33.闇病院が胡散臭すぎる
『やっほーみかるちゃん、この間はごめんね。心配かけちゃったみたいで、悪かったなぁと思ってたんだ。いやぁーだいぶ面倒なことになっててさ』
のんきに話す若頭さんの、声のBGMに怒鳴り声と悲鳴と銃声が聞こえるのは気のせいでしょうか。このひと、どこにいるんだよ。そしてつばやさんはどこにいるんだ。
『風山にみかるちゃんのこと頼んでよかったよ。そこは絶対安心だから』
「わ、わたしのことはいいです、つばやさんは」
声が上がる。ぎゅっと、片手を握った。痛いくらいに。
ぎゅっと目を瞑る。どうか、どうかと祈りながら次の言葉を待つ。
『………実はね、今回ばかりは鍔夜も大変だったんだよ。流石に撃たれたら病院行きだよ』
撃たれた、だと
「…………う、うた、れた?」
『そうそう、腕をバーンッてね、他にもやられてたかな、頭も殴られて』
こ、こんなの聞くに耐えない。知らない間にそんなことになってたなんて。
『いやぁ普通死ぬだろってぐらいまでやられたけど、今は行きつけの闇医者がやってる病院で治療受けてるよ。だから大丈夫』
「ど、どこが大丈夫なんですか」
全然大丈夫じゃない。下手したら死んでるよ、あのひと。
『もうねー、みかるに会いたい会いたいってしつこいから来てもらえる?』
「い、いきます、すぐいく、すぐ行きますから」
『風山と奥さん、品宮によろしくね』
BGMの怒鳴り声と一緒にぷつんと切れた。へたり、と座り込む。よかった、無事で。全然無事じゃなさそうだけど、ほんとによかった。ばくばくばく、激しく暴れる心臓を抑える。奥さんを見上げた。
「よ、よかった、無事みたい」
「あらぁ残念。あたしみかるちゃんと乗り込むのも悪くないと思ってたのに」
勘弁してください!極道の妻!!
大将も「まァ、死ぬようなタマじゃここまで上り詰めてねぇだろうしな」とニヒルに笑う。
「ま、就職のことはおいおい考えてくれや。行くんやろ? あいつのとこ」
「は、はい、でも行きつけの闇医者って言われたんですけど……」
「あ、あそこっすかね」
品宮さんが、ぽん、と手を叩いた。
「俺もアニキに会いたいっす! みかるさん、行きましょう!」
「わわ、わかりました」
ばたばたと支度する。大将は「これ、持っていき」と瓶を渡してくれた。何かと思えば、高そうな焼酎……!!
「よぉ今までろくに酒飲まんと耐えたな、みかるちゃん。今日はそれ飲み」
「た、たいしょうーー!!」
もう、だいすき。きめた、就職します。
○○。
大将と奥さんにお礼を言って、品宮さんと闇病院に来た。闇医者というものに関わる日が来るとは。よかった、関わり方が臓器摘出じゃなくて怪我人のお見舞いで………。
品宮さんに連れてきてもらったのは一見病院には見えない普通のビル。それが逆に闇医者っぽい。薄暗いビルのエレベーターを上がっていく。ついて降りてみると、驚いたことに中はまるで本当に病院なのだ。受け付けがあって、奥に治療室と入院室がある。清潔感もあるし、普通だ。ただひとつ普通じゃなさそうなのが、恐ろしい男たちの呻き声✕無数が、空間のBGMであること……。それも相まってか空気も悪いような気がする。いるだけで具合悪くなりそう。
「……こ、これが闇病院」
「こういうのがないと俺ら生きてけないっすからね」
驚く私に品宮さんが言う。
「で、アニキはどこっすかね」
「お、お医者さんはいないのかな」
すると、受付の奥からばたばたと人が出てきた。すらっとした、でもなんとなく情けなさそうな、若いのになんか髪の薄い眼鏡のお兄さん。このひとが、闇医者なのか。
「お待ちしておりました、齋藤鍔夜様デスよね。わたくしは、ここで医者をしております、鯨と申します」
それ本名か……? あやしさマックス……!! 胡散臭え!!
鯨さんは、わたしをみて「あ、あなたが」と出っ歯な口をへの字にした。
「齋藤様があなたに会わせろとうるせぇのです。ささ、こちらに、お連れ様も」
背中を押されて入院室に案内される。30と書かれた部屋番号の下に奴の名前がある。ここにいるのか。
なんかめちゃくちゃ緊張してきた。
「ど、どうしたんっすか」
「言いたいことがありすぎてどれから言おうかと思ってたら緊張してきた」
「普通でいいんじゃないっすかね」
それも、そうか。深呼吸をして、キィと軋むドアを開けた。小ぢんまりした、でも高級感はある部屋。その端のベッドに奴はいた。
「…………つ、つばやさん」
何を言おうか、とかより最初は何も出てこなかった。
絶句。
だっておもってたよりひどい。
頭には包帯が巻かれてあるし、腕もぐるぐる巻にされてあるし、顔はガーゼだらけで目は腫れてるわ、痣だらけだわ。
びっくりして固まったわたしを、むくりと起き上がった大けが人が見つけて驚いた。
「……………み、みかる、お前なんでここに」
切れた唇が、ぽかんとした後ニタリとわらう。なんだか、それが嬉しくて、ぐちゃぐちゃな感情が全身からあふれだしてしまった。ぼろぼろ、泣きながら走って飛びついた。
「つばやーーー!!!生きてたっ、もう、マジで死んだと思った!!」
ベッドの上のつばやさんに、ダイブして思い切り抱きしめてやった!
「い、いだい、みかる、首、首やめてくれ、とれる、つーか、やめろ、い、いてぇ!俺、怪我人………」
「とれるもんかよ!!アホ馬鹿アル中変態ヤクザ!!!心配したわ!!!」
思わず左頬をなぐってしまった。
大丈夫。怪我してない、ガーゼじゃないほう。
「っ、てめぇっ、だから、怪我人だぞ! 怪我人殴るやつがいるか」
「知るか、お前が身体的に大怪我ならこっちは、精神的に大怪我したわ!何回死にかけたと思ってんだよ私が!」
「おいみかる、お前無茶してねぇだろうなさては」
「アニキ、すみませんっ!みかるさん事務所に侵入してました」
「おいみかる何してんだテメェコラ!」
軽く殴られた。
「ふぎゃっ」
強く殴り返した。
「うらぁ!」
「っだぁ!!」
「おまえがわるいんだろ、せめて生きてるなら連絡よこせよ!」
「悪かったって、通信手段も全部やられてどうにもできなかったんだよ」
「言い訳すんな!馬鹿ヤクザ!」
びーびー泣くわたしを、胸に抱き寄せて背中をぽんぽん擦ってくれる。あったかくて、うれしくて、ぶさいくに泣いてしまう。
「びええ、つばやー、死んじゃやだよぅ、死んだら絶対許さん………」
「はいはい、よしよし………悪かったって、心配かけて」
なんだか、懐かしいこの感じ。涙と鼻水でぐっちゃぐちゃになった顔を、勝手につばやさんのベッドのシーツで拭いた。
一通り泣きじゃくって落ち着いたし。そろそろベッドから降ろしてほしいんだけど、いくら暴れても全く腕の力を緩めてもらえない。
「品宮、頼んで悪かったな」
「いや、アニキが無事でホントによかったっす……!むしろ自分、前線出れなくて申し訳ないっす」
わたしを抱きかかえたままで、舎弟と話すのやめてくれませんか。
「アニキがこんなになるって初めて見ました………くそっ、白羽鳥組の奴ら………」
「まァ今回ばっかりはウチが悪ぃだろうな。悪ィからって、ハイゴメンナサイはできねぇからこんなことになっんだよ」
あれか、組長刺したってやつか。
刺すだの刺されるだの、撃った撃たれたやら、大事件が当たり前な世界でこの人たちは生きてて。そんなひとのそばに居続ける覚悟が前の私にはなかったけど。
今ならあるって、自信持って言える。
「ア、アニキ……!借りてた金も、絶対返すんで……!」
「お前に貸した金なんかあったか?いいわもう、めんどくせえ」
「アニキ…………!!」
「あにき………!」
品宮さんとハモった。
なんかつばやさんが慕われてる理由もわかる気がする。
なんだかんだで、このひと面倒見がいい上、めっちゃ優しいのだ!!
「で、あの、きいていいのかわかんないですけど、つばやさん……なんでこんなことに」
こわいけど、聞いておきたい。つばやさんは「そのまま話すとグロテスクになるから、ファンシーに言ってやろう」と意味不明なことを言いだした。
おちゃめヤクザが笑う。非常に嫌な予感がする。
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久々なつばやさん。生きてました、よかったよかった。




