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五宝剣物語  作者: 水原渉
第4章
53/57

4-11

 ヨキが倒れ込んだ先に、不運にもリューナは立っていた。

 ヨキは素早く起き上がり、再び『緑宝剣』を振り上げる。リューナは反射的に身を仰け反らせたが、完全に躱すことはできなかった。

「うっ!」

 左肩から胸にかけて切り裂かれ、衣服にじわりと血が滲んだ。

 リューナは一歩下がり、痛みを堪えながら右腕を振り下ろした。咄嗟に使うことのできる簡単な火の魔法だ。もっとも、簡単といってもリューナの魔力はリスターのそれを超える。伊達にエルボーニの街を一人で壊滅させようとはしてない。

 人を一人丸焼きにできそうな巨大な火の塊がヨキに襲いかかる。

 けれど、ヨキもまたセフィンを除いては現存する魔法使いの中では最強の部類に入る魔力を持っていろ男だ。

 同じ火の魔法を叩き付けてその勢いを相殺し、再び地面を蹴った。

「パレンがエルボーニを任せるくらいだからどれほどのものかと思ったら、たかがその程度か」

 まるで戦い自体を楽しむ戦士のようにがっかりした面持ちで、ヨキは剣を薙いだ。剣士としてはリスターほどではないが、それでも肉弾戦に関してはまったく普通の女の子と変わらないリューナには脅威である。

「きゃぁぁっ!」

 風を切りながら襲い掛かってきた切っ先を尻餅をつくようにして避け、そのまま無様に転がって逃げた。

 ヨキは追いかけようと思ったが、すぐに思いとどまり、手をかざした。リューナとの距離や、少女の体勢を見て、魔法のほうが効果的だと判断したのだ。

「リューナ!」

 エリシアの悲鳴に、少女は咄嗟に防護壁を張った。

 けれど、ヨキの魔法は若干その威力を落としながらも、楽々とそれを貫通してみせた。

「いやぁぁぁぁぁっ!」

 体中に焼けるような痛みが走り、リューナは絶叫して地面に崩れた。身体が痺れる。

 だが、まったく動けないほどでもなかった。

「なんだ? もう終わりか?」

 笑いを堪えるような声で近付いてくるヨキ。リューナはその足音を聞きながら、無造作に転がったままの姿勢で魔力を込めた。

 やがて、リューナまで後2歩というところで足音が止まった。最後は剣でとどめを差そうとしているようだ。

「リューナ、しっかりして!」

 エリシアの声がするが、駆け寄ることはできない。間に合わないのだ。

 リューナが初めに肩を切られてから、まだ30秒ほどしか経っていない。

 ヨキが少女の身体に剣を突き刺そうと、切っ先を下に向けて両手で柄を握り直した。

 それをわずかな気配で察知して、リューナは身を翻した。

「何っ!?」

 驚愕に目を見開くヨキ。

「死ねっ!」

 リューナの放った魔法がヨキを包み込む。ヨキはその衝撃に吹き飛ばされたが、5メートルほどのところで踏みとどまった。

 そしてすぐにリューナに向かって斬りかかって来る。

「くだらんことを!」

 醜く顔を歪めてそう言った青年の身体には、火傷の痕一つなかった。

「そ、そんな……」

 絶望に身体を震わせたリューナの目に、淡い光を放つ『緑宝剣』が映った。

 その昔、魔法使いを倒すために作られたという剣である。

(魔法を、無効化された……?)

 急に先程の電撃でやられた傷が痛み出した。

 ヨキは後3歩のところまで迫ってきている。


 ヨキに『青宝剣』を振り下ろした瞬間から、ルシアは標的を変えていた。

 魔法が彼に効いたとしても効かなかったとしても、彼女がその次の瞬間にヨキに対してできることは何もない。

 よって、その結果を見るよりも、さっさと次の敵に向かっていく方が効率的であり、自分にとっても仲間にとっても最善なのだ。

 素早い動きでクロスさせた剣から迸った衝撃波が、リスターの方へ向かおうとしていたパレンに襲いかかる。

 けれどそれは、やはりパレンに当たる直前で消えてしまった。

「お前の相手は私がやろう」

 ややしわがれた声とともに、砂埃が舞い上がる。ウェルザの魔法だ。

「こんなものっ!」

 ルシアは純粋な剣の勢いでそれを薙ぎ払うと、軸足に力を込めて大地を蹴った。

 どうやらウェルザには衝撃波は効かないらしい。いや、不意をつけばその限りでもないだろうが、少なくとも今は肉弾戦に持ち込んだ方が有利だ。

 もっとも、接近戦では不利なことはウェルザも承知していた。

 単に風を起こすだけの簡易な魔法を使ってルシアの動きを止めてから、強力な真空波を起こす。

「ええいっ!」

 最初の風でバランスを崩したルシアだったが、その体勢のまま剣を振り下ろした。

 狙いは真空波ではない。ウェルザ自身である。

「なんだと!?」

 まさかあの体勢から、自分の身を守らずに攻撃をしかけてくるとは思ってなかったウェルザは、ルシアの魔法に両足をえぐられた。

 もちろん、ルシアとて無事ではない。

「うくっ……」

 ちぎれたのではないかというほどの痛みが左肘に走る。見るとだらりと垂れ下がった腕が真っ赤に染まっていた。

 もちろん重傷だが、悲観はしてなかった。昔ならいざ知らず、今ならリスターの魔法で治せることを知っている。

 動かすと激痛が走ったが、ルシアは涙を滲ませて両手で柄を握った。

 そして、ウェルザが体勢を立て直す前に接近戦に持ち込もうと思ったその時、大きな魔法の音がした。

(なんだ?)

 見ると、少女の放った炎の魔法がヨキを包み込んでいる。いや、魔法は磁石のように『緑宝剣』に弾かれ、ヨキの身体には届いてなかった。

 すぐに踏み込んだヨキと、絶望するように震えている少女。

(あのバカっ!)

 どんなに絶望しても、戦いを放棄した瞬間が死ぬときなのをルシアは知っている。

 もっとも、それを一介の街の先生でしかないリューナに求めるのは無理なことくらいわかっているが、それでも思わずにはいられなかった。

 ちらりとウェルザを見ると、すでに体勢を立て直してルシアに攻撃しようとしていた。

 もしも今、迷わずに踏み込めば彼女を倒すことができるだろう。少女はその間合いにあった。

 けれど、そうすればリューナの生命はない。

「ああ、もうっ!」

 ルシアは剣を振り上げると、それを思い切りヨキの方へ振り下ろした。

 魔法を放ったのではない。『青宝剣』を投げ付けたのだ。

 恐らく彼には剣の魔法は効かない。となれば、今リューナを助けるにはそれしかない。

 ルシアは咄嗟にそう判断して、剣士の生命とも言える剣を捨てた。

「何だ?」

 異様な風の音を聞いたヨキがちらりとルシアの方を向く。

 その目に映った巨大な鈍色の切っ先が、ヨキが最期に目にした物体になった。

「ぐあっ!」

 『青宝剣』の鋭い切っ先が、頭蓋を割って突き刺さった。

「ルシアっ!」

 リューナが半身を起こしてルシアを見ると、剣を投げた勢いでよろけた少女にウェルザが魔法を使おうとしているところだった。

(ダメ! 間に合わない)

 青ざめたリューナの目に、全身から血を迸らせながら吹き飛ぶルシアの身体と、まるで別の物体であったかのように転がるちぎれた左腕が映る。

「ルシアーーーッ!」

 エリシアの悲鳴が轟いた。


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