314 北条大包囲網 序章 武田
314 北条大包囲網 序章 武田
1555年 6月 武田
「公方からの手紙だと?」
信玄が湯地場で疲れを癒していると配下から大急ぎの件だと報告が入ってきた。
「ここに持ってきているのか?」
「はい、使者殿が来ていましたが、御屋形様は忙しいということで文だけ貰って来ておりまする。」
そう言って、他のものが盆に文を置いて持ってきた。別のものから布を受け取り、手についた水が文をふやかさない様に気をつけて中を改める。
「…ふむ。中々愉快な事になっているようじゃのう。」
信玄はそのまま文を持ち湯地場を後にすると家人達に身の回りのことを任せる。
「ワシの部屋に文と墨と硯を用意しておけ。このような祭り参加せぬ訳がないだろうて。」
信玄が部屋に戻り文を書く準備ができているのを確認すると余人を入れないようにした。
(誰がこんな負け戦に参加するのじゃ。やる訳がなかろうて。)
先ほど言葉に出したのは味方や敵を欺くための欺瞞工作である。上杉を旗頭に北条の征伐、確かに大包囲網を敷けば可能か不可能かで言えば可能性はあると言ったところだろう。
北条は1つにまとまっている。しかし、包囲網を敷く側は上杉と武田と東北の有象無象だ。兵力面では優勢を取れるかもしれないが、兵の質や連携では大負けだ。
上杉と東北勢力がうまくやれば関東を掠め取る事くらいは狙っても良いか、それとも北条に通じて勝ち馬に乗るか。上杉へと手を出すことはできないが、他の領地に手を出してもいい。
どちらにもいい顔をしておくか。ワシは、武田は今回の戦には傍観者側に立つ。昨年の戦の傷も癒えておらぬ、手に入れた領地も信濃甲斐と広く外に出るにはあまりにも不安要素が多い。
「よし、これでいいだろう。誰かいるか!」
闇の影に向かって声をかけるとやってきた望月達に、身体を背けながら見ていないようにして文を渡す。
「こちらの文を上杉に、こちらの文を北条に、必ずバレないよう届けろ。」
「はっ、どちらも忍びに渡してもよろしいでしょうか?」
北条達の草は、耐え忍ぶものとして忍びと呼ばれているようだ。最近は周辺国でもそれが広まってきており、望月達も自らをそう称するようになっていた。
「ああ、軒猿と風魔に必ず渡すようにしろ。それと可能な限り中へ入ってこい。」
「はっ!」
望月が影へと消えていくのを気に留めず部屋から出て再度湯地場へ向かっていった。




