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賢者の錬金工房~田舎で始めるスローライフ~  作者: 黒縁眼鏡
最終章:錬金術師、選択する
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ミリィの不安と誤魔化し

 トウルはミスティラとリーファと合流すると、星海列車を発進させた。

 高度は出来るだけ低空飛行で飛び、まずは村の雑貨屋を目指した。

 そして、薬の類いを預けると、全速力で中央へと向かって飛び立った。


「大体三時間ぐらいでつくはずだ」


 トウルが運転席の隣に座っているミスティラに声をかける。


「前より一時間ほど速くなりました?」

「あぁ、日々改良しているからな。ただ、中央の着陸場所は開発局の倉庫だけなのがちょっと難儀なんだよな。市内は馬車に頼る必要があるかも。ミリィの師匠はどこにいるって?」


 場所によってはミスティラを一人で先に降ろす方が良いかもしれない。

 トウルはミスティラの祖母が開発局の近くにいることを祈りながら、尋ねた。


「えっと、魔法局のゲストハウスみたいです」

「魔法局……確か開発局からそう遠くないところにあったな。魔法使いの戸籍管理と教育方針を決定する場所だったか?」

「そうですわね。後は各地の精霊の状況から、天変地異や豊作と凶作を占ったりしている組織です。大婆様は吉凶の報告をしにいったのですよ」


 どこか心あらずといった感じで、ミスティラがトウルに魔法局の説明をした。

 トウルは精霊での占いを始めは信じていなかったが、精霊祭を経験したおかげでようやく魔法局の意義を理解した。

 人の世界とは違う次元に生きる精霊達は、人には見えていない物が見える。

 魔法使い達は超常現象を引き起こす魔法だけで無く、精霊の声に耳を傾ける占いも真剣にやっているのだ。


「すげーな。魔法使い。ミリィも占い出来るのか?」

「はい。明日の天気を占ったり、牧場や畑の状態を占うこともしてますよ。保安員しているので、時々ですけどね」

「へー。それ人も占えるのか?」

「極めれば出来るみたいですね。人の中を流れる魔力の流れを見て、その揺らぎで判断するみたいです。私はまだそこまで分からないですけど、修行次第です」

「医者みたいだな。ミリィもいつかそんな感じになるのかー」


 ミスティラと話を続けて、何とか彼女の不安を紛らわせてあげたい。

 トウルが思ったままの感想を伝えると、ミスティラはくすくすと笑った。

 そして、トウルの耳にミスティラの唇がくっつきそうになるほど近づくと、とても色っぽくて、優しく囁いてきた。


「でもトウル様のことは、今でもお見通しですよ?」

「ふぁっ!?」

「うふふ。今すっごいドキドキしていますね。顔、真っ赤ですよ?」

「か、からかうなよ。運転中だぞ……」


 ミスティラが腕をトウルの腰に回して後ろから抱きついていた。

 トウルは運転席にいるため、ビックリしても動くことすら出来ない。

 キスされるかと思ったトウルは、未だに心臓がどきどきしている。


「ふふ、トウル様も私でドキドキしてくれるんですね?」

「……それぐらいするよ。ミリィも女の子なんだから」


 それもトウルが好きな相手だ。


「あら? 女の子なら誰が相手でもドキドキするんですか?」

「……んな訳あるか」

「へぇー。私だから、トウル様はドキドキするんですね?」

「うっ……」


 トウルの肩にミスティラの頭の重みが加わる。

 彼女の髪が頬にふれて、トウルは少しくすぐったさを感じていた。

 リーファに抱きつかれた時には、絶対に感じない胸の鼓動の理由をトウルは知っている。


「私もトウル様だから、ドキドキしているんですよ?」

「ミリィは……その……俺のこと好きなのか?」

「いいえ? 好きではありませんわ」

「……そっ……か」


 トウルが勇気を出して聞いてみたが、ミスティラはその問いに答えた途端に、トウルから腕を放して離れた。

 吐き出すだけで気分が沈みそうな思いため息をトウルがつくと、背後でくすくすとミスティラの笑い声が聞こえてきた。


「ぷすす。あはは。もう無理ですわ。こらえきれない。あはは」

「ミリィ?」

「私はトウル様のこと、大好きですよ? 好きでは収まりませんわ。こんなにからかいがいのある人、他にはいないですもの」


 ミスティラが帽子を深く被りながら、舌をちょろっと出してお茶目に笑っている。

 落ち込んで心臓が随分ゆっくりになったトウルも、大好きの一言と悪戯っぽい笑みで急に速く鼓動を打ち始めた。

 そして、トウルは相変わらず人の気持ちを振り回す彼女に、対抗しようと決意を固めた。


「はぁー……。ったく、大好きだよ。その性格」

「ふふ、どういたしましてトウル様」


 トウルの反撃にミスティラはスカートの端をつまみあげ、優雅にお辞儀を返してきた。

 やっぱり一枚も二枚も彼女の方が上で、トウルは苦笑いしてしまう。

 自分と対等かそれ以上に言い合えるのに、後腐れの無い関係がトウルは本当に好きだった。

 もはや恒例になったミスティラとのやりとりは、こうして一旦止まる。

 はずだった。


「ミリィ?」


 今度は音も立てずミスティラがトウルの前に、顔を出してきた。

 帽子をとっているせいで、今度は顔がよく見える。

 月明かりに照らされてミスティラの潤んだ緑色の瞳は宝石のようだった。

 トウルの意識が吸い込まれそうになると、ミスティラが目を瞑って唇を近づけて来た。

 魔法にでもかかったかのように、何かに押される力にトウルは抗えず、唇をミスティラに近づけていった。


「みーちゃん、宿題出来たから、始めようよー」


 唇が触れる直前、リーファの声で、トウルとミスティラは軽く飛び上がるほど、ビクッと震えた。


「ふふ、残念でしたねトウル様」


 ほんの少し頬を染めたミスティラが妖艶な笑みを残して、トウルの唇に指をあててくると、目の前から離れていった。

 トウルは驚きのあまり未だに息が止まっていた。

 リーファの声が数秒でも遅れた場合の未来を想像してしまって、トウルは顔を真っ赤にしている。

 そんなトウルの目の前に、今度は突然ミートボールの刺さったフォークが二本差し出された。


「お父さん。はい、あーん」

「トウル様、はい、あーんしてください」


 リーファとミスティラが楽しそうに息を合わせて声をかけてくる。


「え? え!?」


 突然の出来事にトウルが横を向くと、期待に目を輝かせるミスティラとリーファがいた。


「運転中は手が離せないと思いまして、私たちが代わりにお弁当を食べさせてあげましょうと、リーファと約束したんです。はい、トウル様、口を開けて下さいませ」

「お父さん口あけてー。リーファがあーんさせてあげるー」


 トウルは顔が熱くなるのを感じて、もう一度前を向いて二人を視界から外した。


「……えっと、その……恥ずかしいんだけど」

「私とリーファしかいないんですよ? なんでトウル様が恥ずかしがるのですか? あ、もしかしてトウル様、口移しをご所望ですか? さすがにそれは悩みますわ」

「そっちの方がよっぽど恥ずかしいって! 分かったよ。いただきます」


 トウルは意を決して、上側にあったミスティラの肉団子にかじりつき、一気に半分を口の中に入れた。


「ふふ、素晴らしい食べっぷりです。トウル様」

「次、リーファの番だよー」


 今度はリーファの誘導にしたがって、トウルが肉団子を口に含んだ。

 リーファは全部食べさせたいのか、トウルが一口かじってもなかなか動こうとしない。


「全部食べてねー」

「ありがとな。でも、リーファもちゃんと食べろよ」

「お父さんが食べたら食べるよー。だって、お父さん運転でご飯食べるの忘れそうだったんだもん」

「あはは……」


 リーファの注意にトウルは苦笑いした。

 心配する立場なのに心配されていることが、嬉しいのだけれどくすぐったい。

 そんな良い気持ちでリーファからの差し入れをトウルは食べきった。


「トウル様、少しこっち向いてください。さっきの続きです」

「ん?」


 ミスティラからの差し入れはまだ食べきっていない。

 そう思ってトウルが横を向くと、ミスティラはトウルのかじった肉団子を彼女の口に入れて飲み込んだ。そして、食事の代わりに、トウルの唇には右手の人差し指を、彼女自身の唇に左手の人差し指を当てている。


「間接ですけど、立派なキスです」


 悪戯っぽく笑うミスティラにトウルの顔が真っ赤になる。

 先ほどみたミスティラのキスをねだる表情と、唇が頭の中で再生された。

 頭から火でも出そうな程にトウルは恥ずかしくなった。


「あはは。トウル様、顔真っ赤ですよ? 何を想像したんですかぁ?」

「な、何も想像してないっ」

「そうですかー。なら、いいです」

「はぁ……油断した。またからかわれた」


 トウルは頭を抱えてため息を思いっきりついた。

 恥ずかしさも悔しさもちょっとした下心も全て吐き出すつもりの、長い長いため息だった。

 そんなトウルの耳元にミスティラが顔をそっと寄せてくる。


「私は、トウル様とのキスを想像しながら指あてました」

「またお前は……」


 トウルは恨めしげな声を出して、半目でミスティラを睨み付けた。

 だが、すぐにトウルの目は見開かれることになる。

 トウルの唇に触れていたミスティラの右手の人差し指が、彼女の唇に触れていた。


「トウル様のことですから、この先は決めた人としかしないのでしょう?」

「……そうなりたいな」


 一瞬流されそうになったトウルは、少し目を反らしながら頷いた。


「ふふ、私も今はこれで我慢しておきます。って、ごめんなさい。ちょっと不安になって遊びすぎましたね。気を紛らわせないと押しつぶされそうで……」

「まぁ、それで不安がなくなったのなら、からかわれたかいがあったよ。出来れば元気な時ももうちょっと我慢して欲しいけど」

「ふふふ、それは難しい相談ですね。何せいつでもからかっていい許可をプレゼントされたのですから」

「その誤解まだ続いてたのかよ!?」


 中央まで後二時間は時間がかかりそうなのに、からかわれ続けたら気力が持たない。

 そんなトウルの気持ちを察してか、ミスティラはケラケラ笑うとリーファと一緒に客室へと戻っていった。

 静けさの戻った運転席からトウルは星空を見上げてぽつりと呟く。


「暗くても綺麗だな。ホントに」


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