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16.誘拐イベントは、ビールと共に。

 こんにちは、阪奈みかるです。秋風が気持ちいいこの頃ですが、いかがでしょう。

 私は今、大学を出て家に帰ろうと自転車にまたがったのはいいのですが、そのままフリーズしています。わたし以外の学生も、神妙にざわついているようで。


 その理由なんだけど、門の前に恐ろしくでかい黒塗りの車が3台も止まってるのだ。1台なら、まあまあ、と思う。つばやさんもたまに来るし。でも、つばやさんの車よりもごっつい車が3台、東京郊外、田舎の大学の前に止まっているのは異様すぎる。そして、嫌な予感がするのだ。これ、わたし、なんかやばい気がする。

 つばやさんに電話をかけてみるけれど、お仕事中なのか出ない。仕方ないから、裏門から回って出ることにした。ちょっと遠いけど仕方ない。

 自転車を押して大学内を歩いて、あの怪しい車と対角線上にある門から、家とは逆方向に自転車をこぎ出した。秋風が気持ちいいけれど、妙に胸は気持ちが悪い。


 コンビニ行ってビールと唐揚げ買おう……


 このまま、家に帰るのも危険な気がした。

 阪奈みかる、わたしは気づいていない。忘れてたのだ。ヤクザの執念深さというのを。そんなの、わたしが一番良く知ってるはずなのに。



「ありがとうございましたー」


 家からまあまあ遠いコンビニに寄って、唐揚げとビールを買う。ちょっと買いすぎた気もするけど、余計なことを考えたくなかったのだ。悶々としながら自転車を押して歩くと、公園を見つけた。子どもがキャッキャと遊び回っている。不審者じゃないよーと思いながら公園に入ってベンチに座った。

 スマホを見ると、やーこからラインが来ている。


やーこ:なんか大学の前で、みかるのこと友達が探してたよ。スキンヘッドでグラサンの友達。


「……ともだちじゃねーよ!」


 やーこのラインから推測するに、やっぱりあのヤクザカー、わたしを探していやがったらしい。「阪奈みかるを知らないか」みたいな。どうせ、やーこのことだ。「知りません」と即答したに違いない。でも、これを送ってくれるあたり心配されてるのだ。


「……ああ、どうしようかな〜」


 めんどくさい、という気持ちが一番だ。もう一度、つばやさんに電話をかけてみるけれど、やっぱり出ない。諦めてメッセージを送る。


ミカルゲ:誘拐イベントのフラグ

ミカルゲ:なんか、知らないグラサンスキンヘッドに大学の前で待ち伏せされてたらしい

ミカルゲ:めんどうになって、公園でビール飲んでる! 


 パシャッ!と、ビールと唐揚げを秋空に撮して送った。これが遺影になるのかしら……。ぐびり、とまた飲む。そしたら、ちびっ子が二人わたしのところにやってきた。


「おねーちゃん、昼間っから酒飲んでるー」


 純粋無垢なちびっ子、制服から察するに小学生の男の子と女の子だ。


「大人はのまねぇとやってらんねぇこともあるのさ〜」


 そんな純朴少年少女に、だめな大人代表のわたしは、のたのたと語りかけちゃう。


「うちのパパも言ってた〜」

「パパも大変なんだよ。お酒と君たちがいてくれるから、パパは頑張れるんだよ」

「おねーちゃん、肝臓やられるよー」

「君は小さいのに聡いねぇー、将来は良いインテリヤクザになれるよー」


 小学生なのに肝臓を心配するなんて、なかなかできないよ。きっといい臓器のバイヤーになるよ、ボク。


「おねーちゃんヤクザなのー?」

「そーそー、おねーちゃんヤクザなの」


 ぐびぐび。ビールを喉に流しこんだ酔っぱらいは、ちびっこに適当に答える。


「おねーちゃん、ビール美味しい?」

「ちょーうまい! 君たちも飲めるようになったら毎日飲むがいい」

「だめだよ、肝臓がやられるよ。肝臓は無言の臓器と言われて、ある日突然だめになるんだよ。また、未成年の飲酒は法律で禁止されてるんだよ」

「君、何歳だよー、すげーな、超あたまいいじゃん」

「おねーちゃん、だるまさんが転んだしよー」

「え、マジで!やる!」


 なんていい子たちなの!


 見ず知らずのアル中の肝臓を心配してくれるに飽き足らず、だるまさんが転んだまで誘ってくれるなんて!


 めちゃくちゃ参加したかったけど、ちびっこの後ろに、見覚えのあるゴッツイ黒塗りの車が止まった。だらーり、冷汗が出る。


「だ、だるまさんが、ころんだ!!」


 叫んで、ビールを一気に飲み干す。がっ、と荷物を掴んで、自転車にまたがった。


「おねーちゃんね、リアル鬼ごっこの最中なんだよ! またね! また、会えたらやろう!」

「お、おねーちゃん!」

「おねーちゃん!」 


 一目散に自転車を漕ぐ。そういえばヤクザ、あの子たちに、何もしねぇだろうな! と振り向くと、あの子達は無事にだるまさんが転んだを始めてくれたようだった。それよりも、わたしに黒塗りの車がどんどん近づいてくる!


「……南無三!」


 キィィッ!とブレーキを踏んで、黒塗りが入れなさそうな小路に入った。このへん、始めて来たけど完全に住宅街だし、下手なことはできないはずだ。小路から、大通りに出る。ざまーみろ、と笑った瞬間だった。

 ……なんと、大通りに出たところを、スキンヘッド4人に包囲されていた。


「………阪奈みかるだな」


 降りてきたスキンヘッドが言う。やけくそだった。唐揚げを頬張って答えた。


「ちゃいます」

「嘘をつけ。齋藤鍔夜を知っているな」

「知りません」


 睨みつけていると、車から美女が降りてきた。一見、清楚なブラウスにシフォンスカート。しかし、茶髪に巻かれた髪の毛や、濃い目の化粧がきつい感じを匂わせる。

 女は、私の前にツカツカと歩いてきた。


「手荒なことはしないわ。ちょっと来ていただける?」


 すごい上から目線だ。答えずに睨んでいると、


「………公園にいたあの子達、私達ならどうとでもできるのよ」


 きれいな顔が醜く歪む。


「ちっ……外道が」

「来ていただける?」


 答えようがなかった。わたしは無言で頷いた。

 勝機はある。わたしはいま、ビールに酔ってる、酔っぱらいの阪奈みかるだ。




○○。



 車に乗せられて、私はどこに連れて行かれるんだろう。着いた場所は、なんだかいかにもヤクザな日本家屋だった。黒い木目の、大きな門をスキンヘッドにガッチリ腕を掴まれてくぐる。本気で嫌になる。どっちのイベントだ?これ。「あたしのほうがつばやさんに相応しいのよ」系?それとも、つばやさんに恨みがあるやつらの報復系?


 女に着いて歩くように連れて来られたのは、大きな和室で、奥には極道っぽいお爺さんが座っていた。けっこうな歳に見えるけど、吊り上がった眉やら、滲みでる凄みやら、絶対カタギじゃないやつだ。

 美女は「お祖父様、連れてきましたわ」と座る。その斜め後ろに座らされた。すっげー逃げたいけど、逃げられる状況でもなさそうだから、ブスッとした顔でジジイを睨み続ける。しばらくの沈黙のあと、ジジイが重々しく口を開いた。


「……貴様が鍔夜の浮気相手か」


 よく響く威厳のある声が、とんでもないことを言う。

 よっぱらりーなわたしは、素で「は?」と返していた。


「わたしが、浮気相手ですか? ん? 聞いてた話とちがうなー……」

「あんたはっ、黙りなさいこの泥棒猫が!」


 美女が突然大きな声を上げる。ハッとして、また黙りこんだ。

 なんの時間だ、わたしは何に付き合わされてるんだ?


「………挨拶が遅れたが、私は流柳ルリュウ組の組長、佐々木晴乃新。貴様がよく知る、垂柳組系列の組だ」

「ごめんなさい。なに? なんとか組のなんとか………? とか言われても……よくわかりません」


 酔った阪奈みかるは正直者だ。スキンヘッドが、「貴様、失礼だぞ!」と、手に持った物騒なもの(金属バット!?)を床に叩きつける。


 こわっ!

 やめろ。せっかくの酔いが冷める!


「………何も聞いてないのだな、貴様」


 なんとかしんジジイは呆れたように嘲笑した。美女も「フンッ」と笑う。美女はわたしの前に立ち、見下して続けるように言う。


「あたしは、流柳組の組長の孫娘よ。あんた、鍔夜に騙されてるだけだわ。なぁんだ、あたし、鍔夜があんたのこと本気なんだと思って殺してやろうかと思ってたのに、なぁんにも聞いてないなんて。ただの情婦なのね、あんた。いいことを教えてあげる。鍔夜はね、あたしと婚約してるの。あたしと鍔夜は結婚して、お祖父様の跡を継ぐの。そして、流柳組の組長になるのよ、鍔夜は」


 自慢気に女はわたしに話す。待て待て、全然ピンとこないぞ。つばやさん、女の影がないって有名だったらしいし、なにより組長とか、あの男が望んでいるとは思えない。私の知る齋藤鍔夜という男は、ひどく面倒くさがりの、潔癖症なのにだらしなーい、ただの人間だ。


「………あのぅ」

「何よ。悔しくて泣きそうなんでしょ。わかったら身の程を知って消えてくれる?」

「あの、いや、別に悔しいとか全然ないんですけど」

「生意気ね、何よ」

「………ちょっと、いきなり言われても分からないので、本人に聞いてもいいですか?」 


 わたしは、ポッケからスマホを取り出す。


「あと、ビール飲みたいんですけど……唐揚げもまだ残ってるし」

「は!? あんた、なにするつもりよ」

「…………事実確認?」

「事実確認に酒は必要なのか」


 威厳のあるジジイに突っ込まれた。


「というか、待ちなさいよ。あんた、なんで鍔夜の連絡先知ってるのよ」

「なんでって……無理やり登録されたんですけど」

「は!? あ、あたし、仕事用しか携帯無いとか言われて教えられなかったわよ………!?」


 ジジイの後ろから「ゴゴゴゴゴゴ」と地鳴りみたいな音が聞こえる気がする。女が、かぁっと赤くなった。あれ、地雷踏んだ?と思った瞬間、


パンッ


 と、頬に痛みが走って、わたしはよろついて倒れ込む。頬がヒリヒリ痛む。女は、目に涙をためて、唇を噛んでいた。


「なんで!なんであんたなんかが!鍔夜の!」

「待って嘘ですジョークジョーク、連絡先など知りません!」

「なら、今かけてるのは誰よ!」


 プルルルルル、と静寂に電話が鳴り響く。

 ガチャっと音がした。


『おい、みかる。何があった』

「つばやさん、空気読んでくれ。そしてなんとかしてくれ。お前のせいだぞ私が死んだら」

『…………は?空気?というか、お前』


バンッ!!

 

 スマホが奪い取られたかと思うと、叩きつけられた。脆い液晶は、粉砕して床にバラバラと破片を落とした。


 え、うそやん。


 なかなかショックで呆然とする。


 そんな中、さらに美女は「なんで、なんであんたが!」と取り乱してわたしの髪の毛を掴んだ。そのまま頭を叩きつけられた。


「ぎゃっ!!」


畳といえど痛い。額、切れたみたいで、血が落ちる。


「…………阪奈みかる」


 ジジイが重く言う。


「儂の孫娘の婚約者を寝取って、無事でいられると思うなよ」

「ちがうって! もしそうだとしても、被害者だ! ほ、ほんとに、知らないしわかんねーよ!」


 言いながら、謎に涙が溢れてくる。つばやさん、なんだよ……! どっちが嘘ついてんだよコレ!


「あんたたち、こいつを縛ってとりあえず、倉庫にでもぶち込んで」

「はい。お嬢」


 スキンヘッドたちにロープで縛られ、担がれたかと思うと、庭にある倉庫に連れていかれ、乱暴にいれられた。


「ぐえっぷ!」


 埃っぽい、真っ暗な場所だ。阪奈みかるは危機感が薄い。しかして、ようやく


 あれ、これまずいんじゃね? と実感してきた。


 でも、大丈夫だ。きっと、つばやさんが助けに来てくれるはず。そう信じたいのに、ぶるぶる慄える手足が、正直な心を写していた。

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