45.ヤクザデビュー的なクリスマスイブ
来たる日、12月23日の夜。
何も知らないつばやさんは、疲れた顔で仕事に行って帰ってきて、なぜかたまにボロボロで帰ってきて、機嫌が悪かったり良かったり。でもそんな日常は、これからもきっと続いていくものだと、信じてるから、
「今だけ眠っててくれ、斎藤鍔夜…………」
いつもの晩酌タイム後「お茶でも飲みますか?」なんて白々しさ極まりないことを言ってみた。そして、ちょっと多すぎるんじゃないかって量の睡眠薬を、彼のお茶に投与した。なんとヤクザお墨付きの闇の睡眠薬である。
「これならさすがの鍔夜にも効くよ!」と良い笑顔で若頭さんに直々にいただいたものだ。若頭さんは、つばやさんのことを熊か何かとでも思ってるんだろうか。
ゴンッと音がして振り返ると、つばやさんがテーブルに頭を打ち付けた音だった。
「みか……る、おまえ、何入れやがっ…………!」
ちょっと、辞世の句にしては怨念がこもりすぎてるような……。呻き声を出したつばやさんはやがて何も言わなくなった。さすがに死んではないよね!? と思わず、脈を確認してしまったぐらいだ。よかった、息もしてるし生きてるし。
謎の罪悪感にかられながらアイマスクを彼の目にかぶせた。動けないように手錠もはめた。
そして、合図をする。
「アゴブラザーズさんたち、お願いします」
「は、はいっ!」「へい!」
玄関に待機していた、あの懐かしきアゴブラザーズ(アゴとアゴじゃないほう)に抱えられた大男――つばやさんは、そのままいつもよりグレードの高い、黒い高級車にぶち込まれた。なんかもう冷や汗が止まらないんだけど。
なんでわたし、こんなヤクザみたいなことやってんの?
あれ?クリスマスだよね、初めて一緒に過ごすクリスマスだよね?
大方はあの、たちの悪い若頭さんのせいなんだけど、よかったら回想に付き合ってほしい。
○○。
「で、クリスマスは計画はたててるの?」
プレゼント問題がエハタさんのお言葉により解決し、問題は次の段階に移っていた。というか、ヤクザ全面協力ってどういうことなの? このひとたち暇なの? なんて疑問はそこのけそこのけ、若頭様の独壇場だ。
「計画ですか……ぼんやりとは、考えてるんですけど。なんかつばやさん、クリスマスのことパパッと手配してそうじゃないですか。どこ行くのも、ぱぱぱっと段取りしちゃえるんですよあの人。だから、つばやさんに任せちゃうと良くも悪くも向こうのペースのまま……たぶん、プロポーズも何もできないままスゴスゴ東京に戻ることになりそうです」
「東京に戻る……ということは、どこか県外を予定していましたか」
ええ、県外も県外よ。
「いやぁ個人的に京都に行きたいなあって」
「お、いいじゃん京都」
若頭さんはグッと親指を立てる。なに、やけに反応良いけど、さてはやくざ的な意味で京都おすすめ! とかそんなんじゃないよね?
「京都なら協賛組織も多いし、敵対組織のシマでもないからね!」
「そんなこったろうと思いましたけど!!」
イケメン若頭は大笑いしている。
「いやぁ、うちの組の関西支部あるし挨拶していけば?」
「なんでやねん、しませんがな」
関西支部とか言うので、関西弁でつっこんでみたものの、まるで何事もなかったようにスルーされた。
ほんとに性格悪いな!
「でも、問題は交通手段ですよねー、放っといたらホイホイッと手配されちゃいそうで、サプライズもくそもないですよ」
「なるほど、確かに」
うーん。いい手はないかなぁ。
あ、そうだ!
「どうせ月壁組全面協力なら、いっそブワーッとさ、お笑い芸人のドッキリの如くアイマスクして連れ去っちゃうのもありかもですよねー! ………………あれ?」
おかしいな……?
今のは、虎新月をカプカプ飲ませていただき、いい感じになった酔っぱらいの冗談なんだけど。
なんで若頭さんはにっこり笑い、エハタさんは「ほう」とか言ってるんでしょうか。
「な、なんちゃってね、冗談冗談」
言ってみたが遅かったようだ。
「みかるちゃん、それにしよう」
「ええ、何にせよいい気味ですね」
「え、若頭さーん、エハタさーん」
やめてくれませんか。
二人で、某エヴァンゲリオンおなじみの、某ゲンドウさんのポーズをして「クックック」と笑うのは!
「そうしよう、任せてみかるちゃん。ここをどこだと思ってるんだ」
「組長の屋敷なのはわかったから、ちょっと待ってくださいーーー!!!」
○○。
待たれなかったからこうなってる。
私の隣で意識を失っているつばやさん。わたしたちを乗せて、アゴさんが運転するグレードアップ・黒塗りの高級車は高速道路をブイブイ走る。時刻は23日の夜で、まもなく24日に迫っている。
「アゴ&ノーアゴさん……しぬときは一瞬ですし、一緒ですから」
車窓から見る東京の夜景。だんだん遠くなっていく。東京から京都って、けっこう距離あると思うんだけど、なにせヤクザ全面協力なので、不気味なくらいスイスイと事が運んでいく。
問題は、いま寝てるこのヤクザが起きた瞬間だ。さぁて、何が起きるやら。
「よぉーし考えても仕方ねえ」
もう、こうなったらやけっぱちである。ついに腹を決めたので、後ろのトランク側から出したのは紙袋その一。
中身は、つばやさん丸着替えコーディネートセットだ!
いやぁだってこの人、ジャケット&スロックス専門員なのかと思うほど、同じ服を着ているのだ。わたしには再三、良い服を着ろ、良い服を着ろと言っておいて、自分はいつも同じ格好など、許される所業かって。冷静に考えて、結論づけたのである。どうせなら思い切り庶民っぽい格好……でも、かっこいい格好をしてもらおうと古着屋で買ってきた。お金? バイト代前借りだ、ばかやろー! 大将ありがとうございます。
あ、ちなみにわたしはちゃんと『デートっぽい恰好』をしてるつもりさ。
「うへへ、なんか車の中でつばやさん着替えさせるとか、背徳感がヤバイ。いっつもしてやられてるからなぁ……わたしのほうが今、お前を支配しているぜ、齋藤さんよぉ」
まるでどこぞの変態親父のように顔を撫で回していると、
「みかるさん、酔ってますか……!?」
悲痛なツッコミが入った。
「ばかやろー!!」
愚問だな!!
酔ってないと、こんなこと、できるかァ!
そんなわたしのポケットには、当たり前のようにワンカップが入っているわけだ。
「へっへっへ、大人しくしとけよつばや……」
運転席と助手席のヤクザが、ガタガタ震えている。謎の興奮が導くままに、つばやさんの高そうなスウェットに手を伸ばす。ジーッと音がして、下着姿になる。はだけていく。やべえ、普通に興奮してきた。変態かな?
あ、手錠はずさないと、服が脱がせれんな。よしよし。
どきどきしながら、買ってきた服に着替えさせる。…………よし、完了だ。ズボンはどうしても脱がせられなかったから、起きた時に素直に着替えてもらおう。あ、そうだいつものサングラス……と思ったけど、今アイマスクしてるんだった。やけに間抜けな、人を馬鹿にしたような目が描かれたアイマスクである。
さあ、あとは目覚めた時にどう説明するかだけど。仕事が終わったと思えば、とろんと眠たくなってきた。ぐったり背もたれに寄り掛かったつばやさんの膝に、頭を載せる。そのまま寝てしまったらしい。
だから、
○○。
「………………っ、おい、ここはどこだ。どういうわけだこれは」
うう、うるさいな。
「おい、誰がいる。返事しろコラ」
んはっ!
なんだか物騒なヤクザ語が聞こえて、思い切り起き上がると頭に何かがガンッと当たった。直後、それが顎だったことに気づく。まてよ、わたし、どこで寝てた。
つばやさんの膝で勝手に寝てたんじゃない?
ってことは…………。そっと、起き上がって見やれば、顎を抑えたつばやさんが、唇にぎりぎりと怒りを噛み締め、こめかみをピキピキピキピキと1秒間に2000回動かしていた。額に怒りマークが見える。
あれっ、なんか、思ったよりまずい。
どうしよう! とアゴさんたちを見る。同時に気づいた。どうやら、ここはサービスエリアで、もう朝が来ているようだった。ほのかに薄暗く日が昇っていて――――危険を察知したのだろうか。
アゴとノーアゴ、いねぇんだけど。
わたしも車の外に一回出よう。ゆっくり動けば、見えてないはずのつばやさんに腕を掴まれる。
「…………………………みかる?」
声が、尋常じゃなく怒ってらっしゃる。
だらだらと汗が出て、ぐるぐる目が回る。これは、これは、人生何度目かの死亡フラグだ。ここ半年で何回死にかけたかわからないけど、トップスリー入り間違い無しの死亡フラグだ!
「グ、グッモーニーン! ボクノナマエハ、阪田ミカド! ミカルチャンのオネガイデ、ツバヤサンをユメノクニニショウタイチュウナンダ!」
「ほォ、阪田ミカドさんとやら。じゃあ、みかるに会ったら伝えとけよ。いい加減調子に乗んのも、大概にしとけよってなァ!」
ぐぎぎぎぎぎ、と掴む手が食い込んでくる。しかも、変な方向に吊り上げられて、肩が、肩が外れる!!
「い、いたいいたい! まって、つばやさんこれには理由があるの!」
ん? しかも待って? いつの間にこのひと手錠外したの?
そして気づく。あっ、手錠するの、わたしが忘れてたんだ。
なんちゅうミス!
――――と思えば、にやりとつばやさんは笑う。ぐい、とアイマスクを外した目に宿る怒りに、「ひ、ひい!」と情けない声が出る。
押し倒され、頭を取り押さえられ、もがき苦しむわたしを見おろしてヤクザは笑う。
「さァみかる、どういうことか説明してもらおうか。いやァ良かったぜ。完全に目が覚めた時にゃ、敵対組織に拉致られたかと思ったからな。だんだん意識がハッキリして思い出してきたわ。お前、なァに盛ってくれやがった?」
ぎりぎりぎりぎり、頭を摑む手が強くなっていく。ストップ、このままじゃ頭がちぎれる、破裂する!
「ち、ちがうんです、これはサプライズデートですから」
「は? どこの世界に、彼氏に睡眠薬盛る女がいるんだよ」
血の涙を流して言うわ。
ここにいます!
「しかもまさか、ヤクザ共とグルか? 何を企んでやがる。吐け。じゃねェとここでひん剥くぞ」
言ってることがヤクザすぎる。もう、わたしだけじゃどうにもならない。吐くしかない。
「つばやさん」
「なんだ」
「吐きそうなので、どいてください」
わたしの目が、あまりに真剣だったので。
つばやさんが、たじろいだ。
「っ、そっちの吐けとは言ってねェだろ!」
「ははは! 引っかかったなバーカ」
急いで椅子から転げ落ちて、車から脱走する。そのわたしを、追いかけるようにつばやさんが走って追いかけてきた。
「ぎゃああ、追いかけないで!」
「てめェ、大概にしろよマジで!」
「あっ、つばやさん、まって、ストップ!」
やばい、このままじゃ、追い付かれるから。
開き直って、追いかけてくるつばやさんを片手で制した。
「わかりました。説明しましょう」
ざぁっ。冬の風が吹く。
冷たい風は、わたしとつばやさんの髪の毛をバサバサと揺らして遠く消えていった。
「…………………つばやさん」
一世一代の。
まずは、ここから。
吸い込んで、自信満々の笑顔を向けた!
「わたしと、クリスマスデートしてください!」
差し出した右手を、苦笑いで見るつばやさん。そして、大きなため息をつき、
「お前それ普通に言ってくれよ頼むから……」
しゃがみこんでしまった。
つばやさんの背中が、あんまりにも小さく見えて、けらけらと笑いだしてしまう。
「はっはっはぁ、ごめんって! サプライズサプライズ!」
「…………お前、ほんと、生きててよかったな」
なんだか物騒なことを言われたけど。
とりあえず、地獄のクリスマスデートの開始である。
なにやってんだこいつら




