第437話 3日
「……以上が、スギノキ攻略の顛末です」
「ふーん」
わたしの報告を、ノア様は猫を撫でるようにステアを愛でながら、気だるげに聞いていた。
「なんですか、そのやる気のない感じは」
「だって、何もかも予想通りな話がずっと続くんだもの。こんなにもなるわ」
「お気持ちは分かりますが」
「それよりわたしが気になるのは」
ノア様は辺りを見渡した。
今日は珍しく、メンバーほぼ全員が揃っている。わたし、ノア様、ステア、オトハ、ルシアス、スイ、リーフ。
そう、ほぼ、揃っている。
「根掘り葉掘り聞きたいあの男はどうしたのよ」
「あーー……その……なんと、申しましょうか……オトハ、パス」
「えっ私!?」
「姉として、親友としての責務でしょう、ちゃんと果たしてください」
「そんな責務負った覚えありませんが!?」
この話、わたしからするのは気まずい。
「あーー、お嬢様。その、あの何故オウランがいないのか、というとですね」
「大体察してるから早く言いなさい」
……普段からノア様にセクハラかましているくせに、何故他人に関係するセクシャルな話は言い淀むんだ、この女。
「えーっと……まず、オウランはボタンちゃんと再会し、2人きりになり、『君を助けに来た』と我が弟ながらミスター王子様みたいなことを言って、ただでさえ惚れ切っているボタンちゃんを更に沼に沈めたらしいですわ」
「こっそり聞いていたステアが教えてくれたわよ。で、そこから素敵な告白をしたら、ボタンに顔が青白くなるくらいキスされたんでしょ?そこから?」
「……あー」
躊躇するオトハ、そりゃそうだ。
なにせ、あんなことになったのだから。
***
「えー、はい。ではそんな感じで、ボタンさんには退位していただきましょう」
さすさす。
「重力魔法と交神術に関しては、公表はしません。今の帝国一強時代、多少の犠牲を覚悟でも覚醒魔法を手に入れたい輩は多いので」
ぷにぷに。
「スギノキへの被害を最小限に抑えるためにも」
ギュッ。
「……あの、聞いてますかね」
「あー聞いておる聞いておる」
イチャイチャ。
スーハー。
「……あの、ボタンさん。割と大事な話なので、ちょっとだけ離れる気ありませんか」
「断る」
「そうですか……まあ、話を聞いていただけているのなら」
「安心せよ、この自慢の両耳はどんな時でもあらゆる音を拾ってくれるのじゃ。で、式はいつじゃって?」
「ご自慢の両耳にポンコツが詰まってますよ」
まったく聞いてないか、耳がどうかしたかのどちらかのボタンさんは、恋人の腕にしがみつき、散々好き放題だった。
一方でその抱きつかれている方の男といえば、さりげなく身を捩って逃げようと……してないな、ただのポーズだ、あれ。あんなんで解けるわけがない。
なんなら、少し身体を揺らすことで、より彼女を感じている節すらある。
「……何を見せられてるの、ボクたち」
「帰って、いい?」
「気持ちは強く察しますが、仕事です。気合い入れてください」
しかしこのボタンさんの、恋愛が絡むと話が通じなくなる感じ、誰かを思い出す。
オウランももう少し誠実だと思っていたが―――いや、男なんてだいたいこんなものなのかもしれないが―――今や女の子にひっつかれて満更でもなさそうな、だらしない顔をしている。
そう、まさに近くにノア様を感じている誰かのような。
………。
バシンッ。
「えっ、なんで今叩かれましたの!?」
なんとなく、この女の影響を感じたので、とりあえず殴っておいた。
「むふふ〜。細い腕じゃのう、愛いのう、エロいのう……」
「あ、あの、ボタン、少し離れないか。ちょっとクロさんが怖いというか」
「なんじゃぁ?ワシがいながらもう他の女に気を張っているのかぁ浮気かぁ?」
「違う違う違う!そうじゃなくて!」
……わたしのフラストレーションはこういう惚気会話から来ているのだが。
浮かれるのは分かるが、そろそろ本題に入らせて欲しい。
そう、思っていると。
「クロ」
「え?ああ、ステア。どうかしましたか?」
「この会合、今日じゃなくても、大丈夫、だよね?」
「まあ、はい。4日くらいは期限がありますが、しかし今のうちに終わらせないと他の業務に支障が」
わたしが言い終わるより早く、ステアは額に指を当てて目を閉じた。
……?念話だろうか。
「ルシアスに、連絡とった」
「え?はい?」
「ボタン」
「なんじゃ、ワシは忙しい」
「オウラン、3日間、あげる。私たち、お暇する」
「「「え??」」」
「……えっ」
「ほう」
急に淡々とそう言い始めたステア。
なんか、勝手に話を進め始めた。
「だから、4日経ったら、ちゃんと仕事して。今すぐやらなきゃいけない、やつは、すぐに私が終わらせる」
「それはありがたいが。出来るのか?」
「優秀なやつ、教えて。操る」
「なるほど。しかし何故そんなことを」
「クロ、疲れてる。今、大変。これ以上、煩わせないで」
「……あ、おう。すまぬかった。少し調子に乗ったな」
「ん」
「ス、ステア……!」
な、なんていい子なんだろう。
何故こんな環境で、こんな素敵な子に育ったのだろう。
もしかして、天使の生まれ変わりだったりするのだろうか。
……と、思ったのだが。
よく考えると、この子はさっきなんと言っただろうか。
「その代わり、仕事してくれるなら、オウラン、好きにしていい」
「え、君に僕の何の権利が!?」
オウランの叫びをスルーし、ステアは無表情で淡々と、とんでもない言葉を積上げていく。
「煮るなり焼くなり、襲うなり犯すなり、好きにするといい。しっぽりと、お楽しみ、ください」
「おお」
「誰ですかこんな言葉教えたの!!」
横のピンク髪がそっと目を逸らした。
グーで頭をぶん殴った。
「ステア、話聞いてくれないかな!?それ、僕にすごい負担かかりそうなんだけど!!」
勝手に被害者にされた男に、ステアはテクテクと近づいていった。
そしてカバンから何かを取りだし、握らせ。
「……なに、これ」
「避妊、だいじ」
「オトハ、来なさい」
「待ってください違いますわクロさんあれは違くて聞いてくださいお願いしますただボタンちゃんとオウランがその〜そういうことするってなった時にきっと使うだろうという姉心を発揮したのですがそれをステアが見つけて色々聞いてきたから懇切丁寧に1から10まで説明しただけであっていわば事故で待ってください待ってくださいああああああああああ!!!」
***
「ここからは私知りませんわよ。かつてないクロさんのマジ攻撃で塔から叩き出されて気絶してましたもの」
「オトハ」
「はい、なんでしょうお嬢様っ……」
「なにか言い残すことは?」
「少々お待ちを!?そうだいい案がありますわステアが自分で自分のいかがわしい記憶を消してくれればあああぁぁぁあ!!」
このメンツでステアを汚すとどうなるか、身をもって教えてくれたオトハに、わたしは少しだけ敬礼した。
いや、そりゃもちろん、ステアも年頃だ。そういうことについても教えていかなければならないことは分かる。
しかし、だからこそ順序や刺激のグラデーションは大事にしなければならない。ステアに変な性癖でも生まれて、オトハよろしく暴れ回りでもしたら、わたしは泣く自信がある。
その最も危険な女からステアが性知識を教わる?それを提案するやつがいたら、そいつは病院に連れていくべきだ。
何より、現物を渡すな。馬鹿野郎。
「で、その後どうなったの」
「あー……普通にボタンさんがその案に乗ったので、帰ってきました。まあ神皇になってから抑圧され続け、限界に近かった彼女が、今幸せの絶頂ですから、3日間くらいは猶予があるべきかな、と」
「そ。貴方の仕事に支障が出ないならいいわ」
ノア様はそう言い、壁へと近づいた。
そこには、帝国とわたしたちが飲み込んできた国に✕印がつけられている。どの距離から見ても印だらけ、更に今、そこにもう1つ書き足された。
「……もうすぐね」
「はい。貴方様の野望まで」
「ええ。そして……」
わたしたちの頭には今、同じ人物が浮かんでいるだろう。
「ルクシアとの決着まで、ね」




