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27.アル中、劇的ビフォーアフター

 齋藤鍔夜プレゼンツ、阪奈みかるのアイデンティティ喪失デート。

 いい肉をたんと食わされたお次に連れて来られたのは「ヘアサロン」です。


 そう…………ヘアサロンっすよ。1000円カットでも田舎の美容院でもない、オシャレなヘアサロン……。

 中はどうなっているかと言いますと、おしゃれなお姉様お兄様がたが、おしゃれな人の髪の毛を切ったり染めたりしているのです。

 おしゃれという語彙しかでてこないような、とにかく東京ど真ん中らへんの明らかに場違いな空間であることだけはご容赦いただきたい。


 つばやさんが「予約したんだが、今日はこいつ頼む」とパーマをかけたイケメンのお兄さんに私をずいと突き出す。苦笑いで見上げたお兄さんはニッコリ笑う。美容師の男の人ってかっこいいなぁ、ほんとに。スラッとしてて、おしゃれが板についてるというか。

 お兄さんは「じゃあこちらへ」とわたしを奥に案内する。つばやさんを振り返るとニヤニヤ笑いながら手を振ってやがる。ま、まって、一人にしないでと言いたいけどついてくるのも恥ずかしいし一体どうしたら……!!


 明るい店内には、なんとも雰囲気の良い音楽が流れていてお兄さんについて案内されたのは、鏡の前の椅子で。そりゃ美容院……じゃなかった、ヘアサロンだからそうなんだけど、鏡が3面鏡になってるし、3面ともピッカピカに磨かれてるものだから、ぼさついた髪の毛がよく見える。申し訳ない、申し訳ない!こんな汚い髪を映して!


「二人は恋人なの?」


 お兄さんはくすりと笑う。なんて優しい声なのだ。恥ずかしくて俯いて「あ、ハイ」と小さく答えた。なんとコミュ障なことか。お酒さえあれば「いやぁそうなんですよっ!ちょーかっこいいっしょ」とケラケラ笑うのに、しおらしいと評判のシラフの阪奈みかるは赤面して震えるしかできない。


「…………と、突然連れてこられまして」

「あぁ、サプライズなわけか。いい彼氏だね」


 見るからにヤバイヤクザなのは触れないのか。流石プロ。

 私の伸びきった髪の毛先を触りながら「じゃあビックリさせちゃおうね」とお兄さんは言う。そして、スマートに渡されたのは出たぞ、ヘアカタログ……!!


「どんなのがいいかなぁ。髪長いからパーマかけてもいいし、思い切ってカットでもいいし、染めてもいいよ」


 ヘアカタログには、自信満々な表情の美女たちが並んでいて、見てるだけで目が白黒してくる。いやぁ、だって、このふんわりパーマとかめちゃくちゃ可愛いと思うけど、これモデルが可愛いんだよ。わたしがやったら大仏だよ。

 それに、染めたいけど、お忘れになった方にもう一度だけ言うけど。


 内定ゼロ!!!


 せめて就職先が決まっていれば、とんでもない色にしてしまっても良かったのに。ペラペラとページを捲りながら、ウンウン唸る。


「齋藤さんは実はここ、よく来るんだよ」

「…………ん?」


 一瞬齋藤さんが誰か分からなかった。そういえばあのヤクザ、齋藤だった。

 ということは、ここってつばやさんの行きつけなのか。あのムカつくほど透き通るような金髪はここで仕立て上げられているのか。

 ………ちなみに、余計な世話だと思うけど、つばやさんただでさえ顔こわいんだから金髪やめたほうがいいと思う。絶対に。めちゃくちゃ似合うしかっこいいけど、ヤクザ感半端ないからアレ。


「お得意さんだからね、彼女連れてくるとはびっくりだよ」


 お兄さんは濁りのない笑顔で言う。このひと、あのヤクザが怖くないのだろうか。お客と思えばそんなものか。  


「か、彼女連れてきたことないんですか、あのひと」

「俺が知る限りは初めてだけどね」


 なんか妙にホッとして、そんな自分にイラッとした。ペラペラ捲るも、イマイチ自分に合う髪型がイメージできない。くそ、齋藤を呼びつけるか。でも、このまま齋藤の思うままに改造されるのはしゃくに触る。かんがえろーかんがえろー。


「…………だめだ、わからん。こういうとこってそもそもサプライズで連れてくるの違うと思うんですけど」

「まあねー。んー、これとかどうかな」


 指差したのは、控えめな茶髪をふんわりさせた髪型。無難といえば無難か……。いや、しかし。いっそ、思い切ってショートにするのも楽だよなぁ。


「ショートだと、どんなのがありますかね」

「んー、こういうのは?」


 ショートのページで指さされたのは、少し毛先が内側にくるんと巻かれた、肩よりも上までのカットヘアスタイル。ううむ。


 これでいいか。  


「なんか無難そうなので………これで、お願いします」

「オッケー!齋藤さんをびっくりさせよう」


 齋藤さんっていうと、どうしてもハゲネタが有名なあの芸人さんを連想させる……。つばやさん、金髪にするの繰り返してたら、ほんとにいつかハゲるだろうな。

 上機嫌でタオルやら布やらをわたしに巻いた美容師さんは「じゃあ、こっちにどうぞー」とわたしを立たせた。なんだ、切るんじゃないのかと思ってついて歩くと、なんと別室のシャワーチェアばかりの部屋で。


 なんと、ヘアサロンって、洗ってから髪切るんだ。住む世界が違うぜまったく。



○○。



 緊張はプッツンと切れて、どうせならこの意味がわからない高級サロン、思いっきりたのしんでやろう!と、見慣れぬシャンプーの種類の多さに人知れず興奮&混乱をしたり、美容師のお兄さんにはつばやさんがいかに面倒くさい三十路なのかを語っておいたりした。2時間ほどで仕上がった自分の変身具合には驚くばかりだ。髪きれいにしたら人間まともな見た目になるんだな……髪って大事。


「気に入ったかな」

「く、くやしいけどわりと気にいりました」


 髪が軽い。それになんだか、ツヤまで増したような気がする。整えられて、綺麗にされた髪の毛は久しぶりのショートヘアだ。首元が見えるのが新鮮で、ちょっとにやけてしまう。


「じゃあ、見せに行かないとね」

「は、はずかしいですよ」


 お兄さん、満足そうに笑うけれど元が元だからそんなに良い物でもないよ。

 椅子から降りて、全身鏡の前に立つ。いかにして自分が身なりを整えたのか、ビフォーアフターが激しすぎて、これはこれでショックだ。 


 ビフォー:髪ボサボサ、化粧薄い、なんか目開いてない、パーカージーンズにスニーカー。

 アフター:くるんと巻いたつやつやのショートヘア、バッチリメイク、バサバサまつげのぱっちり目、高そうなワンピース、パンプス。


 こんな具合だ。さすがに変わりすぎだろ。ビューティコロシアムさながらの変貌は引く。


 足が進まない私に、お兄さんは「え、どうしたの、行かないの?」と少し慌てて聞く。察してくれ、恥ずかしくて恥ずかしくて、どんな反応されても嫌だ。


 …………まあ、ここにいつまでもいるわけにもいかない。変に恥ずかしがる方が却っておかしいから、いつもどおりに行こう。


 頬をパンッと叩く。


「つーばやさーん………へーんしん、しました」


 入り口の前のソファに座ったつばやさんのところに顔を出してみる。

 つばやさん、何やら電話中だった。険しい顔をして、舌打ちなどしている。おお、まさか、これは。


「………知るかだから。今取り込み中なんだよ………は?ふざけんなよクソが。俺無しでもどうにかしろ、そのくらい」


 おーい、つばやさん。ここ、おしゃれサロンですよ!

 ヤクザが出てる!!  


 おそらくは仕事ヤクザの電話中のつばやさんはガチ切れしていて、半径2m以内に入った瞬間、殺気で殺されるんじゃないかと思うほどだ。  


「クソ、わぁった、行くから待っとけ……。あとで覚えてろよてめェ」


 電話を切ったつばやさんは、カチコチに固まったわたしを見つけたようだ。めちゃくちゃ機嫌が悪かった表情が、少し和らぐ。


「おお、みかる。おまえ随分切ったな」


 髪の毛を触られる。くすぐったい。髪質が良くなったからだろうか。そういえば謎のトリートメントを入念にされたから、人生史上最高の髪質なんだと思う。さらりとつばやさんのゴツい指から髪が零れた。

 

「わたしビフォーアフター激しすぎませんか……」

「ん?どうだろうなァ」


 さっき電話越しに怒鳴っていた人と、同一人物とは思えぬあったかい声。しゃがみこんで、覗く顔が優しすぎる。いや、それは、それはずるい。ばっと顔を背ける。反則だ。 


「い、いいから、お会計しよう」

「あァそうだな…………。いつもありがとさん」


 つばやさんは、お兄さんに偉そうにお礼を言う。


「いいえー、気に入っていただけたようで良かったです」


 お兄さんも微笑む。おっそろしいから金額は見ないように目をそらして、お会計を終えたつばやさんとオシャレ空間を出た。


「………みかる、お察しだとは思うが仕事が入りやがった」


 車を出して運転するつばやさん、本気で悲しそうである。仕事に行くのが悲しいのだろうか、それともみかるのウキウキ変身デート終了が悲しいのだろうか。両方だとは思うけれど、全身から漂う悲壮感がえげつない。サングラスの奥の目が死んでいる。


「いや、いいですよ全然……! むしろ、ありがとうございました。こんなの初めてのことばっかりで………。つばやさんに会ってから、ほんとに初めてのことばっかりで幸せです」


 素直な気持ちを伝える。なのに「ハァァァァァ」と、あまりにも長いため息。


「…………俺が仕事に行くの残念じゃねぇのかよ」

「うわっめんどくさっ! なに、寂しがってほしいんですか」


 いや、これも素直な気持ちだ。なのに運転しながら頭を叩かれた。


「い、いった……なにするんだよ」

「残念だなァ。ちゃーんとデートしてやろうと思ってディナーも予約してたのによ」

「え、う、うそ、でぃなー」

「一日頑張ったみかるに、いい酒飲ませてやろうって準備してたのになァ」


 ニヤニヤと悪どい笑みでつばやさんは言う。

 

「残念じゃねェなら、もう今後一切無しな」

「大人気ない、大人気ないよつばやさん!」

「はー、みかる、残念だなァ」

「ま、まって、うそ、めっちゃ寂しい!やだいかないでつばやさん!」


 これで満足したらしい。


「なら良し」


 単純かよ、と心の中で突っ込んでおく。


「みかる、頼みがある。多分今日血まみれで帰るから風呂と洗濯頼むわ」

「物騒なお願いをしないでください」

「あとそのままでいろよ。勝手に風呂入ってそれ脱いだら追い出すからな」

「追い出すんですか!」


 横暴が、無遠慮に降り掛かる。

 

「絶対、起きて、待っとけ。分かったな」

「は、はーい」


 少し機嫌を直したつばやさん。なのに、こめかみがずーっとピクピクしているのは何故でしょう。祈るしかできない。どうか、これからつばやさんにボコボコにされるであろう、闇金のチンピラさんたちが無事に明日を迎えられますように…………。

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