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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
最終章:錬金術師、選択する
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小旅行の終わりに

 トウルは皿洗いを終えると、二階から一階の店でお喋りをしていた両親とリーファのところへ移動した。

 カウンターに三人で座り、トウルが昔作った不格好な両親の人形と、リーファが作ったトウルの人形の前で談笑している。


「父さん、母さん、ミリィを泊めていっても良いかな?」


 トウルが尋ねると、トウルの父であるユージと母であるカスミが親指を立てながら振り向いた。


「ほぉ」

「やるわね。トウルちゃん! 部屋は一緒にしておこうかしら?」


 悪ノリする両親に、トウルはげんなりした顔で首を横に振った。

 そんな冗談みたいな話は昨晩すでにやったばかりだ。


「部屋は別にしておくよ……」

「ねー、リーファは?」

「え? 俺の部屋のつもりだったけど、違う部屋の方がよかったか?」


 当たり前だと思っていたトウルはリーファの質問の意図が少し分からなかった。


「ううん。お父さんの部屋がいいなー」

「そっか。良かった」

「そう言えば、お父さん。あれいつ渡すの?」


 ワクワクした表情でリーファが尋ねてくると、トウルの視線は人形達に移った。


「そうだな。今にするか。取ってくる」


 トウルは一度自室に戻ると、男女一組の人形を手に一階へ戻ってきた。


「父さん、母さん、これ、リーファと一緒に作ってきた」


 トウルはカウンターに並べられた人形の端に、新しく作った人形を乗せた。

 二十を超えて子供っぽいと思いつつ、トウルは小さい頃のリベンジをしたのだ。

 それにリーファに完成度で負けてられないという気持ちもあった。


「私とカスミか」

「ふふ。こうやってみると随分と上手になったわねー」


 反応こそ薄いがトウルの両親は二人とも目を細めていた。

 時の流れを感じさせつつ、変わらない絆があるように見える光景だった。


「トウル様ー。私もご両親にご挨拶を……って、あら? 人形が増えていますね」


 ミスティラも一階へ下りてくると、カスミが人形を両手に抱えて見せつけていく。


「トウルちゃんとリーファちゃんが作ってくれたの」

「あっ、ガングレイヴさんの工房で作ったんですね。へぇー。やっぱ十年以上経つとすごく上手になりますね。ふふ、でも基本の見た目は同じです」


 服装も表情も同じ作りをイメージして、錬金術師として腕を上げた証を見せたかった。

 言うなれば、工房の柱につけはじめてリーファの身長を記録した線みたいなものだ。

 リーファはどれだけ成長してくれるのか。

 それが俄然楽しみになるトウルだった。


「ふふ、トウル様が最初に人形を作ったときは、口の中から綿が飛び出して、酷いことになったんでしたっけ? 十回くらい挑戦して、ようやく出来たとか」

「なぜそれをっ!?」

「ガングレイヴさんから聞きました」

「ま、まさか……それ以外にも……」

「えぇ、バッチリ」

「はは……ハハハ。はぁ……」


 最高に明るいミスティラの笑顔に釣られて、トウルも引きつった笑顔を浮かべた。

 数年分はからかわれるネタを手に入れたであろう彼女に、からかわれずに済む時は訪れるのか、そんなことを心配するほど素敵な表情だった。



 翌日の朝、トウル達は朝食を済ませると、シャルを迎えに行くためにすぐに出発の仕度をしていた。


「それじゃ、行ってくるよ。また時間があったら遊びに戻る」


 店の入り口でトウルが両親に挨拶すると、二人とも穏やかに頷いた。


「また来るね。おじいちゃん、おばあちゃん」


 リーファが二人にそれぞれ抱きつき、頭を撫でて貰っている。

 そして、孫を前にして緩みきった両親の顔にトウルは小さく笑った。


「お世話になりました。おじ様、おば様」

「いえいえ、ミリィちゃんもいつでも遊びにおいで。お姉さんミリィちゃんも応援してるから」

「ふふ、ありがとうございます。では、失礼致します」


 ミスティラもスカートの端をつまみあげて、丁寧にお辞儀をした。

 そうして、挨拶をすませたトウル達は、魔法局でシャルを拾い、星海列車で村へと戻っていった。



 奇しくも、ミスティラの手助けをしたことで、トウルは彼女とのデートをすることが出来た上に、自分の原点を見つめ直すことが出来た。

 トウルは工房で彼女達を降ろすと、帰ろうとするミスティラの手を掴んだ。


「トウル様? どうかいたしました?」

「あっ、えっと。……ありがとう。ミリィ」

「私の方こそごめんなさい。大婆様の件で迷惑かけたのに、さらに私のワガママにまで付き合って頂いて」


 トウルは何が言いたいのか分からなくなって、何とか言葉をひねり出していた。

 ミスティラの方はトウルの戸惑いを指摘せず、謝罪を返してくれている。

 そんな言葉はトウルの欲しい物ではなかった。


「あのさ。ミリィ」

「うん?」

「こんなことを言ったらお婆さまに申し訳ないけど、俺は楽しかったよ。久しぶりに師匠に会えたし、懐かしい実家の味も食べられたし、だから、これからも変に気を遣ったり、遠慮する必要ないからな。困ったことがあったら言ってくれ。全力を尽くす」


 手を離さないまま、トウルは真剣な眼差しをミスティラに向けていた。


「トウル様、なら早速困った事があります」


 すると、ミスティラの方も頬を赤く染めて、困ったようにトウルから目を反らした。


「どうした?」

「今、トウル様をからかいたくて仕方がありません」

「どうしてそうなった!?」

「いや、だって、トウル様が格好良いって思ったら、急に恥ずかしくなって」

「照れ隠しなのっ!?」

「あはは。本当にトウル様は良い反応してくれますね。早速解決してもらいました」


 トウルの反応にミスティラはケラケラと笑っている。

 トウルが決めたと思ったらすぐこれだ。

 そんな彼女にトウルも釣られて笑っていた。


「ホントに良い性格してるよ」


 呆れて笑うトウルの顔にミスティラが目を瞑りながら顔を近づけて来た。

 頬に触れそうになった彼女の唇は、寸手の所で脇にそれてトウルの耳元へと近づけられる。


「大好きですトウル様。また遊びに来ますね」

「あぁ、いつでも来い」


 さすがにからかわれると言われたら、キスの振りだと見抜いていた。

 耳元に息が吹きかけられてくすぐったいのも、身構えていれば耐えられる。

 何とか余裕を見せつけたトウルがミスティラの手を離すと、彼女はそのまま振り返ること無く、余裕を見せて立ち去っていった。

 かなり期待していたのに、裏切られてトウルは一瞬呆然とした。

 完全にトウルの気持ちを見抜かれたのだ。

 本当に最後までからかわれた。でも、そんな自分の予想を超えてくる彼女がより愛おしく思ってしまう。

 そう思って苦笑いするトウルは振り向くと、リーファと一緒に工房の方へと歩き始めた。

 ミスティラのお願いから始まった原点を巡る小旅行は、こうして幕を閉じる。


「リーファは楽しめたか?」

「うん、楽しかったよー。お父さんのこといっぱい知れた」

「そっか。それは良かったよ」


 リーファの感想にトウルは笑顔を作って頷いた。

 リーファの言葉の裏には、自分のことも知りたいという気持ちが隠れていることを、トウルは気付いていたのだ。

 だからこそ、今度はリーファにもう一つの繋がりを見せてあげないといけない。そうトウルは考えていた。

 今度はリーファを彼女の始まりの地に連れて行こうと決めた。

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