第84話 最高位魔法
「クソッ、なんか気持ち悪いな。読んだ覚えのない魔導書の記憶が頭の中から離れねえ」
「だって、離れないようにした」
「だろうな!忘れたくても忘れられねえよ、あんなバカみてえな激痛!」
ルシアスは頭を押さえながら、書庫で念を込めるように手を前に出して震わせていた。
空間魔法を実践したいようだけど、上手くいってないみたいだ。
それはそう、内容を脳に直接インストールしたのが昨日なのに、ちょっとやそっとで上手くいくわけがない。
わたしは割と最初から使えたけど、あれはリミッター解除の名残があったからだし。
ステアですら最初に魔法を使えるようになるまで二日かかった。
「ふんっ!………ダメか」
「力めばいいってものでもないですからね。まずは体の中にある魔力を自分で感じるところから始めなければ」
「魔力?十六年も生きてて一度も感じたことねえぞ」
「全身の内臓がどこにあるかと聞かれて、正確に判断できる人は少ないでしょう?生まれ持ったものを改めて把握するというのは結構出来ていないものです」
「そういうもんかねえ」
その後は精神統一するような姿勢に移ったが、顔をしかめている辺りやはり上手くいかないらしい。
アドバイスをしてあげたいけど、わたしの場合は最初から魔力を感じることはできていたから参考にならないだろう。
ということは最初からそこから始まった子たちを頼るしかない。
「オトハ、オウラン、それにステア、何かコツとかは無いんですか?」
「コツ、なあ」
「私も最初に魔力を感じることができるようになったのは、ここに来てから一週間後くらいでしたわ。なんというかこう、自分の中に眠る未知なる力を引き出すかのような感覚でしょうか」
「中二病みたいなアドバイス」
「ちゅうにってなんですの?」
オウランとオトハも、魔力を始めて感じる時の感覚は形容しがたいらしい。
「ステア、あなたはどうですか」
「私は、半日で、わかった」
「あなたが天才なのは知ってます、そうではなくて魔力感知のコツとかないんですか」
ステアはゴラスケをもにゅもにゅして遊んでいた手を止め、少し考えるそぶりを見せてから。
「言葉にしづらい」
「やっぱりそうなんですね」
「でも、いい方法、ある」
「おっ、そりゃなんだ?」
「私が感じた時の記憶を、またルシアスの、頭に」
「却下だ却下!」
「………むぅ」
いいアイデアだと思ったのに、とでも言いたげに頬を膨らませて、再びゴラスケをもにゅもにゅし始めるステアだったが。
ふと思いついたようにその手をまた止めた。
「魔力を、血だと思えばいい」
「血?」
「ん。体を巡ってる。すごいスピードで。それを外に放出するのが、魔法。だから」
「だから?」
「魔法は、吐血するような感覚で撃つと、いいかも」
「とんでもないこと言いだしやがった!」
「ステア、あなた今までそんな考えで魔法使ってたんですか」
ステアは自分の表現に満足したようにコクリと頷いたが、この子の将来が心配である。
「まあ、たしかに一理ありますね。魔力が全身を巡っているというのは間違っていないので。吐血は言い過ぎにしても出血箇所から血を吹き出して敵の目つぶしをする、くらいの感覚でやってみては」
「お前も十分言い過ぎだろ!」
しかしルシアスはその後、「血………吐血………」と言いながら修行していた。
意外と真面目なのもこの男の良いところだ。
手伝ってあげたいけど、自分の魔力以外は感じることが出来ないのがこの世界の魔力なので、どうすることもできない。
だけどこの分なら近いうちに魔力感知が出来るようになるだろう。
「さて」
他人の心配ばかりしている場合じゃない。
わたしもまだ、闇魔法を完全に極めたわけではないのだ。
まだまだ精進の余地はある。
「闇魔法の最高位魔法について書かれた本は………あ、これですね」
わたしは魔導書をペラペラめくり、一番最後の章に目を通す。
『闇魔法の最高位は、あらゆる理を捻じ曲げる御業であり、禁術といっても過言ではないものが多い。輪廻転生の理を捻じ曲げ、記憶を持ったまま転生が出来る魔法《歪曲転生》、周囲一帯に死の魔力を放出し、魔力抵抗が低い全生物を死に至らしめる《安死の爆裂》、闇魔法における歪める能力の最たる力《歪む世界》など。特に転生の魔法は光魔法と闇魔法以外にその存在が確認されておらず、時代によっては禁忌の魔法とされてきた魔法であり、また失敗した場合二度と輪廻の輪に魂が入ることが出来ないと言われているため、使う際には最大の注意が必要だと思われる』
ふむ。
転生の魔法は今のところ使う予定がないけれど、覚えておいて損は無し。
しかし、失敗してしまったら二度と輪廻転生できないというのはキツイ。
ノア様、いやハルは相当無茶をしてこの千年後の世界に転生してきたらしい。
「最高位魔法に届くのは、果たして何年後になるんでしょうかね」
「クロさんやお嬢様であればそう遠い話ではないでしょうし、ステアに至っては誰よりも早い未来が見えますわ」
「そうだな。むしろ僕らが習得できるのかが心配だよ。耐性魔法の最高位魔法はあらゆる属性に対する完全耐性を与えて、一定時間すべての攻撃を無効とする《無敵化》だけど、僕じゃあ十年かかって習得できるかわからない」
わたしが闇魔法を習得してから早九年、未だ高位魔法の序盤で足踏みしている状態だ。
まだだ。この程度では、ノア様が世界を手にするとき、その隣にいることはできない。
あの御方はすでに光の高位魔法を多く習得しているし、ステアに至ってはそれ以上だ。
もっと努力が必要だ。
そう考えていると、入り口の階段から人影が降りてきた。
珍しく御父上に呼び出されて、仕方なしと話をしに行っていたノア様だ。
「おかえりなさいませノア様」
「ええただいま。全員揃ってるわね?」
「はい」
「そう。ちょっと面倒な話を持ってきたわ」
面倒な話?
良く見るとノア様は、なんだか難しい顔をしている。
嬉しそうにしているようにも、面倒そうにも、怒っているようにも見えた。
「ルシアス、魔力に関しては?」
「いや、まだだ」
「そう。頑張って覚えてちょうだい、出来るだけ早く」
「ノアマリー様、何か急ぎの要件でも出来たんですか?なんだか少しお顔がよろしくないようですけど」
「え?クロ、鏡」
「どうぞ」
「なによ、いつも通り我ながら美人じゃない」
「いえ、そういうことではなく」
とりあえずボケて楽しむくらいには余裕があるようでよかった。
「ノア様、御父上に何か言われたのですか?」
「ええ。父の話は言及とかではなく、報告だったわ」
「報告、ですか?」
「いつかこうなるとは思っていたけれど、予想より早い報告でね。あなたたちの力を広めてやるには絶好の機会だっていう嬉しさと、ここを離れなきゃいけないかもしれない面倒さと、なんでこんなに早いんだっていう怒りが胸中を渦巻いてるわ」
「一体何が?」
ノア様は落ち着くように近くにあった水差しから水をコップに注いで一気にあおって、わたしたちを見渡して、言った。
「ディオティリオ帝国が、このエードラム王国に宣戦布告したそうよ」
諸事情の為、明日はお休みをいただきます。
次回更新は3/19の予定です。
決して今流行りのおウマさんを育てるゲームをやりこむためではありません。
元気なボクッ娘は好きですけどそういうことじゃないです。
そう、断じて。




