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ジライル村長の無理難題

 薬が並ぶ木棚とクッキーが並ぶ机が置かれたお店の奥で、椅子に座って本を広げる一人の青年がいる。

 彼の名前はトウル=ラングリフ。

 琥珀色の目が若々しく輝いている黒髪の青年だ。

 彼は今、錬金術師として薬や道具を作って、王国最北に位置する村の生活を支える錬金工房の店主をやっている。

 医者も薬剤師もいない片田舎では、トウルの工房が作る薬や道具が生命線だ。


「お父さん。できたー」


 その店の奥の階段から、銀髪の少女が元気の良い声を発しながら降りてきた。


「お、さすがリーファ。早いな」


 リーファと呼ばれた銀髪の少女は手の平大の湿布を持って、トウルの前に走ってやってきた。

 まだ七歳のリーファの身長は、椅子に座ったトウルと大して変わらない程度だ。

 長い銀髪は雪のように白く、走っただけでふわりと風に舞うほどしなやかで柔らかい。


「えへへー。お父さんの弟子だからねー。ほら、《温泉湿布》だよ。リーファが貼ってあげるねー」

「ありがとうリーファ。まさか寝違えるとは思わなかった……」

「どういたしましてー。お父さんジッとしててねー」


 トウルが自分のワイシャツのボタンを外しきると、リーファがトウルのワイシャツを首から肩が露出するように脱がした。

 そして、リーファは手に持っていた湿布を、トウルの首から右肩にかけてはり付けた。

 すると、暖かなゼリーのような感触がトウルの首に伝わった。

 まるで、温泉に入って芯から温められているような感覚だ。


「やっぱ温泉すげぇなぁ……。一気に楽になった。湯治って言葉がある訳だ」

「うん。工房に温泉があって良かったよねー。素材には困らなかったよ」

「温泉もすごいけど、ちゃんと温泉の効果を湿布に移す錬成をしたリーファも凄いぞ。ありがとうリーファ」

「えへへー。お父さんが設計図を一緒に考えてくれたからだよ。お父さんが説明してくれたからリーファも温泉湿布の設計図描けたんだ」


 トウルは感謝の言葉と共に椅子から立ち上がると、リーファのさらさらの銀髪の上に手を置いて優しく頭をなでた。

 仲の良い親子のように見える二人だが、二人は血の繋がった親子では無い。

 二人が錬金術師として師匠と弟子の関係になった際、リーファが孤児であったため一つの問題が生じた。その問題を解消するために、トウルはリーファを養子として迎え入れ、家族になったのだ。


「よし、それじゃ、今日もお客さんが来るまで錬金術の勉強を始めようか」

「うん。今日も色んなこと教えてね。お父さん」


 店の奥の机がトウルとリーファの勉強机となっていた。

 田舎のゆったりと進む時間の中で、リーファはトウルと一緒に本を読み、トウルの質問に答えていく。

 教師と生徒のようなやりとりを続ける時間が続くと、突然来客を知らせる鈴の音が鳴った。

 その音を聞いた二人は勉強を中断すると、工房を預かる錬金術師として村の人々を笑顔で迎え入れた。


「いらっしゃいませー」


 トウルとリーファの声が重なると、体格の良い白髪交じりの中年男性が豪快な笑い声とともに店に入ってきた。


「ガハハ。今日も熱心に勉強しておりますな。感心感心」


 機嫌良さそうに工房に入ってきた男は、王国最北のカシマシキ村の村長にして、鉱山を管理するジライル村長だ。

 彼の家にもともと預けられていたリーファは、ジライル村長に駆け寄ると、小さな胸を精一杯はって声をかけた。


「じーさん。いらっしゃい。じーさんも何処か痛めたらリーファが温泉湿布貼ってあげるねー」

「温泉湿布? なんだか身体に良さそうな響きだな」

「うん。腰が痛いーってじーさんが言ってる時に、温泉入ったのを思い出して、温泉の治癒効果を湿布に封じ込めたんだー」

「ほほぉ、それはわしも是非試したいなぁ。うんうん、リーファもしっかり立派な錬金術師だな」

「えへへー。そいえば、じーさんは今日なんで来たの?」

「あぁ、そうだったそうだった。今日はトウル様に村の依頼があってきたんだ」


 相変わらず仲の良さそうな二人にトウルは目を細めていたが、村長の頼みという一言で真剣な顔つきに変わった。

 村長がわざわざ村の依頼を持ってきたということは、大口の注文か、何か良くないことが起きて緊急の道具が必要かもしれない。


「仕事ですか?」

「えぇ、大事な仕事です」


 トウルの質問に、村長も大まじめな顔で深く頷いた。

 どのような仕事が来るのかとトウルが身構えると、村長はニカッと急に笑い出した。


「あっはっは。そこまで身構えなくてもよろしいでしょうに。やはり真面目ですなぁ。トウル様」

「あはは……中央ノウエストにいた時の癖ですよ」

「さて、では、気を取り直して説明いたします。トウル様には祭り用の花火を作ってほしいのです」

「花火? あの夜に打ち上げるあれですか?」

「えぇ、その花火です。実は再来週にこの村で春の精霊祭があるのです。一年の豊穣を精霊達に願い、人里に獣や魔物が寄りつかないように大きな音と光を空に放ち邪気を払う。そんな昔からの祭りです。この村に久々に錬金術師様が来たのです、今年は盛大にやりたいと思いましてね」

「なるほど。そういうことでしたか。任せて下さい。とびっきりの花火を作ります」


 トウルは村長の説明を受けると、納得したように手をぽんと叩いた。

 火薬の取り扱いも中央の兵器開発局で慣れていたトウルにとっては、朝飯前とも言える内容だ。

 この依頼ならリーファにも良い勉強になるだろうと思って、トウルが頭の中で花火の設計図を描いた。

 だが、次のジライル村長の言葉で、トウルの頭の中にあった設計図は霧散した。


「精霊達の喜ぶ花火で、祭りを盛り上げてくれることを期待しております」

「精霊の喜ぶ花火?」

「はい。祭りの時期は彼らも実体化して、人間と一緒に踊って遊ぶのですよ」


 村長が言った言葉をトウルは理解出来なくて、助けを求めるようにリーファに視線を向ける。

 すると、リーファは祭りのことが楽しみで仕方無いのか、椅子の周りを飛び跳ねていた。


「わーい。お祭りだー。屋台だー、精霊踊りだー」

「なぁ、リーファ、精霊と踊るのか?」

「うん。精霊さんはね。きらきらでふかふかでとってもかわいいの」


 リーファの言葉で着ぐるみでも着た大人か子供が踊るのだろうと、トウルは理解すると、再度村長にむき直した。


「村長も人が悪い。また俺をからかおうとしましたね?」

「ん? 何のことでしょうか?」

「いや、だから精霊の喜ぶ花火って、あくまでそういう気持ちっていうだけで、実際に精霊が見る訳ではないのでしょう?」

「魔法使いであるミスティラが巫女として、精霊を実体化させるので、精霊達も見ますよ。後でミスティラが来ると思うので、彼女から詳しく話を聞いて下さい。では、祭りの打ち合わせ前に仕事を終わらせたいので、私はこれにて。よろしくお願いしますぞ。トウル様」


 そう言い残したジライル村長は笑って工房を後にした。

 精霊の喜ぶ花火。

 全く経験したことの無い難題を突きつけられたトウルは、手を顎に当てて様々な形と色の花火を想像したが、すぐにイメージを描くことが出来なかった。

 だが、依頼を受けてしまった手前、いまさら後には引けない。


「お父さん、お祭り楽しみだね! 一緒に踊って、屋台でご飯食べたいなー。花火も一緒にみたい。あっ! リーファも一緒に花火作っていい?」


 加えてリーファに期待されてしまったら、トウルは父親としても師匠としても依頼に立ち向かうしかなかった。


「あぁ、もちろんだ。一緒に祭りを成功させよう。それじゃ、今日は花火の基本的な作り方の勉強に変更だな」

「うんっ。リーファがんばって覚えるね」


 こうしてトウルは村の錬金術師として、新たな挑戦を始めることになった。

 カシマシキ村の精霊祭。

 トウルは無名だった村の祭りを、想像力と創造力で国の名物へと変える第一歩を踏み出した。

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