30.ウイスキー、チャカ、スタンガン!
「……………えっ、あれから1週間も帰ってないの」
アキラが驚いて言う。うん、と頷いたわたしの表情は暗い。思わず泣きだしてしまったわたしを、ゆっこがぎゅっと抱きしめてくれた。
みっともない、みっともないけど我慢してた感情がぶつりと切れてボロボロと、止まらない。
あれから、気力もなくなってしまったわたしは、初めてゼミを無断で休んでしまった。全く家から出ず、酒も飲まずぼーっと過ごしていた。そんな中で心配した3人が、わざわざ来てくれたのだ。それが嬉しくて。ぐす、とティッシュで鼻をかんだ。
「………心配だな、それは」
神妙な顔をして考え込むやーこ。頷くしかできない。
今まで、帰ってこない夜なんか何回もあった。でもそのときはちゃんと連絡してくれていたし、せいぜい3日もしたら疲れた顔で帰ってきて「みかる〜」と甘えてきていたものだ。ここにきて痛感する。つばやさんが、どんだけ普通じゃない人間なのか。平和そうな日本の、平和じゃない場所で生きてる人間なのか。
「…………一応、事務所までは行ってみたんだけど人の気配もなくて。こんな状況なのに、この間エントリーした企業からすぐ面接だって言われて……そんな気力ないから断っちゃったよ……さいあくだ」
「大丈夫だって。あれが死ぬようには見えないよ私」
アキラは笑いかけてくれる。私もそう思う。そう思うけれど、嫌な予感がするのだ。
「だれか、知り合いは、頼れる人っていないの?」
「…………若頭さんには、連絡してみたんだ……。今は何も言えないけど多分大丈夫だって言われて」
また泣きだしてしまって、やーこがティッシュをくれた。情けない、みんなに心配かけてしまって。
「とにかく、しっかり食べるのだけは食べな。買ってきたの冷蔵庫にいれたから。……あたしたち、何もしてあげられないけど話聞くぐらいはできるから」
「ほ、ほんと、に、ごめん、ありがと、う」
「心配よねぇ、みかる………よしよし」
背中をさすってくれる。ありがたいけど、申し訳がない。それに、杞憂だとわかってるけど不安になる。つばやさんだけじゃなくてこの子たちまで、巻き込まれるようなことがあったらと思うとこわくて。ぐっ、とすべてを吐き出すのは堪えた。
「ありがと、ほんとに。つ、つばやさん帰ってきたらもう、三人にしこたま奢らせるよ!」
「うん、そうそう!何奢ってもらおうかな〜ステーキ食いたいなぁ」
「さすが金持ちだよねぇ!」
ゆっこの目線が、私の着ている買ってもらった服にうつる。
「………みかるの、その買ってもらった服も似合ってるよ。はやく、お礼言いたいよね」
「うん、言いたい」
あったかい友人に恵まれて、こころも少しずつ落ち着きを取り戻していく。
○○。
ええい。わたしらしくもない。なーにをまた、大人しく凹んでるんだ、わたしは!
凹んで、立ち直って、凹んで、立ち直った。全部、友達のおかげだ。
三人を見送ったあと、つばやさんに買ってもらった服を脱ぎ捨てた。……着てさえいれば、近くに感じられるような気がしてずっと着てたけど、やっぱりこっちのほうが落ち着くな。にやりとする。いつものパーカーとジーンズに着替えて、安酒コレクションの中からウイスキーの小瓶を取り出した。リュックの中に入れる。次はつばやさんの衣装クロゼットを覗く。この中に、あいつのサングラスコレクションがあるのだ。一番高そうなやつをかけた。そしてパーカーの上から、つばやさんの高そうなジャケットを羽織った。
「…………よし」
あとは、とクロゼットを漁れば、まあゴロゴロと違法物品が次から次にでてくるわ。なんだこの重そうな銃は!あと、スタンガンまで出てきた。手錠………?いいや、入れとけ。わたしのリュックが職務質問完全アウト仕様になり果てた。うん、こんなもんでいいだろう。そして最後の目当ての品。車の予備キーを無事に発見した。なぜかあの日は、つばやさんは迎えが来てたらしいのだ。車を置いていってる。
まあ、これは今日、三人を玄関まで送ったときに気づいたんだけどね。あれ、車置いていってんじゃんって。つばやさん、悪いが使わせてもらおう。
念の為、もう一度若頭さんに電話をする。出ないな、やっぱり。前かけた時も何度も何度も電話したのだ。一応着信だけでもいれておくに越したことはないはず。そしてラインを見るけどやっぱり返事はないし既読すらついてない。
「…………よし、やってやるぜ」
パンっと頬を叩く。
過保護が齋藤鍔夜だけだと思うな。
阪奈みかるだってモンスターペアレントも真っ青なヤクザ過保護だって見せてやらァ。
○○。
実は運転は嫌いじゃない。むしろ好きだ。ただ、下手くそなのだ。免許証はあるかなぁと財布をチェックしたけれど、リュックに完全アウトなものばかり入っているのだから免許証ぐらいなんだって話だ。職務質問一発アウトだわこんなの。
さて、初めて運転するな、この車。まあ、実は前から運転してみたくて仕方なかったのだ。その度に「絶対触んな、触ったら殺す」って脅されてたから、ハンドルに触らせてもくれなかったんだけど。あのひと絶対運転させてくれなかったのだ。椅子を前にずらし、ブレーキを踏んで、電源を入れる………! 行くぜ。ドライブにして、ゆっくりアクセルを踏んだ。
ひーっ、動いてら動いてら! ゆっくりと齋藤鍔夜の置土産(自前の黒塗りの高級車)は、動き出した。ガレージをガコガコ、不吉な音をたてながらゆっくりと出てくる。…………擦ってないよな? まだ擦ってないよな?
車の運転がある意味一番緊張したかも。だってまだ闇の方々に捕まるなら、闇の力で対処できそうだけど、一般の警察とか闇の力効かないはずだ。なんせ、阪奈みかるは犯罪を犯しに、現在進行形で犯罪NOWなんだから。
変なテンションになりながら、警察にも見つかることなく、着いたのは金融バチの事務所。やはり、三階は電気ついてない。まずは車の中から様子をうかがう。心臓が飛び出そうだ。ばっこんばっこんと大きな音を立てている。
今日の算段はこうだ。前、見に行ったときにはタクシーの窓から覗いた程度だった。そして今日は、「齋藤鍔夜の車」で来た。ベリーラッキー。つまり、中で何か起こっているのだとしたら味方であれ、敵であれ何かしらのアクションは起こすはずだ。これが第一関門。最低でも三時間は様子を伺おうと、震える手で、重たい拳銃を持ってちらちらと外を伺う。……そのときになればちゃんと撃てるのだろうか。自信はないけど、あるに越したことはないはず……! 大丈夫撃ち方は一応調べた。…………調べたぐらいで撃てんのか?
外を伺いつつ、ぴったり三時間たったが誰の気配もなかった。そっと車から降りて、恐る恐る3階を目指す。ドアに耳を当てるけれど、やはり人の気配はない。もぬけの殻だ。そして、ドアノブに手をかけるけれど案の定閉まっている。
ここからが算段そのニ。もし、何かが起こっている場所が、事務所ではないとしたら。しかし、事務所には「起こっている何か」に関する情報は残っているはずだ。ここを調べて今日は証拠を持って帰る。
………もし、中でつばやさん含む全員が死んでたら。恐ろしい想像に手が震える。そんなわけない、そんなわけない。予備キーについていた鍵を指すと、がちゃりと開く音がした。恐る恐る中に入る。
○○。
「ふつうだ」
ただ異常なのは誰もいないことだけだ。壁伝いに息を殺して様子をうかがう。本当に気配がない。ただ、嫌な空気がする。ここにいるの、やっぱまずい。誰もいないことを確認してつばやさんのデスクへ。
………そりゃ鍵かかってるわな。どの引き出しも頑丈にあかない。潔癖完璧なあのひとらしいや。
「…………良い椅子だなぁこれ」
そんな場合じゃないんだけどね!!
緊張しすぎて、飲んでないのに吐きそう。もう逆に飲んでしまいたい。いや、しかしなるべくなら、飲酒運転はしたくない。お酒で誰かを傷つけるのは、わたしの酒道に反するからな。リュックの中のお酒は我慢だ我慢………。あれはお守りみたいなもんだからな。
立ち上がってウロウロと部下さんたちのデスクもチェックしていく。闇金の利用者リストやら、汚くて黒いものがゴロゴロと出てくるわ出てくるわ。しかし、この異常性に関する手がかりはない。というか、どれもこれも何を書いてんのかよくわかんないから、まるで参考にならない。
よし、そう分かったら早々に切り上げよう。ここにいたらまずい。
つばやさんのデスクに置いた荷物を手にとった瞬間、
「ガチャ」
とドアが開く音がした。
まだ飲んでない(手元にはある)
※飲酒運転絶対ダメ。本作は犯罪行為を助長するものではありません、決して、決して!!




