29.消えた鍔夜
待ってるうちにテーブルで寝てたらしい。ひとりでハンバーグを食べる。
次の日も、ハンバーグ。
つばやさんがたべるはずだったやつ。
ーーーーそしてまた次の日になった。
未だ、「おうちでまってます!」と送ったわたしのメッセージは読まれていないし、齋藤鍔夜は現れない。なんだか嫌な予感がしてくる。今まで帰らない日とかけっこうあったけど、律儀なあの人は絶対メッセージをくれてたのだ。それも無しに、3日も帰らないとかさすがにおかしい。考えすぎて体調が悪くなる。この家にひとりでいると、余計なことを考えてしまいそうで、わたしは自転車に跨ってがむしゃらに学校を目指す。
とにかく、他のやらなきゃいけないことから終わらせていかないと。超頑張って、ついにゼミの先生に大体書き終わった卒論を再提出した。よーしこれで、わたしはあと内定さえもらえば、ウキウキで卒業できる!喜ばしい………のに、まったく喜ばしくないのは、あのクソヤクザが連絡も無しに行方を眩ませているから。悶々としてパソコン室でネットサーフィンをしていると、アキラが入ってきた。
「おつかれー、みかる卒論だせたんだ」
「………うーん、いちおう」
にへ、と笑う。あーだめだっ、うまく笑えているかな。
アキラは「ん?」とわたしを見て3秒固まり、そして「うっうわー!!」と大げさに驚いた。
「うわっ! 髪切ったんだ! ちょっとまって、何その服、待ってみかる、おまえほんとにみかる!?」
「うるせいなー、みかるだよ!」
やっぱ、言われると思ったけどな。
つばやさん全然帰ってこないから、好きな格好しとけばいいのに、律儀に買ってもらった服を着てきてる自分も自分だよ。
アキラはわたしの隣に座り、ペンをくるくる回して言う。
「あたしも大体できたんだよ。卒論一区切り祝いに、あいつらも誘って飲みに行こうぜ」
「………あ、い、いいねっそれ」
ばんざーい。
万歳したのに、アキラは「………ん?」と訝しげに固まってしまった。
「なんかあったろお前」
「ちがうちがう大したことない全然」
「ほんとに?」
「マジマジマジ、大丈夫!っあー、ちょっとメンタルがまずいかも!」
「なんだ、それなら無理すんなよ」
アキラは眉を下げて笑った。
「みかるが酒に食いつかないから、なにかあったのかと思ったよ」
「ぜんぜんっ余裕!いや、むしろ自由だねこりゃ。あのヤクザ、連絡もなしに帰ってこないんだわ!無理やり連れて来られたんだからな、いなくてせいせいするわっ!」
「……………ええっ」
いや、ごまかし方下手か。反応に困ってしまったアキラに対して素直に申し訳ない。空気を変えたくて、もしかしたら連絡がきてるかもしれなくてスマホを見るけれど、やっぱり未読のままだ。
「つばやさん帰ってないの?」
「いやあ、ちょっとさみしい!」
「ほんとに?大丈夫?」
「まあまあまあ、大丈夫でしょ」
こんなの自分に言い聞かせてるみたいだ。大丈夫、大丈夫…………あの男なら何が起こっても死ぬわけない。自分大好き、自分一番な人間なのだ、あの男は。
「うん、まあ帰ってきたらこてんぱんにしてやるから、飲み会はやめとく」
「おまえが飲み会を断るとか……まじでお前みかるか?」
余計な世話だわ。
「まぁ、ヤクザだしこんなもんだって。3日帰らないぐらい、なんだって話だよ!あっはっは!」
空元気すぎて虚しい。優しいアネゴ、アキラは察してくれたようで「話ぐらいは聞くから」と言ってくれた。ありがとう、本当に。
とにかく、焦ってても仕方ない、待とう、待とう………。
○○。
待てるか。
さっきと言ってること逆だ。アキラに弱音吐いて、家に帰った瞬間、なにかが切れた。
あのヤクザ、わたしには「タクシー使え」「送り迎えする」「どこに何時に誰と行くとか言え」とかめちゃくちゃ過保護なのに、自分だけ勝手に失踪するとか無茶苦茶だ。心配が反転して、いらいらしてきた。
死んでるようなタマじゃないだろうしな!
わたしが大人しく待ってると思ったら大間違いだ。待たねえよ行ってやるよ。金融バチさんよぉ。
○○。
でも命は惜しいから、わたしはまずは様子見ということにして、外から伺ってみることにした。段階を踏む。鉄則だ。
つまり、夜に外から見て電気がついてたら誰かがいる=あの事務所で何か起こってる。電気がついてない=バチは事件現場じゃない。まずはここだけでも暴く。自転車で行くのは危険だから、タクシーで行こう。
ちょうど日も暮れてきたので、あえてこのフリフリのスカートのままタクシーを捕まえて乗り込む。あのビルの名前を告げて、「降ろさなくていいから、目立たないように周りを一周してください」とあまりに不審なお願いをした。運転手のおっちゃんは怪訝な目をしながらも連れて行ってくれる。
タクシーは、あの陰気臭い場所を走り、要望通り周りを一周してくれた。しかも怪しまれないようにある程度距離を取って………。ごめんね運転手さん……!危ない場所ですからね!
100均のだけれど双眼鏡でも覗いてみる。ふむ、どうやら電気はついてないし、人の気配もなさそうだ。これがわかったら良い。
かなり不審なタクシーから、(まじでごめんなさいありがとう)と思いながら降りたら、次は第二段階だ。
その前に収穫の確認。とにかく、あの事務所はもぬけの殻だった。しかし時間はまだ18:00で、この時間はまだ通常であれば、仕事中のはず。……よく、つばやさんは仕事サボって早上がりしていたけれど、ちゃんとしてた日はめちゃくちゃ遅い日だってあったほどだ。
月壁組関連で何かあった、にも関わらずこの時間まで事務所がもぬけの殻。
わたしはこれを異常事態と判断する。事務所全員総出で対処すべき事態が起きたのか、事務所を捨てて姿を眩ませる必要があったのか、もしくは全員殺されてるのか……。最後のだけは、やめてほしい。想像だけで泣きそうになるから、頬をぱんっと叩く。
これをもってしての第二段階。自分の机から恐ろしい名刺を取り出した。超でかいヤクザの組織、次期組長の名刺だからな。
遊びにおいでと渡されたものだけれど、違う用途になってしまった。それは申し訳ないけれど、うちのつばやさんに無茶させてるあんたがわるいんだぞ、月屋キハチ。事務所も確認したから、変なごまかしはきかねぇからな。
「…………くそ、でないか」
何回もかける。全然繋がらない。何度めかわからなくなってきた頃、これで出なかったら終わりにしようと思っていたら、通話が繋がった。
「わ、若頭さん」
『来ると思ってたよ、連絡。待ってたよ』
若頭さんの声は、やけに聞き取りやすい。それは、周りの雑音が一切無い、何もない場所にいるように聞こえる。その静寂は逆に恐ろしい。このひと、どこにいるんだよ。
「………つばやさんが3日帰りません。連絡もないです。お忙しいところ、ごめんなさい、でも心配で」
ヤクザ幹部の無事を組長に電話で確認するってどんな状況だ。ごくりと生唾をのんだわたしに若頭さんは告げる。
『……それに関しては、今は何も言えないんだ。とにかく、なるべく家から出ないでじっとしててもらえるかな。つばやなら多分大丈夫だから』
なにもいえない、家から出るな、多分大丈夫。
ぐさっ、ぐさっ、ぐさっ。と心にナイフのように突き刺さった。
「はい……ありがとうございます」
ちゃんと言えているだろうか。消え入りそうな震える声だった。
『何かあったら、また連絡して』
「はい」
ぷつりと切れる。電話と一緒に、わたしの神経もぷっつり切れてしまった。
珍しく飲んでないみかる。




