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第78話 一週間

 門番に無理を言って中に通してもらい、もう遅かったので一晩近くの宿を取り、気絶していたオトハを寝かせた。

 そして翌日の朝、別部屋に泊まっていたルシアスと合流し、ノア様が滞在しているバレンタイン邸に戻ってきた。


「なんで共和国連邦で最も権威高い御家に滞在してんだよ、おたくのお嬢様は」

「ここのご令嬢とノア様が許嫁候補なもので」

「断・じ・て!認めませんわ!!」


 ぎゃあぎゃあさわぎだしたオトハを止めていると、庭に人影が見えた。


「あら?クロさんとオトハさん、それに後ろにいるのはルシアスさんではないですか?」

「出ましたわね泥棒ね痛い痛い痛い!!」

「戻って来て早々に申し訳ございませんルクシア様、このポンコツはすぐに締め落としますので」

「ちょっ、ギブギブ………」


 誰かと思えば、庭の花に水をやっているルクシアさんだった。

 早速つっかかったオトハの首を関節技で締め上げる。


「あはは、いいですよクロさん。中へどうぞ、ノアさんたちもそろそろ起きる頃かと思います」

「ありがとうございます、ほらオトハもこの方の懐の深さを見習いなさい」

「誰がこんなああああ痛たたた見習います見習います!!」


 バレンタイン邸に入ろうとすると、ちょっと気まずそうな顔をしているルシアスが見えた。


「どうかしたんですか?」

「いやー、その、なんだ。ちょっと気まずくてよ」

「気まずい?………ああ、そういえば前にバレンタイン家の専属傭兵の話を蹴っていたんでしたね」

「ああ、それでちょっとなあ」

「ふふっ、気にしなくていいんですよルシアスさん。確かにちょっと残念でしたけど、恨んだり嫌ったりなんてしてませんから。むしろこの国に巣くう悪しき者たちを狩ってくださっていること、感謝しています」

「そ、そうか?それならいいんだけど。………相変わらず掴みにくい人だぜ」


 わたしはルクシアさんも連れて、中に入った。

 ノア様にあてがわれている部屋に直行し、扉をノック。


「ノア様、クロです。ただいま戻りました」

「お嬢様、オトハですわ!あなたのオトハが戻ってきましたわよっ!」


 しかし、返事は無い。


「失礼します」


 一言断って部屋に入る。

 すると、部屋はなかなかに酷いことになっていた。

 服は脱ぎっぱなし、食器はやりっぱなし、下着すらそこらに散乱し、数日前と比べて見るも無残な姿になっている。


「………なんとなく予想はしてました」

「だ、だらしねぇ………。本当に貴族か?」

「嗚呼お嬢様、そんなガサツなところも素敵ですわ」

「はあ、仕方ありませんね」


 足の踏み場を探しつつ、真ん中にある天蓋付きベッドに寄ると、案の定わたしの主はそこにいた。

 約一週間ぶりに見る主の寝顔。しばらく会っていないせいで耐性が弱まっていたのか、不覚にもその可愛らしさにキュンとさせられる。

 しかも恐ろしいことに、ノア様はステアを抱きかかえながら眠っていた。

 その可愛い×2の破壊力に、後ろからついてきたオトハは鼻血を吹いてぶっ倒れた。

 このまま少し見ていたい気持ちをぐっとこらえ、わたしはノア様を揺り動かした。


「ノア様、起きてください。何時だと思ってるんですか、わたしがいないからって自堕落な生活をしないようにとあれほど言ったでしょう」

「うん………?」


 うっすらと目を開けたノア様は、数回まばたきをしてから起き上がり、


「………クロ?」

「はい、クロです。ただいま戻りました」

「ふああ………早かったわね」

「予想より早く帰ってこられたものですから。とりあえず何ですかこの部屋、借り物を汚部屋にするとはどういう了見ですか。ちゃんと服くらいたたんでください、そして下着は見えないところにしまってくださいと、何度言ったら分かるんですかあなたは」

「帰って来て早々お説教とは、クロらしいわねぇ」


 未だトロンとした目をこすりながらその無防備な姿をさらしているノア様を見て、どうにか起き上がったオトハがそのまま卒倒し、入り口にいたルシアスも息をのんでいた。

 外見だけなら百年に一度の美少女と言っても過言ではないノア様の寝起き姿に魅入ってしまうのは、男女関係なく当然のことだろう。


「ほら、ステアも起きてください」

「うにゅう………まだ明るいから、寝る………」

「明るいから起きるんです」

「………?この声」


 突如ガバッと起き上がったステアは、わたしの姿を確認して。


「クロ」

「はい、ただいまですステア。良い子にしていましたかってきゃあ!?」


 抱えていたゴラスケを横に置き、唐突にわたしに抱きついてきた。

 勢い余ってしりもちをついたが、それでもステアはわたしにくっついたまま、頭をぐりぐり胸に押しつけてきている。


「ス、ステア?」

「寂しかった」

「ノ、ノア様がいたのにですか?」

「クロもいないと、イヤ」


 ―――キュン。


 この愛らしい生き物は、どこまで庇護欲を刺激してくれば気が済むのか。


「もう出かける予定はありませんから、安心してください」

「ほんと?」

「ええ、本当ですとも」

「よかった」


 滅多に変わらない表情を僅かに歪ませて笑みを浮かべるステアは、猛烈に可愛かった。


「ふう、目が覚めて来たわ。クロ、紅茶入れてくれない?それと後で部屋片づけて」

「帰ってきたばかりの人間に要求しますかそれ」

「あら、嫌なの?」

「別に嫌と言うわけではありませんけど」

「………はっ!?」

「あ、オトハだ」

「あらオトハ、あなたも帰ってたのね」

「おっ嬢っ様ぁ~~~!!」


 ノア様の姿をその眼に捕らえた瞬間、床を蹴ってノア様に突っ込むオトハ。


「………変わって無いわね」

「へぶっ!?」

「ん、むしろ悪化したかも」


 華麗にそれを躱すノア様。

 オトハはベッドに突き刺さり、勢い余って前転してそのまま反対の床にたたきつけられた。


「ああ、お嬢様に雑に扱われるこの感じっ………このたまらないゾクゾクする感覚、もはやすべてが懐かしいですわっ!お嬢様、わたしに再会のハグを!」

「イヤよ、あなたここ数日の野宿で汚くなってるでしょう」

「はうっ!も、もっと!もっと言ってくださいませ!」

「ノア様の言う通りです、アホなこと言ってないで、さっさと風呂入ってきなさい」

「お嬢様のその綺麗なお声で!汚いものを見る感じで、汚いともう一度!」

「ちょっとルクシア、この変態をバスルームに連れて行きたいから使用人を呼んでくださる?」

「はーい」


 ルクシアさんが部屋を出て行くのと入れ替わりで、もう一人が入ってきた。


「なんだこの騒ぎは、今度はどんな問題を………って、クロさん!?それにオトハ!」

「あら、ただいまですわオウラン」

「ただいま戻りました」


 こちらに残していった唯一マトモな人材、オウラン。

 彼は私の姿を見るや否や、その眼に涙を浮かべて崩れ落ちた。


「え、ちょ、どうしたんですか!?」

「うっ、うっ………クロさんだ、ようやく帰ってきてくれた!この一週間、僕がどれだけあなたの存在の大きさを再認識したことか………!」

「ノア様、わたしがいない間にどれだけの問題を起こしたんですか?」

「別に何もしてないわよ、ただこの街のカジノで豪遊したり、わたしを襲おうとした卑劣漢を拷問して遊んだり、ステアを誘拐しようとしたロリコンの二つの玉を踏み潰したり、花火を飛ばしたら民家に飛び火して大惨事になりかけたり」

「よく頑張りましたねオウラン。ちょっと痩せましたか?」

「この一週間で、三キロ体重が減ったよ。ははっ」

「今日は休暇にしてあげますから、ちゃんと食べて寝てください」

「ぐすっ………!マトモな人がいるだけで、こんなに世界が整って見えるのか………!」

「ちょっとオウラン、帰ってきた姉に対して何か言うことはありませんの?」

「ん?なんだいたのか、おかえり」

「扱いの差!?」


 ぎゃあぎゃあ騒がしくなる光景を見て、帰ってきたんだって実感が湧いた。

 実感が湧くポイントのおかしさに我ながら頭が痛くなった。


「ところでクロ」

「はい」


 ノア様は完全に覚醒したようで、入り口に立っている一人の男に目を向けていた。


「彼が、ルシアスかしら?」

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