの思い出にしたかったんです。それに、ほら、いつもつばやさんにお世話になってたから、たまにはわたしが頑張りたかったっていうか」


 やけに焦って高い声で言うから、緊張も甚だしい。慣れないことはするもんじゃない。つばやさんはケタケタ笑い、「可愛いこと言うようになったな」と言う。


 ぼんっ! と顔から火が吹き出そうになった。


「い、いきますよっ、こっち!」


 あろうことか、手まで握ってしまう。すれ違ったカップルのおにいさんおねえさんにクスクス笑われた。恥ずかしくて見上げられないや。くそー、はやくお酒が飲みたい。


○○。



 歩いて少し、やっとお店を見つけた。けれど、値段を見て「…………?」なんて固まってしまう。品のあるこぢんまりとした料亭(!?)で、門のところにかけられたメニューは、おかしいな。ランチだって言ってるのに5000円ってどういうことよ。一番安くて5000円? ん? 


「んーっと、若頭さん、さてはゼロ一個間違えてるな」

「間違えてねえよ。よく見ろ、この辺の店、このレベルばっかりだぞ」


 腰に手を当ててつばやさんは呆れたように息を吐いた。


「予約してんだろ、入るしかねえだろ」


 ……まあ、まあそうなんだけどさ。若頭さんの「いいとこがあるから、予約しておくね」を信じ切って舐めてたぜ。忘れたころにヤクザの陰険な嫌がらせに合ってる。


「……ごっ、ごちそうになりまーす」


 もはやこうするしかなくて、ひきつらせた笑顔で見上げれば「そんなこったろうと思ったぜ」と笑われた。


 やっと入店しましたのは、京の街並みに溶け込んだ、落ち着いた雰囲気の料亭。着物の女将さんに案内されて、奥の座敷へと通される。若頭さんは一体、どんな予約の仕方をしてくれたのか全く分からないけれど、お客さんがちらほらいる座敷を通り過ぎて、謎の別室に案内された。開けた襖からは、見事な日本庭園まで見えるし、なんだか座敷の座布団までフカフカで高級なんだけど。もう値段のことは忘れることにした。テンション上がってきた!


「なんかヤクザが談合してそうな料亭ですね!」

「みかるコラ、後ろに女将さんいるからな」


 まじか、ふつうにミスった。着物美人はにっこりほほ笑んで正座し、これでもかってぐらいにふわふわなおしぼりを手渡ししてくださる。とてもじゃねえけど、顔が見られない。


「どちらからこられましたか?」

「お、おかやま出身です」

「今は東京だろォが」


 またクスクス笑われる。


「前菜から、お持ちしますのでお待ちくださいね。お飲み物はこちらからどうぞ」


 手渡されたのは黒いメニュー表で……!


「うおお、京酒!」

「ゆっくり選べよ」


 ずらりと書かれた京都のジャパニーズ・アルコール・オンパレードに心がカーニバル! 

 よだれがでそうになりながら、ぺらぺらとめくり、うんうん唸る。


「うーん、うーん、うーーん、辛めがいいなあ、うーん、城陽だな! 有名だし!」

「俺もそれにするわ」


 女将さんに注文して、一息つく。なんだかドタバタと東京から出てきてしまったけれど、ここまではなんとかなっているらしい。つばやさんは「なんで俺京都にいるんだろうな」と至極当然の疑問をこぼしていた。


「仕事とかどうなってんだよ……」

「なんとかやってくれてるんじゃないですかね」

「お前は気楽でいいな」


 ええ、気楽ですともさ。


 運ばれてきたのは、かわいい黒いとっくりと赤いおちょこ二つ。そして前菜は、茶碗蒸し! ごろりと贅沢に椎茸と、なにやら白身の魚も入っている。黄色いつやつやのプルプルに、そっと木のスプーンを入れるとふわりと出汁が香る。


「も、もうおいしい」

「まだ食ってねえだろ」


 そう言いながらぱくぱくと食べてしまうつばやさん。一方の私は恐る恐る、口に入れる。出汁の甘みと濃厚な卵にノックアウトされた。


「お、おいしい!」


 口に運ぶ京酒「城陽」は口当たりはフルーティ、でもキリリとした辛さ。ああ、日本酒。わたしが飲みたかった京都の日本酒だ。


 お次に、大きなお鍋に入って出てきたのはお待ちかねの湯豆腐。真っ白でふわふわで、なんかもうかわいい。湯豆腐かわいい。


「はー、こいつは最高のクリスマスだぜ」

「お前、夜もなんか企んでる?」

「それはお楽しみですよ」


 つばやさんは、無駄に色っぽくおちょこを傾けて飲み干した。

 くそ、かっこいいなあ。


 良い眺めと共に、湯豆腐を掬い、お皿へ。備え付けの醤油を垂らして、ぱくり。


「ひええ、なにこの弾力、かつとろりと溶けるような、大豆の香り! しかも目の前にイケメン、良い酒、こいつは最高だ!」

「ククク、みかる。幸せそうに食うなあ」

「だって幸せなんだもん」


 うんうん、とても幸せだ。身体がぽかぽかしている。お酒のせいか、湯豆腐のせいか。ぐるぐると回る頭。なんか、ちょっと前からつばやさんを見てると突発的に熱が出るような、奇妙な病気にかかっている。いかんいかん。


 ぐい、と飲み干して、とっくりからまた注いだ。


「うへへ、次は熱燗がいいな。あ、つばやさん次選んで!」

「俺の金だかんな。人の金で満喫しやがってコイツ」

「しょうがないよ。わたしのリサーチ不足、若頭さんの闇の力、つばやさんのヤクザ力。すべてが結合した結果、今の状況があるんです。起こってしまったものは仕方がないから、全力で楽しみましょう。つばやさんの金で!」


 良い笑顔でグッとたてた親指を、デコピンされた。


「お前といると飽きねえわ」

「それほめ言葉ですね。もっと惚れていいんですよ、わたしに!」

「うるせェ」


 ふっ、とまた微笑む。

 

 喉に、詰まるはずのない豆腐が詰まりそうになった。

カラフルロックってやつの活動報告に、究極可愛いアル中とヤクザのイラストがあるらしいですぜ(ごにょごにょ)

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