三人集まれば文殊の知恵
トウル達は駅からの帰り道にあれこれと意見を出し合った。
「放魔炉なんだが、やっぱり駅と駅の間に置くのはよくないよな?」
「はい。コスト的な問題もありますし、整備の際にわざわざ交換しに行くのは大変です。万が一故障したら、途中で列車が止まりますし、やはり駅毎の設置が基本になります」
「そうか。となると、エーテルの空気分散を計算に入れて、放出量を調整する必要があるんだな?」
「はい。そこもどうやって出力を上げるか悩んでいたところです。恒常的に高濃度エーテルを流すとなると、すぐに属性結晶が枯渇しますし」
トウルとレベッカが意見をぶつけ合い、問題を洗い出していく。
その会話にリーファもしっかり食らいついてきた。
「ねー、れーちゃん。そのエーテルって、列車と反対側から流れてきても大丈夫なの?」
「えぇ、車両で動力に変換する訳だし」
「あのね。それなら、両方から流せば良いと思うの。遠くなると分散しちゃうんでしょ? なら駅と駅をはさむようにエーテル流せば、どこでも同じ量のエーテルが使えると思ったの。同じレールに流すとぶつかっちゃって分散しちゃうなら、レールごとに流す方向を決めちゃえば良いよね? 流れる川を一本から二本向かい合うように流したら、ぶつかってあふれることもないでしょ?」
リーファの長い説明に、トウルとレベッカは真剣な顔で聞いていた。
子供だからとバカに出来ないリーファの発想に、トウルとレベッカは指を向け合った。
「それだ! ナイスアイデアだ。リーファ」
「それですよ先輩! いわば巨大な循環系にすれば……。リーファちゃんありがとう!」
レベッカはリーファの手を掴むと大きく上下に振った。
「えへへー。リーファも錬金術師だもん。お父さん達には負けないよー」
トウル達は工房に辿り着いた途端、三人で一斉にペンと紙を取り出して、一気に設計図を描き始めた。
「まずはミニチュアで理論が成り立つか試験しよう。リーファは属性鉱石の高純度化の設計図と、超電導鋼の設計図を頼む。レシピはこの本の五百八十ページだ」
「はーい。任せてー」
トウルはリーファには放魔炉の基礎材料を作るよう指示する。
「レベッカは放魔炉の設計図を頼む。資料を見た感じ十分な今の設計図でいけそうだ」
「はい。って、先輩は?」
そして、レベッカには放魔炉の設計図を書くように指示した。
リーファとレベッカの設計図で放魔炉は作成出来る。
トウルが何も作らないとは、レベッカは思っていなかったのだろう。
「俺は充填装置を作る」
「充填装置? もしかして先輩は補給作業を更に簡易化しようと?」
「あぁ、鉄道局の連中が手抜き出来るように、属性結晶の魔力補充機構を作ってやる。さっきのリーファの相互送魔方式とこの充填装置さえあれば、かなりエーテル切れの心配は解消されるはずだ」
自動的に放魔炉の補給が出来れば、装置を設置する以外の仕事はなくなって、さらに簡便化される。
トウルは普及させる際の手間を出来るだけ省くことで、鉄道の高速化を後押ししようとしていたのだ。
リーファが大きくなるまで時間が少ない。
すぐにでも実用化するために、トウルは持てる知恵を全て注ぎ込んだ。
「お父さんこんな感じでどう?」
「バッチリ! 錬金術を始めてくれ」
「はーい」
リーファの書いた設計図にチェックを入れつつ、トウルは自分の設計図を書いていく。
「レベッカ。最終チェックだ。接合部のサイズは間違ってないか?」
「バッチリですよ。先輩」
三人の一流錬金術師が集い、錬金炉が二つもあれば、作業は流れるように進んだ。
昼から始まった作業も、まだ日が出ている内に終わっている。
「ふははは! 出来たぞ!」
「出たー。先輩の高笑い!」
朝に始めた作業は、昼食を挟んで午後のおやつ前には終わっていた。
トウルとレベッカの作った物を合体させると、逆さに開いた傘が乗った四角い箱のような物が出来た。
「ふはははー。出来たよー!」
「リーファちゃんまで真似しちゃったよ!?」
といっても、錬金炉から出てきたのはミニチュアだ。
ちょうどトウルの作っていたミニチュアもあったし、作りたての放魔炉を早速庭にセットした。
「さて、放魔炉を設置して、起動っと」
トウルが放魔炉を起動すると、魔力の切れていたミニチュア列車が走り始めた。
全ては理論通りに動いている。
速度に関しても申し分無さそうだ。
「お父さんちゃんと動いたよ!」
「あぁ、全て俺達の想定通りだ」
リーファがはしゃいで両手をあげている。
その両手とトウルはハイタッチして喜びを分かち合った。
「理論実証は成功ですね先輩!」
「あぁ、大成功だ。後は実際の車両でどうなるかだな」
レベッカもリーファの真似をして手をあげたので、トウルはレベッカとも手の平を打ち合わせた。
次は放魔炉を大型化して駅に設置し、実際の車両が問題無く動くかどうかを確かめる必要がある。
「よし、放魔炉と充填装置を原寸大で製図して、錬金炉に読ませたら、お茶にしよう。リーファ、お茶とお菓子を頼む!」
「はーい」
リーファにおやつを任せたトウルは、庭先で二人きりになった。
二人きりということを意識すると、妙に心臓の音が大きくなるのをトウルは感じた。
「さすが先輩ですねー。あっさり理論以上のことをやってのけるなんて」
「基本は全てに通じるって、師匠の教えでな。自分のやってきたことや、先人の知識を繋げただけだよ。それにリーファのおかげでもある」
「リーファちゃんもそうですけど、そうやって効果的に繋げられるっていうのも才能ですよー。おかげで私の仕事が一気に進みました。ありがとうございます先輩。来て良かったです」
「あぁ、俺もレベッカが実物と資料を持ってきてくれたおかげで、一気に色々なことが分かった。こちらこそありがとうレベッカ」
トウルは何となくレベッカから目を反らしながら、お礼を言い返した。
「あー、先輩照れてますー?」
「そ、そんなじゃない」
「顔、真っ赤ですよー?」
「うぐっ……あぁ、そうだよ。照れてるよ」
トウルも顔が熱いという自覚があったせいで、これ以上誤魔化そうとすると墓穴を掘ってしまう自覚があった。
少なくとも好意から来ている照れは隠せている。
「それにしても、ゲイル局長がビックリして大笑いしていましたよ。まさか先輩の方から、私の仕事手伝いたいなんて来るとは思ってなかったんでしょうね」
「まぁ、列車に関してはレベッカが専門だし、出来るだけ早く成果を出して欲しいからな」
「リーファちゃんのためなら、なんだってしそうですねぇ。国家錬金術師だからなおのこと、言葉通りな感じがして笑えます」
「こうやって田舎にいるけど、まだ立場的には国家錬金術師だからな?」
「それを自認するなら、中央でも仕事して欲しいところですけど。まぁ、こうやってアドバイスも貰えましたし、いいですよ。ここなら中央の連中に先輩を横取りされませんし」
レベッカは呆れを通り越したように笑っている。
トウルは確かに本来の仕事を放棄して、最北の村に来ている。
リーファの教育自体も国家レベルの仕事ではあるが、機密性が高いためレベッカにも説明していない。
「これが成功すれば行き来が楽になるから、たまにそっちにも顔を出すさ。ん? そう言えば、レベッカのあの車両、大体何時間で中央につくんだ?」
「んーっと、四時間切るくらいです。普通の蒸気機関車の二倍弱ですね」
「ふむ……。今の三倍くらいの速さにしないといけないか」
「先輩本気で言ってます? 今日乗ってきた奴でも開発局が作った最新型ですよ?」
「本気も本気だ。放魔炉で電源の問題は解決された。なら、後はその豊富な魔力を使って超高速走行を実現しないとな。無い物は作る。それが錬金術師だ」
トウルは真面目に答えると、レベッカは苦笑いしながら頷いた。
無いのなら作る。
最新型を即否定したトウルの目はやる気に満ちあふれていた。
「あはは……本当にこの人は……。分かりました。私も最後までお付き合いします」
「あぁ、だが、その前に大事なことがある」
「なんですか?」
「リーファとおやつの時間だ。あんまり待たせたくない。あ、もちろんレベッカの分もあるぞ」
「あはは……。本当に親バカですねぇ。先輩は」
急に親の顔を見せたトウルに、レベッカは崩れ落ちるように笑った。




