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42.勢いでヤクザ邸になんか来るもんじゃない

 毎度おなじみ、みんなだいすき垂柳組。その組長の屋敷…………といえば、まあ見事にヤクザがうろついている。どこを見てもヤクザしかいねぇ。


 しかし、ヤクザの屋敷。そう言うと、よく映画に出てくるような日本家屋を想像すると思うんだけど、来てみるとなんか思ってたのと違ったのだ。一番近いイメージはテレビに出てくる芸能人のおうちだろうか。実家の50倍ぐらいはありそうな敷地と、その建物の規模。離れが何個もあって、その建物の中で群を抜いてデカイ……もはや、これは一軒家とか屋敷とかじゃなくて、マンションなのではと言いたくなるような建物に通された。


 悪趣味なシャンデリアが高い天井にぶらさげられた玄関は、この広さだけで多分前住んでたボロアパートの部屋ぐらいはある。なんかアロマみたいないい香りまでしてるし。引くほど広い建物の中を護衛のチンピラっぽい人に案内されて、一際奥の座敷の間まで通された。おそるおそる、襖を開くと


「やっときてくれたね」と微笑むのは、時期組長でつばやさん直々の上司に当たるらしいーー若頭さん。


 垂柳組だかなんだか知らないが、関東でブイブイ言わせてる、いまドキのヤクザ。


 その若いヤクザよりも、わたしはどーんと置かれた、「虎新月・大吟醸」と書いてある緑色の瓶に目が釘付けになっていた。


 やべぇ、よだれが、とまんねぇ。


○○。



「やっと会いに来てくれたね〜、いや〜この間はごめんね」


 ととと。


 透明が注がれていく音に、身も心も囚われて、どっきんどっきんと心臓が鳴ってる。


「……………みかるちゃーん」

「日本酒………大吟醸………………虎新月…………? 聞いたことないぞ………どこの酒だ…………闇の日本酒なのか……………?」

「だめだ聞こえてないな」


 すーっと襖が開く。スーツに身を包んだ、こちらも見覚えのあるこのひとは、確か側近のエハタさんだ。


「阪奈みかるさん。ようこそお越しくださいました」

「大吟醸…………」

「エハタ、今聞こえてないからとりあえず飲ませてあげよ」

「…………呆れましたね」


 ことり。ちっちゃいのに重厚なおちょこに並々に注がれた日本酒とーー、女中さんっぽいひとが運んできたのは、豪華なお造りの数々で。頭がついたままの鯛、きらきら輝いているピンク色の鮪、はまち、ぶり…………う、うに? カニ!? 盛り付けも青くて美しい皿に均等に並べられたまさにこれだけで芸術と呼んでしまえそうな。さらに大吟醸も、のんでいいの?


 え、わたし、今日ころされる?


「……………な、なんですか、これ。一介の幹部の彼女にしてはサービス過剰すぎませんか。若頭さん、パーフェクトいいひとなんですか」

「いやぁだって、僕が遊びにおいでって誘ったんじゃん。律儀に来てくれたお客さんには最大限におもてなししないと」


 いやいやいや、勢いで電話かけて押しかけてきたのはこっちだって。


 しかし、よくみると若頭さんもお綺麗な顔立ちをしている。やっぱりヤクザには見えないなぁ……。でも、こういう見えない人の方が実はえげつないこと平気でやったりするもんだろう。


 それより、目の前に悠然と佇む「まるで聖女が溢した涙のようや〜!」と表現したいくらい美しい日本酒。「まるで海底の宝石たちや〜!」と表現したいくらい、輝く海の幸…………。

 

 イケメンも霞む。ごくりと鳴らした喉を、くすっと笑われる。


「まあとりあえず食べなよ」

「いただきまっす!」


 ひょい、ぱく。とろり。口の中で甘みと旨味だけ残して溶けたウニに驚いて目をひん剥くと、ついにケラケラと笑われる。この旨味の余韻のままに、おちょこに口をつける。海底から花園にワープしたか、今!? あんまりにフルーティですっきりした美味しさだったから、ついに「うぉぉぉ…………」と変なうめき声まで出してしまった。


「若頭さん………今後とも齋藤鍔夜をよろしくお願いします…………」

「みかるちゃん、泣くほどなの……!?」


 泣くほどである。

 はあ、と呆れたため息が聞こえた。見なくてもエハタって野郎のものだとわかる。


 つばやさんと仲の悪いエハタだけど、わたしもコイツはなんだか好きじゃない。


「最近はうまくやってるの?」


 若頭さんは流れるような仕草で、一口刺し身を口に入れる。 


「そうですねぇ……。最近忙しそうにはしてましたけど、ちょっと落ち着いたのかなぁ。あ、わたしちょうちんメロンで今働いてまして」

「ああ、聞いたよ。今のところ、なんもやらかしてないってね」

「…………やめてくれませんかね、そのうちなんかやらかすの前提なの」


 つばやさんと違う意味で、この優男は意地が悪い。


「………バイト終わるまであのひと、寝ないで待ってるんですよー、寝てていいのにさ、ばかですよねえ」

「おっ、みかるちゃん。それは惚気だね」


 軽く笑われて、「……………はっ!」と固まってしまった。


 ぼぼぼ、と湯気が吹き出すみたいに真っ赤になった顔を笑われる。


 くそっ、やらかした!


「鍔夜がねぇ、信じられませんね、若」

「ほんとだね」

「このチンチクリンのどこが良いんでしょうね」


 おい、この腹黒敬語ヤクザが!

 さすがにむかつくけど、ぐっと唇を噛むに止めておいた。


「それでみかるちゃん、なんか話でもあるの? それとも、惚気に来ただけ?」

「惚気けるだけなら食べ終わったら帰ってくださいね。若は、あなたのようなチンチクリンに構っていられるほど暇じゃないんですから」


 エハタは冷たい眼差しをわたしに向ける。

 黙って聞いてりゃ、この……………!! いつか来いっつったの、てめーのとこの若だからな!


 さすがに頭に来る。瞳孔ガン開いてぴきぴき引きつる口元を隠すように、日本酒を口に流した。はぁ、ほっとする。


「えーはーた、鍔夜のこと嫌いなのは分かるけどさ、みかるちゃんイジメちゃだめだって」

「このぐらいで音を上げるようでは、務まりませんよ」

「わー、おさしみおいしーい」


 グチグチと、まるで姑のような男だ。コリコリ、イカを噛む。もう無視することにしよう。わたしは、若頭さんに正座して向き合った。


「…………こんなこと、相談するの、どうなのかなぁと思ったんですけど。ほら、若頭さん……若いですし、オシャレで今時なので、相談しやすいのかなぁと思って」

「お、嬉しいね」


 茶髪がふわりと揺れる。

 ヤクザラブ小説に出てくるような、恐くて強くて色気のある組長って感じとは真反対だけど、なんかキハチさんはキハチさんで、モテるんだろうなぁと思う。笑った時のエクボとか、多分母性本能くすぐる系の甘いフェイス!


「で、どんなこと?」


 ぐっぐっ、と飲み干し、勝手におかわりを注ぎ、また飲み干した。かーーっ、と喉が熱くなる。そのままの勢いで、告白した。


「クリスマス、つばやさんにプロポーズしようと思っております」

虎新月(純米大吟醸酒)

 ブイブイ新興ヤクザ「月壁組」発足時に記念して作られた闇の日本酒。闇の清水と闇の米を使用し、闇の方法で造られている。美味しい。

※一応存在しないことを確認しましたが、仮に同じ名称のものがあっても全く関係ありません、フィクションです!

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