28.アル中はやめないけどクズはやめる
どーん。
自室のクロゼットにはジャージかパーカーかジーンズしか入ってなかったのに、新たに加わった高級な服が一気に大半を占めやがった。そろそろ決着がつきそうな卒論と対峙すべく、袖を通すのはいつものパーカーだけれど。そっとリビングを覗くと、まあいつものように不機嫌そうなヤクザが朝食をかじっているわけですよ。
いやぁだってな。振り返って見やる、きらきら輝く服たち。学校に着ていくにはちょっと、急な変貌すぎると思う。髪切った時点でヤイヤイ言われるのは確定してんだよ。服まであつらえてもらったとか、いよいよ、だめな気がする!
いい加減気づいている!
このままじゃ人としてだめになる!
酒飲みな時点で終わってたのに、さらに終わる余地あったんだなわたし。とにかく、もう終わりたくない。あの服には悪いけど、つばやさんとお天道様の下を歩くときの専用戦闘コスということにさせてくれ。
「みかる」
「は、はい!」
「……………着て行けよ?あれ」
吐血しそう。
無言の臓器、ガチで沈黙すんなら今だぞ。
○○。
はっはっは。
わたしの肝臓はまだまだ元気らしい。生きてます。生きてブイブイ通学しています。
そして、朗報! なんと、自転車買ってくれた! あの、何とか組に拉致られて以来、どこに置いてきたのかわかんなくなっちゃったMYチャリンコちゃんよ。あれ以来、とっても不便な生活をしてた私は、ついに限界が来てた。
いよいよ今度こそ自転車をよこせ! と、つばやさんに再三頼み込むと、意外や今度はすんなりお許しが出た。その代わり、スマホは絶対持ち歩けと言っていた。はっはっは! 過保護ヤクザ! わたしの勝ちだ!
しかし、このスカート、チャリを漕ぐたびにピラピラしてうっとおしいことこの上ない。片手で抑えながら着いて、ゼミの先生に指導を受けた後パソコン室に行く。
珍しく、あの珍獣三娘は来ていないようだった。なんだつまらん。パソコンを起動して修正箇所をカタカタ直す。
いい加減就職先、どうしようか。低クオリティな卒論を眺めながら思う。本気でつばやさんのところでニートするか?だめだろうそれは……。堕落する、よくないよくない。
ならいっそ、本気で漫画家目指すか? それができたら苦労していない。重たいため息。見てくれをキレイにしたからと言って、中身が可愛くなったわけではないのだ。わかっている。わかっているぞ。
……もう、いい加減腹を括ろう。もうすぐ11月にもなる、まあまあ寒い季節の到来だ。就職情報サイトを眺める。ほとんどの募集が終わった中で、ひとつまだ募集をしている企業を見つけた。東京の、そこまで大きくはない企業だ。調べてみたら、めちゃくちゃ良い訳でもないけど、悪くもなさそうな……多分受かったらふっつーのOLさんになるんだろう。うーん、勢いでエントリーしちゃえ。ここが落ちたらつばやさんに闇の力を揮ってもらおう。最終手段だ。魔王をボトルで飲むため、がんばれ阪奈みかる。
エントリーのボタンを押し、さて、また履歴書書かないとな〜と椅子にぐでぇと座った。あー、エントリーするだけで疲れた。
こういう時は、ぱーっと、余計なことは考えずに歌い散らかしたい。
んん、まて、ヒトカラ?いい案じゃないですか。うふふ、と笑みが溢れる。久しぶりだ!卒論の画面に戻したあとは、さっさと訂正箇所を直してしまう。先生に提出したわたしは、昼頃学校を飛び出した。
○○。
学校から一番近い駅前のカラオケ店についた。さてさて、なにを歌おうかしら。学生証を見せて部屋に案内してもらう。一人にしては広めの部屋を用意された。
さて、歌うぞー、と思ったところで急に冷静な阪奈みかるが冷たいことを心の中で言う。「また現実逃避したな」と。やめてくれー、逃避でもしないと、自分がクズだって現実に押しつぶされそうになる。
「……………とにかく歌う」
歌うのだ。そして歌うのはパンク・ロック、ヘドバン、デスボイス。
○○。
「ぼぉぉぉ!KILL!!KILLYou!!あっはっはっは」
あっはっは超たのしい。
ごめん叫んでるようだけどちゃんと歌ってます。
何やってんだ自分と、冷静になりそうだったから持ち込んだ酒をグビグビのんだ。あー現実逃避最高。最高すぎる。
はー、と一息ついてソファに寝転がる。他の大学四年生という生き物は、どうやって過ごしているのだろう。卒論?バイト?
そうかー、バイトもしなきゃなぁ。
阪奈みかる、今は先生の手伝いというプチバイトでお小遣いをもらってるくらいにしかバイトをしていないけれど、昔はいろいろやろうとしたことがある。つばやさんに会う随分前の話だ。なにやったかなぁ、レジ打ちとカフェの店員、薬局の店員ぐらいだろうか。
恐ろしいことに全部クビになっている。
抜けているからだろうか。なんだかもう、ミスがひどすぎて1ヶ月と保たなかった。よく、いろんなひとに「そんなにお酒が好きなら居酒屋でバイトしなよ」と言われるけど、居酒屋とかめちゃくちゃ忙しいじゃん。絶対働けないや。アキラはマジですごいと思う。
うーん。やっぱり一人だと考え事で嫌になるな。つやつやになった髪の毛を弄る。あーだめだ、なんだか今日は凹んで仕方ないな。
飲みすぎてトイレに行きたくなった。ふらりと立つ。まだ缶に半分残ったチューハイ。残り飲んだら帰って真面目に就活対策やろう。
○○。
そう、ぜーんぶ、つばやさんに顔向けできるように。恩返しできるように。愛想つかされないように、がんばろうと決めたのだ。帰ってから真面目に企業研究をして、履歴書も勢いで書いてしまった。エントリー受け付けされればすぐに送れるように準備した。さらに、教えてもらった方法でハンバーグを作って、瓶ビールもグラスと一緒に冷やして。「がんばるから、応援してください」って言って撫でてもらうのを楽しみにしていたのだ。
こんな日に限って、つばやさんは帰ってこなかった。




