師匠と弟子の高笑い
「なぁ、リーファ。後もう一つだけ付き合って貰えるか?」
「何作るの?」
「人形。作ろうと思ってさ。手伝ってくれるか?」
「もちろんいいよー!」
リーファの快諾にトウルは優しい笑顔で頷いた。
そして、パイプの錬金が終わった後、トウル達は布と綿で出来た小さな二体の人形を錬成した。
そして、錬金が終わったトウルは人形をカバンに入れ、一階の居間へと戻ると、パイプと錠剤の入った瓶を設計図と一緒に、お茶を飲んでいたガングレイヴ師匠に手渡した。
「師匠。出来ましたよ」
「おっ、来たか。どれどれ。ふーむ。なるほど。パイプは悪くない仕事をしてきたな。これなら毎日使えそうだ。やるようになったじゃねぇか。まだまだ俺様には届かないけどなっ!」
「まっ、これでも一人前の錬金術師になりましたからね」
最上級のガングレイヴ師匠の褒め言葉に、トウルは笑顔で胸を張った。
「くくく。良い顔で言うようになったな。んで、薬の方は……ほう、これはなかなか面白いな」
「これがリーファの才能なんですよ」
「あぁ、俺が錬金したみたいだ。なるほど。お前が入れ込むわけだな」
師匠はリーファの錠剤をトウルのパイプに入れ、マッチを使って火をつけた。
そして、大きく息を吸い込んでから、紫煙をゆっくり吐き出した。
「使用感もばっちりだ。二人とも良い仕事をしてくれた」
「えへへー。リーファも錬金術師だからねー」
「あぁ、これだけ出来れば大したもんだ。んじゃ、俺からのお節介は一つだけ。トウルにも言われているかもしれんが」
ガングレイヴ師匠はそこで一旦言葉を句切ると、リーファの前にしゃがみこんだ。
「お前の色を出して見ろ。失敗しても構わん。そこにいるお前の親父は、さっきお前達がいた錬金部屋を何十回、いや、何百回と黒炭だらけにした男だ」
「うん。頑張るー」
「良い返事だ。がんばれ」
師匠はリーファの頭をワシャワシャとなでると、満足したように立ち上がった。
「トウル、お前だけちょっとこっち来い」
そして、トウルに声をかけると、上を指さしてきた。
錬金部屋で何か話があるようだ。
「あ、はい。ミリィ、リーファを頼んで良いか?」
「はい。リーファ、こっちにおいで」
リーファは不満そうに頷くと、何度もトウルの方をチラチラと振り向きながら歩いていた。
「大丈夫。ちょっと師匠の体についてだからさ。すぐ戻るよ」
「そういうことだ。悪いなリーファ。少しの間、親父さん借りる。すぐ返すから安心しろ」
そう言ってトウルとガングレイヴは二階へと上がっていった。
そして、わざと製図室の扉を開けっ放しにして、椅子に座った。
「扉開いてますけど?」
「こそこそついてきても分かるようにな」
「……気付きましたか」
「あぁ、信じられないが、その反応は本物らしいな」
窓際で二人は小さな声で話を始めた。
「俺と違って、しっかり国家錬金術師をやっていたお前があんな田舎村に飛ばされて、お父さんをやっているとゲイルの奴に聞いた時は耳を疑ったが、あれが器の子か」
「はい」
「あの偏屈ばあさんの子か。それにしては随分素直な良い子になったな。俺も若い時に会ったことがあるが、完全に洟垂れ小僧扱いだったぜ」
「はは。村のみんなのおかげです」
「昔のお前だったら、そこらの国家錬金術師より能力があるから当然です。とか言いそうなのに、随分お前が素直にされたもんだ。まるでここに来たての時みたいじゃねぇか」
「ははは……本当に村のみんなのおかげです……」
同じ言葉のはずなのに、随分と意味合いが異なる物だとトウルは苦笑いした。
そして、トウルはリーファとマリヤの事情を師匠に説明した。
マリヤの精神は基本的に眠っていること、リーファは自分の意志で生きていること、そして、マリヤの意志を説明した。
「それと、マリヤは自分の想いをリーファに託すと言っていました。表舞台に出て何かしようなんて思っていないですよ」
「ほぉ、何でお前にそれが分かる?」
「俺も親。ですから。きっとリーファが泣いたり、苦しんだりした世界だったら、色々荒らしていたでしょうね。でも、今、リーファは不安があっても楽しそうに一生懸命生きている。だから、見守ろうとしているんだと思います」
「理屈じゃないな。いや、それもまた道理か。ま、元師匠としてお前に言えることはあれだな」
ガングレイヴ師匠は咳払いをすると、真っ直ぐ背を伸ばした。
顔は憎たらしいどこかトウルを見下したような目をしながらも、口元は嬉しさを隠しきれない笑顔になった表情をしている。
つくづく素直じゃ無い師匠だとトウルは心の中で笑った。
「良い錬金術師になったな。俺には敵わないが、ま、そこらの錬金術師より出来る腕になったぞ」
「師匠の弟子ですからね。そこらの錬金術師には負けませんし、師匠にだって負けるつもりはありませんよ」
「くっくっく。上等だ」
「ふっふっふ。負けても言い訳は無しですよ師匠?」
「「くくく。あーっはっはっは」」
二人で揃って高笑いしていると、階段の下からリーファとミスティラが駆け上がってきた。
「何しているんですの? あの二人」
「んー、分かんないけど、お父さん楽しそうなの。リーファもお父さんと一緒だと楽しいから、きっと同じなの」
「そうね。楽しそうだからいいかしら」
そんな彼女達の言葉をトウルと師匠の笑い声がかきけした。
○
師匠とのやりとりも終わって、トウルの実家に戻った一行は、カスミの作った食事に舌鼓を打っていた。
東方地方から中央に送られてくる米を使った料理で、香辛料の良く利いたとろみのある肉と野菜のスープをかけている。
甘み、酸味、うま味、辛みが口の中を絶えず満たしてくる。
トウルも久しぶりな実家の味に、穏やかな表情を見せている。
「懐かしい味だな。カリーは何ヶ月ぶりだろ」
そうぽつりと呟いたトウルの言葉に、リーファとミスティラが食いついた。
「おばあちゃん、後で作り方教えてー。村に戻ったら、リーファがお父さんに作ってあげるからー」
「私も是非教えて欲しいですわ」
そんな二人の申し出にカスミは手を握って喜んでいる。
「ほらー。お父さん、見て下さい。聞いて下さい。いつも、うん、うまい。としか言わないお父さんとトウルちゃんとは大違いですよー!」
「美味い以上の言葉が思いつかない」
「もう張り合いがないんだからー。せっかくトウルちゃんがお友達と家族を連れてきたのよ? ふふ、でも良いわっ! お袋の味というのをしっかり伝授してあげるっ!」
カスミはよっぽど嬉しいのか、腕をまくってやる気を出していた。
そんな女性陣の様子を見てトウルは、はたとあることに気がついた。
これもきっと延々と繋がっていく知識なのだろう。
そんなことを思ったら、自分でもレシピを知りたくなるトウルだった。
「母さん。俺も教えて貰って良いか?」
「錬金術で作るつもり? 母さん圧縮係数とか分かんないわよ?」
「いや、普通に作れるよ」
「冗談よ。まぁ、錬金術でも作れるようにがんばって覚えてね。リーファちゃんにちゃんと食べさせてあげて」
こうして、トウル達の休日は料理のレシピ覚えで終わっていった。
カスミの味を再現することも出来て、晩ご飯は昼より随分豪勢なメニューになってしまった。
みんなが夢中になって作っていたせいか、気がついたら日も暮れている。
キッチンの片付けをしていたトウルは、外を見て重大な問題を思い出した。
「ミリィ。もしよければだけど……」
「はい?」
隣で一緒に洗い物をしていたミスティラの顔を見て、トウルは一度大きく深呼吸をした。
別に下心がある訳じゃない。狙ってこの状況を作った訳でも無い。
それでも、言葉を切り出すのには随分と緊張した。
「えっと……泊まってくか? うちに」
「え?」
皿を持ったままミスティラがきょとんとした顔で固まっている。
そんな反応をされたので、トウルは一気に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にした。
「だから……宿取るの忘れたし……うちに泊まってけよ。部屋は空いてるから」
「トウル様、顔真っ赤ですよぉ? 何を想像してるんですか?」
「うっ、何も想像してない。ただ、友達を家に誘ったことなんてないからだな……。別に寂しいからじゃ無くて、ミリィを一人にするのが心配なだけで」
「ふふ、分かってますよ。トウル様。ありがとうございます」
「……そっか。なら、部屋の片付けしておくな」
断られなくてトウルがホッと笑顔になる。
これでシャルとのミスティラを頼むと言われた約束が果たせる。
それに恥ずかしくても、言えるようになれたことがトウルにとっても嬉しかった。
顔を真っ赤にしながらもトウルが皿を急いで洗っていると、ミスティラがトウルの耳元に急に口を近づけた。
「大好きです。トウル様」
「うひゃっ!?」
「あはは。変な声でましたね。トウル様かわいい。最近は特に不意打ちに弱いですねー」
「くっ……また油断した……」
隣でケラケラと笑うミスティラに、トウルはまた深いため息をついた。
ドキリとさせられると、大抵落ちがつくことをトウルは理解していたが、油断したり不意打ちにはまだ弱かった。
本気なのか嘘なのか分からない。
そんなつかみ所の無いミスティラの言動も、魅力の一つなのだろう。
「はぁー……俺も大好きだよ」
「っ!?」
「ん?」
「何でも無いです。ありがとうございます。トウル様」
一瞬ぴくっと震えたミスティラだったが、表情は特に変わること無く笑顔のままだった。
トウルは少し首を傾げると、水が顔にでも飛んで冷たかったのだろう。と判断して
すぐまた食器洗いに戻った。
その後、不思議なことに皿洗いが終わるまで、ミスティラからのからかいは止まっていた。




