39.結局相打ちってことでいいのだろうか
「あの、アニキの車、回収しました一応は………!」
土下座した品宮さんの頭を、つばやさんは革靴のままグリグリ踏みつける。
やめて! 踏まれるべきは多分わたしなのに! 罪悪感で死ぬ!!
こんなヤクザな光景、やーことユッコは見て引いてないのかと思えば「うわっマジヤクザっぽい」と笑うやーこに「ヤクザの上司✕下っ端さんって王道よねぇ」と恍惚するユッコだ。呆れた、こいつら。ユッコ、ひとの彼氏でBLすんな。
「ただ、あの、」
「ただなんだ言ってみろコラ」
「あの、ベッコベコのボッコボコにされてます!!!」
言った途端、ついにつばやさんの隣でガクブルしていた私に鉄拳が下った。
「ぐはっ!」
「てめェコラ、あの車ナンボした思ってんねんどついたろか」
「つ、つばやさん怒りのあまり縁もゆかりもない関西弁になってるよ!」
学友を見やると「もっとやれ」と笑いながら煽る始末だ。朝熊さんに至っては「よーし、そこだ、キンタマ蹴るんだみかるちゃん」とゲラゲラ笑う。新庄さんだけが苦笑いで明らかに困っていた。巻き込まれた感MAXな状況だ。本当に申し訳ない。
「おい齋藤、何暴れとんや」
すると、奥からヤクザモードの大将が!
どうするつばや! ヤクザvsヤクザ!
「…………みかるが事務所に乗っていった俺の車、ベッコベコのボッコボコらしいッス」
なんか………悲壮感という言葉はこのためにあるのではないかと思うほど、背中に暗い影がさしている。さすがの大将も怒る気失せたのか、いや何なら「フアッハッハッハッハ」と大笑い。
「みかるちゃん、流石やな! こいつをここまで凹ませたんは、お前が初めてや!」
「やんっ、つばやさんの初めて奪っちゃったんですね」
「ある意味な」
冷静なツッコミもできる、イケメンヤクザの朝熊さん。ユッコが「ちょっとやばい、ここイケメンしかいない」と興奮しきりだ。
さて、つばやさんにどう説明したものか、じんじんする叩かれた頭を撫でて考える。わたしをギロリと睨んだつばやさんは、
「俺の車…………なんでもっと早く気づかなかったんだよ!? おい、品宮もみかるも、なんでこぞって忘れてやがった!」
悲痛なまでに怒鳴る。
そして、さらに品宮さんも反撃にかかる。
「ア、アニキがみかるさん試すようなことするから!」
「は? ため、す?」
なんか聞き捨てならん言葉が聞こえたぞ。妙に肩をギクッとさせたヤクザ。朝熊さんを見ると「俺はなんにもしーらない」と白々しく微笑む。
「それよりさ、君たちみかるちゃんの友達なワケ? 面白いね、面白い子の友達は面白い」
朝熊さんは二人に興味をうつした。新庄さんも、「なかなか肝が座ってるよ二人とも」と穏やかに話し始める。しまった、待ってくれ、世界を分断しないで!
でもこれは、互いに糾弾のチャンスなハズ。大将と奥さんから、まるで餞別のように頼んだ覚えのないコロコロチーズ餅(いももちの中にチーズと餅が入った新メニュー。ケチャップでどうぞ)が置かれた。サービスか。
もちゃっと口の中で噛むと甘くて美味い。意外と日本酒にも合いそうだ。ぐっ、ととっくりごと飲む。
「……………つばやさん、なにを、試しましたか」
「品宮、沈むならどこの東京湾がいい」
「みかるさん、このひとっ……アニキ、スマホ持ってましたから! いつでも連絡できたんですよホントは!!!」
「は!? ちょっとまってよ、わたしがどんだけ心配したか!」
「品宮テメェコラァ!!」
「アニキが悪いんですよ! 俺だってちょっと根に持ってますから!」
三人でブチ切れて殴りかかろうとした瞬間、中央でスパッと何かが切れた。
いつのまにか中央に現れたのは、包丁を持った奥さんで。
ぱたっ、と床ーーの上のまな板に落ちたのは、真っ二つに裂かれた
ーーー立派なソーセージで。
「………………店内では乱闘はお控えくださいね」
美魔女の黒い微笑みは、一斉に三者三葉の顔を青くさせて、くちをパクパクさせるのに十分な威力だった。
後日、つばやさん曰く「ヒュンッてなった」という。
○○。
つばやさんに掴まれて見に行った、見慣れた車はそれはそれは凹んで傷だらけでぼこぼこだった。朝熊さん曰く「腹いせにやられたんじゃね?」とのこと。………どう見ても、人が殴ったわけじゃなさそうな、明らかに擦った傷が車体の横に入ってたことは一生黙っておこうと思う。
「…………車、修理いくらすんだろうな、新庄さん」
「んー、あんだけボッコボコだとわかんねぇな。買い替えたほうがいいんじゃねぇかな」
新庄さんは焼酎をダンディに飲む。
ユッコがずっとハァハァしながらそれを眺めている。奥さんの謎の秘技を見て酔いが冷めたのか、やーこは「なんだよここ、こえーな」と苦笑していた。
「でも、美味しいでしょ」と微笑む朝熊さんの俳優スマイルには「めっちゃ美味いです。遠いけどまた来ます」と即答した。
「…………で、あの死んでる3人なんですけど」
「主に死んでるのは鍔夜だよね」
「みかる、沈められるんですかね。お別れの会かなコレ」
「やーこちゃん情け容赦ないなあ」
情け容赦ない。
目を伏せたまま、朦朧とした意識で「クソ…………天罰って言うのかよ…………俺が何したよ、ちょっと、ちょーっと遊んだだけだろ」などブツクサ言うつばやさんには、どうしたらいいのか手立てがなくて困る。
奥さんにぶつ切りにされたソーセージを頬張りつつ、顔面蒼白で「遺書………遺書ってどういう書き出しっスかね」と震える品宮さんに耳打ちした。
「よくわかんないんですけど、品宮さんのおかげで相打ちできそうな感じですか」
「た、たぶん。俺はどうなるかわかんないっす………」
「………………グッドラック」
「みっみかるさぁぁん!」
ありがとう品宮。お前の死は犠牲にしない。ちょんちょん、と肩をつつくと、「…………なんだ、みかるか。ハッ、一思いに殺せよ」と撃沈ヤクザはぼやく。なんか、若干目に涙も溜まっている。よっぽど大切な車だったんだろう。素直に謝ろうと決意したのだ。
「ごめんなさい、くるま、ベコベコにして」
「…………お前が無事ならそれでいい」
「棒読みだよつばやさん!」
「どこの世界に、勝手に車持ち出す奴がいるんだよテメェコラ」
とにかく、考えられるだけの案を出した。
「嫁ぎます、体で返します!」
「ふざけんな当たり前だろ」
「バイト代の3割をつばやさんに支給します!」
「そんな端金いらねぇよ」
「よーしわかった! 婚姻届だ、婚姻届を出す」
「待て待て待て、みかる、たのむから、大人しくしてくれ」
ちょっと切実すぎませんか。
「…………品宮も悪かったな。アレは完全に八つ当たりだ」
「い、いえっ、そんな、沈められませんか、俺!」
「ちょーっとあと5発ぐらい殴りてぇのと、お前…………」
ずん、と踏み出して凄むつばやさん。
「みかるに余計なこと喋んじゃねぇよ」
「ひぃぃぃぃ! すみませんでした!!」
空気を読まない朝熊、爆笑。
そろそろ酔いも冷め、問題も無事解決(?)したところで、大将から
「おい齋藤。これ忘れもんだ」
と言って拳銃が渡され、
「お会計だがな、全部つばやさんにつけとけとみかるちゃんがな…………」
さーーーーっ、と血の気が引く。
あ、そういえばそんなこと言ったっけぇ。言ったかなぁ。いつ言ったんだろう、お店入ったとき? 洗い物してたときかな?
「えっマジ? ごちでーす、つばや」
「悪いなぁ。久しぶりだったのに、ありがとさん」
「ごちそうさまです、つばやさん!」
「イケメンとお酒、最高でした!」
「アニキ! ゴチになります!」
このひとたち、なんてこった。
ギリギリギリギリと音がして、首をひねって、口やらこめかみやら全部ヒクヒクさせる、愛しの彼よ。
「…………大将、こいつのこと馬車馬のように働かせてもらって大丈夫だからな」
「そのつもりや。まかせとき」
そして更に「こいつのバイト代、一旦チャラにしてくれ。それ引いた分払う」とか言いだした。待ってくれわたし、今月結構働いたのに!
「はい、オッケー。みかるちゃん、またゼロから働くのよろしくな」
「そ、そんなー……!」
やはり一枚上手なつばやさん。
耐えきれなくなって「にへへ」と笑うのと「……ハッ」と笑うのは同時だった。
お互い振り回し振り回されなこの日常が楽しくて、これからもずっと続いてほしいと願うばかり。
○○。
でも、してもらってばっかも悪いもんね。もらった愛はとびきりの方法で返すのだ。さすがに今回は悪かったと思うし。よし、なおさらやってやるしかない。
つばやさんの知らないところで、着々と計画をすすめる決意をそっと固めた。
つばやカー、永眠。
バジルソーセージってなんであんなにビールに合うんでしょう〜




