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35.キケンな(ラム酒の)香り♡ガトーショコラ

 どんっ。

 

 ベッドを起こして設置されたデスクの上に、どどーんと置かれた「謎の箱」を見て、つばやさんは「何これ」と引きつった笑みを浮かべている。


 箱には、所狭しに寄せ書き……いや、落書きがされている。内容がひどいのだ。一夜明けて、わたしも「なんだこりゃ」という気持ちでいっぱいだ。


 その内容といえば、


「早く元気になってください」「私にも服買ってください」「酒」「グラサン←将来はタモリ」「アウトレイジ最終章」「石油王と結婚したい」エトセトラ。

 とにかくマジックで所狭しに文字が書かれている。ほとんど白いところがないくらいに。


「え、新手の嫌がらせか? みかる」

「ち、ちがうんですっ! これお見舞いですから!」


 うん、一応は見舞いの品なのだ。ただ、最後のラッピングの時が一番みんな酔っ払っていたからこんなことに。ユッコが「こういうのって寄せ書きとかうれしいよねぇ」と言い出すから、白い箱がいつのまにか落書きでいっぱいになってしまった。最初はまともだったのに……誰だよタモリとか書いたやつ!


「経緯を説明しますと、この間3人につばやさんの無事を報告しまして」

「………あぁ、あいつらにも心配かけたんだな、わりぃことしたが」

「ユッコが『お見舞いによかったらケーキでも作ろうよみかる』と言ってくれて」

「いい娘じゃねえか……………ケーキ?」


 目を丸くして、箱を開けようとしたつばやさんを「まだ、まだ待って!」と止める。


「ええ、えっとユッコは女子力が高いのです。ただちょっと怪力なだけで」

「怪力なのか………」

「ユッコとわたしだけじゃ心配だと、アキラとやーこも来てくれまして。昨日、ちょうちんメロンのお手伝いはお休みを頂いて、ユッコの家でスイーツを作りました!」


 えっへん。うん、ここまではわたしも良くできた彼女なのだ。


「ただですねぇ、わたし久しくマトモに飲んでなかったのですよ、アルコールを」

「俺のことが心配すぎてそれどころじゃなかったんだよなぁ?」

「うううるさいっ、反省しろいい加減」


 このひと、わたしに心配されただけでどうしてそこまで嬉しいのか。ニヤつく変態ヤクザ。

 それはいいとして、続ける。


「わたしは、スイーツを作るというのに大量の酒を持ち込みました。すると、なんということでしょう。やーこも大量の酒を。アキラも大量の酒を。そして、普段そこまで飲まないユッコが手にしていたのは

……………テキーラだったのです」


 つばやさんが片手で顔を覆った。

 まじかよ。みたいな表情で。


「テキーラを飲みながら、ダメ大学生によるハイテンションクッキングがスタートしました」

「嫌な予感しかしねぇよ」

「そして、出来上がったものがこちらになります!」


 箱を開ける。よかった、潰れたりはしてない。


 中から出てきたのは、ツヤッツヤのガトーショコラでした。



〇〇。 



「ふっ、普通に美味そうじゃねえか! なんだよあのフリは! 何が出てくるのか気が気じゃなかったわ!」

「あっはっはっは! でしょうな!」


 つばやさんには黙っておこう。2、3回焼きすぎたり、分量間違えたりして失敗してるなんてことはね。

 ちら、と顔を見ると「………ん?」と眉をひそめるつばやさん。一体どうしたというのか、恐る恐るガトーショコラに顔を近づけ香りを嗅ぐ。


「……………みかる。お前、何入れた」

「いやぁ、つばやさんも飲んでないんでしょ。アルコールに飢えてるかなぁって! いや、ラム酒だよ? ちゃんと、レシピにあるお酒しか入れてない。さすがにテキーラは入れてない」

「種類じゃねえよお前これ、どんだけ入れたんだよ!」


 ずい、と突き出されてわたしも香りを嗅ぐと、おおぅラム酒の主張が思ったより激しい。出来上がった時は(酔っ払って)気づかなかったや!


「うわっ、食べるだけでよっぱらいそー」

「いや、でもまぁ、美味そうだな」


 つばやさんは、切り分けた一切れを掴み、ばくりと食べた。満足そうに目が細くなる。


 ぱしゃっ。


「なに撮ってんだよ」

「つばや、ガトーショコラを食べる」


 というタイトルの写真。3人に送ってあげよう。


「おいしいですかつばやさん〜」


 スマホを向けたままニヤニヤするわたしに、つばやさんが「おい」と凄む。


「待て、それ動画か?」

「動画は動画でもsnowですので、いまつばやさんにはネコミミがついております!」

「ほォ…………覚えとけよ後で…………」


 動画終了。貴重なネコミミつばや映像なのに、ヤクザモードになったせいでとんだ恐怖映像になってしまった。

 ちょっとこっちは送らないでおこう。恐怖映像2017に選ばれたらどうするんだって。


「おいしい?」

「正直思った以上のクオリティだな。濃厚だしラムも強過ぎる気もするが、このくらいなら全然イケる。ありがとよ……って伝えといてくれ。ただこの箱はいただけねぇなぁ?」


 低い声が、恐ろしく笑う。でました、恒例の悪人笑い。これがでると大抵はろくでもないことが起こる。ひぃっとおおげさにおののく。


「よ、よっぱらいの悪ふざけですって!」

「酔えばなんでも許されんのか?随分お気楽なこった」

「ほら、正論よくないですよ!」

「なぁこれ、お前の字だろ」


 酔った私、なに書いたんだろう。実はイマイチ覚えていなくて。そこに、明らかな私の字で書かれていたのは「もう一本獺祭よこせ」「魔王よこせ」「いっそわたしが魔王になりたい」とか………ひどいなこりゃ。


「これはひどい」

「なんで俺の回復を願うメッセージが一個しかねぇわけ」

「あ、たぶんそれアキラ」

「あの子はちゃんとしてるんだな……」


 呆れたようにくくっと笑った。あ、よかった怒らせてないや。つばやさんは、ガトーショコラを箱に大事にしまった。


「まぁ残りはゆっくり食うわ。どうせもう退院するしな」


 うーん、と背伸びしている。  


 ………ん? まって? もう退院………?

 包帯だらけだし、どう見ても歩けなさそうだし、動けなさそうなのに?


「え、はやくないですか」

「これでも長く休んだほうだよ。仕事が溜まってんだよ…………事務所も近々見に行って態勢建て直さねぇとだし」

「えええっ、もう働くんですか!ブラック企業だ!」

「まんまブラック企業だろうよ闇の意味で」

「そういう意味じゃねえよ」


 聞けば、大事をとって働いてないだけでもう動こうと思えば全然動けるらしい。ばけものだ。


「帰ったらいろいろ覚えとけよ、みかる」

「なにがですか!」

「てめぇにはちゃんとした躾が必要らしいからなぁ」


 うわっ、変なことを言い出した。


「こっちが覚えとけよ! だよ。退院のときは言えよ、いろいろ手伝ってやるから!

じゃあな!」


 こういう時はずらかるに限る。


 背を向けて去ったときに、小さく聞こえた「ありがとな」が嬉しくて、思わず踏み出すスキップ。ああ、これだけでビール瓶一本は開けられちゃうね。

もはやラム酒ケーキ(  ̄ω ̄ )

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