10話 ピースメーカーの仕事②
「俺、別に迷子じゃねーし! ピースメーカー? 半妖の集まりじゃねーか」
迷子のはずの中学生が、探索者用の立派な剣を持ってそこに立っていた。
ふてぶてしい顔に、はっきりと嫌悪が浮かぶ。
グランディアの民の血を引く身としては、ここまであからさまな侮蔑は久しぶりだった。
「ははは、迷子くん。僕たちが来たからにはもう安心だよ。出口に向かおうじゃないか!」
「アンタ邪魔だから、ここでゲボクと待ってなさい。あたしたちがボスモンスター倒して、出口開けてあげるから」
ネオとユーナは、完全にシカトに入る。
暴言でいちいち傷つくような神経は、二人とも持ち合わせていない。
おこちゃまのトゲなど、拾う価値もないのだ。
ルクスと子供を置いて、ネオとユーナは二本の道を分かれて走る。
「俺は一人で出れるんだよ! 余計なことすんな!!」
「危ないから、剣しまってくれないかな? ボク」
ルクスの声掛けは間違っていた。
少年の顔が、軽蔑から羞恥に真っ赤に染める。
「誰がボクだ!! 俺は卯実賢人だ! もう十三だぞ、バカにするな!」
「あ、ごめんね。中学二年生かな? 俺の妹は十二でね~すごい可愛いんだー」
「そんなん聞いてねえわ! さてはバカだな、おまえ!」
ルクスの心配は、本音と業務上のものと二重になっていた。
ピースメーカーとして、対象者が怪我をしていると報告をしなければならない。
ルクスと二人になってから怪我をされたら、怒られるのはルクスだ。
それにルクスからしたら、可愛い妹と大して変わらない少年が怪我をするのも見たくない。
明らかに剣を持ち慣れていない、その手元が怖い。
「ねえ、賢人くん」
「なんだよ、ばーか」
「その剣、危ないから出るときまで俺に貸して?」
「パクろうったって、そうはいかないからな! 半妖のくせに俺に触るな」
ルクスは、むき出しの剣を握る。
手から、血がたらりと垂れた。
ルクスはそのまま、丈の短いティーシャツをまくって腹部に剣先を押し当てた。
「なにすんだ! あぶねーのはそっち……離せ!」
剣が、ぐさりとルクスに刺さる。
賢人は、生々しい感触に思わず手を離しかけたが、ルクスの反対の手がそれを止めた。
「おまえっ……なに考えてんだ! 俺のせいじゃ……」
「こういうこと、なんだよ。賢人くん」
見る見るうちに傷は塞がっていくのを、賢人は震えながら見る。
ルクスの声は静かで、怒るでも諭すでもなかった。
ただ、賢人の手のひらには嫌な感触だけが残っている。
「武器を持つってこういうことなんだよ。だから、危ないよ」
「……キモい半妖だな!! 渡せばいいんだろ……」
「うんうん、出るまで俺が預かるからね」
ルクスは半妖ではない。
ヴァンパイアと悪魔のハーフなのだが、敢えて説明しなかった。
それより賢人が、同じことを繰り返さないかどうかが心配だった。
また突撃しても依頼が増えるだけだと喜ぶのは、ユーナたちだ。
「ていうか、あんたは何で素手なんだ?」
「あ、バレた? てへっ」
「かわいくねーし! ……なんかこだわりでもあんの?」
「イエ、ビンボウナノデ……」
思えば、もう貯金もない。
ユーナに泣きついて前借りでも出来ないかと、愚かにもルクスは案を練りだした。
武器をレンタルするにも、買うにも、そこに割くお金はない。
ましてやユーナが、ユミエラの為に医者を呼んでくるのであればなおさらだ。
「……しょーがねーな。ソレ、貸してやるよ」
「え? 今なんて言ったの、賢人くん」
「だから! 俺のその剣、鬼哭丸ていうんだけど……俺が探索者になるまで、無利子で貸してやってもいいぞ」
「ほんとーーーーーー!!? 賢人くんカッコイイ!! でもでも、お高いんでしょ?」
「俺のとーちゃん、あの菱石商事の営業部長だからな! 言っとくけど、この鬼哭丸も一級品だからな! 本来ならおまえみたいな半妖、買えないんだぞ! ありがたく使えよ!」
照れたようにまくし立てて、賢人はルクスに剣の鞘を突き出した。
利子も取らないで、あと五年以上も貸してくれるのだ。
今のルクスには、存在が眩しい。後光が見える。
「あの菱石商事! 全国二位の大型魔導ショップ! しかも城石深玲のスポンサーのあの!!」
「変な覚え方してるな、おまえ……」
「でもでも、勝手に賢人くんが持ち出したものを借りていいの?」
「ハン。持ち出したんじゃねえ、お小遣いで買ったんだよ!」
「お小遣いの暴力!!」
ほら、と賢人は手を出した。
察しの悪いルクスは、その手にお手をする。
「ちげーよ! 貸すんだから、スマホの連絡先よこせよ! やっぱりおまえパクる気じゃ……」
「あ! 連絡先ね!? はいはい、ルクスといいます」
ルクスのマナスマホを受け取ると、賢人は自分の連絡先を入れてメッセージを送った。
そのあと、自分のスマホでそれを確認する。
ルクスより、かなりいい機種をしていた。
「おまえ、苗字がないのか……?」
その瞬間、汚れた様子もなくネオとユーナがそれぞれ帰ってきた。
にんまりしているのはネオで、どうやらダンジョンボスを倒したのはネオらしい。
「よーし、帰り道は確保したぞ! いい子でいたかな?」
「今日はハズレね。倒したモンスターは回収してきたから、ゲボクはこっちの道のモンスターを収納しながら来なさい」
「はい! 荷物持ち頑張ります!!」
賢人は、先を率先するネオとユーナに大人しくついて歩きだした。
ルクスは、大量に狩られているモンスターをひたすらアイテムボックスに入れていく。
ボスモンスターの巨体を簡単にしまい込むルクスに、賢人が目を見張った。
出口から全員が顔をだすと、ダンジョン発生局が一気に動き出す。
安全を確保したところで、マナ石掘りの炭鉱探索者たちが順番に入場していくのが見えた。
「わーい、出口だ! ありがとう! なんてぜってー言わねえからな!」
「別に求めてないわよ。自費で二割、親御さんに払ってもらいなさいね」
賢人の名前を泣き叫ぶ声がして、母親らしき女性が泣き崩れている。
あとで、盛大に叱られるのだろう。おそらく。
「……じゃあな、ルクス」
「ばいばい、賢人くん。また今度ね!」
狩ったモンスターの数は、ダンジョン発生局に報告しなければならない。
手続きのため、ルクスは手を振って別れる。
結果的に、仕事をしたら武器が借りれた。万々歳だ。
「ゲボク、あの子と随分仲良くなったのね。相変わらず変わってるわ」
「いい子ですよお、賢人くん」
「ははは、ルクスのいい子は、雑だからな」
消えたダンジョンを振り向きながら、ルクスは笑った。
「ホントーですよー。いい子でした」
中学生から武器を無利子で借りた男は、アイテムボックスからモンスターを取り出す。
この判断が、のちのルクスを助けることになろうとは、本人もまだ知らない。
ルクスの人柄が、なんとなく伝わってきたかなぁと思います




