40.疲れたあなたに熱燗おでん。
一応、最終章的なものに入ります!
はー、と吐き出した息は白い。冬だ。冬が来やがった。
アルバイトが終わって、一目散に向かったのはコンビニ。お目当ての物をゲットしたわたしは、ホクホク顔で止めた自転車に腰掛ける。
「あちち」と言いながら、袋から取り出したのは、だしを並々に注いでもらったおでん。コンビニおでん!この季節が来たらお約束なお楽しみだ。これをこぼさないように持って帰って、お湯割りの焼酎……いや、もしくは徳利ごとあっためた熱燗と頂く1人酒タイムは至福のひと時だ。
でも、今年はひとりじゃない。帰ったら待ってる人がいる。こぼさないように、慎重に慎重に……いや、ここは自転車はあきらめて押して帰った方が良い気がする。よし、片手でおでんの容器、片手で自転車。マフラーに顔をうずめて空を見上げる。オリオン座がきらきらと輝いている冬の空。肌に刺さる寒さは、アツアツな美味しさを膨らませていくのだ。一人でテンションがブチ上がる深夜。
○○。
「ただいまぁー、どっこいしょ」
高級マンションに当たり前のように出入りしているけれど、去年の今頃のわたしには想像もつかなかったことだろうと思う。ムートンを脱ぎ捨ててふらふらっとソファに近づくと、つばやさんはこっくりこっくりと座ったまま寝ている。整髪剤が落とされたフワフワの金髪と何やら高そうな黒いスウェットに着替えていることから、入浴は済んだことが伺える。よくもまあ、わたしがバイトの日はこうして寝ずに待っているわけだ。1時を過ぎた深夜だと言うのに、律儀というか。
「おでんでん……」
自分でも怪しいと自覚済みの独り言を呟いて、そっと首をかくかくさせて寝ている男の前におでんの器を置く。整頓された食器棚には、とっくりが三つ。今日は備前焼の徳利にしよう。我が故郷の備前焼。ちなみにこれは、大学二年生の時に一か月だけ働いたカフェのバイト代で購入した宝物だ。おちょこと併せて7000円。贅沢な高い買い物。つばやさんは、これをいたく気に入ったのか時々勝手に使って晩酌をしていることもある。
徳利にそそぐのは、あえての安いパック清酒だ。コンビニおでん×安酒。高くなくていい、貧しくてもいい幸せを大事にしたいと思う。たとえ闇に染まり富を得たにしても……。まあ、高いお酒ばっか飲まされてても舌が肥えるし、この安酒は安酒でチープな味がまたたまらないのだ。うふふ、貧乏舌、最高。
IHのコンロに水を溜めた鍋を置いて、ぽちぽちとボタンを押して。ぐらぐらと沸騰したら、そっと徳利を鍋の中心に置く。2,3分たって鍋から出すと、熱々! いい燗だ! もはや熱燗をつまみに熱燗を飲める!
おでんを電子レンジで温めなおして、おちょこと並べたら冬の贅沢セット完成だ。熱燗のとっくりをそーっと寝入るつばやさんの頬に
ぴたっ
「あっっつ!」
「おきた! つばやさん、こんなところで寝てたら風邪ひく!」
起きたヤクザ、斎藤鍔夜はひん剥いた目でわたしを見て「……みかる」と馬鹿みたいに言う。
「……おかえり」
「ねえ、別に待ってなくてだいじょうぶですよ」
隣に座る。我ながらまあまあ真剣に徳利を持ち、慎重におちょこに注ぐ。
「のむ?」
「……飲む」
寝ぼけたつばやさんはとろんとしたまま「おでん」とつぶやいた。
電子レンジでもう一度あたためられた、おでん。ほかほかと湯気をたたえるラインナップは「もちきんちゃく」「だいこん」「じゃがいも」「こんにゃく」「しらたき」「牛すじ」「がんもどき」だ。
「おでん、いいな」
「つばやさん、最近おつかれでしょ」
無理もない。闇の力で車を修理して、闇の力で事務所を建て直し、なんかよくわからないけれどテンテコマイなまま、もつれ込んだ冬。まだ一度もゆっくりできていないらしい。
なのに起きてるとか、ばかじゃねーの。やいやい。
「あーん」
だいこんをお箸で切ると、柔らかくすぐに崩れる。柚子胡椒をちょんちょんとつけて大きな口に放り込んであげた。
「はー、うめぇ」
武骨な指に備前焼はよく映える。熱燗を飲む喉がこくり、と鳴る。
「うめえ」
「はー、おいし」
柚子胡椒なんて、最高に美味しい調味料を開発したのはどこのどいつだ。ありがとうございます。おかげで幸せです。あつあつの大根が身体に染み渡る。熱燗をふぅふぅと飲む。じわりじわりとほぐれていくように、心からあったかい。こつんと身体にもたれて目を閉じる。ぽんぽん、と撫でられる。
「つばやさんおつかれですねえ。ほんとに寝てていいからさ」
「ちげぇよ……。お前の顔を見ないと、死ぬ……」
ほんとに死にそうな顔で言わないでください。熱燗で火照った頬、眠気でとろんとした目。
不覚にもどきっとする。
「つばやさん、わたし、もちきんちゃくが大好きでして」
「俺は大根とこんにゃくの方が好きだな」
「つばやさん、おでんとか食べるんだ」
なんだか想像できないぞ。ぎらつくお店でわけのわからないディナーを食ってる姿しか想像できない。
「……おふくろが作るおでんは美味かったな」
ぼそり、とつぶやいた言葉は切なそうにも聞こえた。
「家族の話とか、初めて聞きますよ」
「言ってねえしな。もう大学出てずっと帰ってねえし」
まあ、帰れないわなぁそりゃ、こんな仕事してたら。
そう思うと、この大きな男がひどく寂しく見えてきた。なんでこんな仕事好き好んでやってんのかまったく分からないけれど、いろいろあったのだろうとは思う。
このひとのこと全然知らないけど、
それでも目の前でこうやって笑ってくれてたら、もうなんでもいいや。
いつのまにか、からっぽなおでん。からっぽの徳利。
ぼぅ、と見るだいすきなひとの顔。
もうすぐもっと寒くなる。
恋人たちの季節がやってくる。
いつもありがとうございます!芋焼酎にするか熱燗にするか迷いました。




