第431話 クロvsダレカ3
―――戦闘開始から、20分が経過した。
わたしが傷を負った回数、4回。治した回数も4回。
ダレカに傷を負わせた回数、0回。
「はははははははは!」
「んのっ……」
ダレカが突如わたしの背後に現れ、武器を振り下ろしていく。
未来を視て回避し、すかさずノールックで魔法を放つ……が、既にそこにダレカはいない。
「惜しい!」
「ちっ」
ずっとこの調子で、あらゆる攻撃を躱され続ける。
「転移、ではないですね。まるで自分の座標そのものを書き換えてるような」
空間魔法の転移は、消えてから現れるまでコンマ数秒のタイムラグがあるが、この女の移動はそれがまったくない。
恐らく《領域魔法》の能力で座標を瞬時に改変することで、0秒の移動を可能にしている。
いわば領域内のどこにでも存在できる、そんなイメージか。
それだけでも異常だが、加えて彼女の異常な反応速度―――おそらくその点に限り、リーフに匹敵している―――が相まって、未来視で先読みしても簡単に避けられてカウンターを食らう。
故に言われた通り、「惜しい」が続くだけで攻撃が当たらない。
実に不愉快だ。こんなに一方的に攻撃され続けるのは、ここ数年で那由多以来だな。
勿論、全盛期のあの子と比べれば赤子のようだが、それでもわたしにとっては超がつく難敵だ。
「座標改変そのものは魔法ではありませんね、いちいち魔法を編んでるにしては、移動してから次の移動までの時間が短すぎる。領域にデフォルトで備わっている特性でしょうか」
「……鋭すぎるぞお前」
当たりか。そうなると面倒だな。
どこにでも存在できるなら、狙いをつけて放った攻撃はほぼ当たらない。
そうなると領域内に逃げ場がないほど広範囲の魔法を放つしかないが、それは“不発”で封じられる。
魔法を確実に当てる手段がない。
「……もどかしい」
「こちらの台詞だ。何故いくら死角を突いても急所を防御できる」
時間魔法については、侵略開始直後から隠し続けていたことが功を奏してまだ気づかれていない。開始直後に放った遅延の魔法も、彼女が効果を確かめる前に脱出したため、闇魔法の1つと思われているだろう。
だが多用すれば気づかれる。最低限の使用に留め、切り札として温存しておかなければ。わたしが2属性を使えることを知られたら流石に詰みだ。
「《堕とし穴》」
座標移動の速度は、戦闘開始時はあそこまで早くなかった。だからこそ、わたしも僅かに余裕を持って戦えていた。
だが今は、1秒に3回以上使うこともあるほどに多用している。明らかに発動が異常速度になっていた。
「はっ!この程度で余を止められると思うてか!」
「………」
おそらく、領域内に留まれば留まるほど、出来ることが増えていくのだろう。
早期の予感通り、長引きすぎればわたしが負ける。だがそれが出来る決定打がわたしにはない。
「無駄だ。余の領域は、いずれ貴様の身にも影響を及ぼす。如何なる切り札を持っていたとしても、余の“不発”で無力化する。貴様に勝機はない」
「……かも、しれませんね」
「観念したか?では、そろそろ終わらせよう!」
その瞬間、ダレカの姿が消えた。
わたしは背後に回った彼女を迎え撃ち―、魔法を放つ。
しかし、それは囮―――否、分身だった。
領域内に影を投影するとか、そういった力か。
そんなことを、わたしの真正面で斧槍を構え、振り下ろす本物のダレカを見ながら考察していた。
「かふっ……」
斬られるとき、反射で身を庇った右腕は肩の下辺りから吹き飛んだ。
身体も両断こそされていないが、内蔵を完全にやられた。
「ぐっ……」
左手で闇魔法を放つ前に、腕を斬られた。
両腕を失い、ドバドバと流れ出る血を呆然と眺め、このままでは自分の命があと数分であることを悟る。
「何か言い残すことは!」
そう言いながら武器を再び水平に構え、勢いよく振るってくる。
流石は歴戦の猛者。こちらへの敬意を表しつつも、一刻も早くわたしの息の根を止めるために動くか。
「……特にありませんね」
ボーッとする頭をどうにか動かし、わたしはそう呟いた。
それを聞いたダレカはニヤリと笑い、そのままの速度で、わたしの首目掛けて獲物を繰り出した。
「……が、は……!?」
「死ぬのは貴方ですから」
ブラックアウトしかけた目にも、わたしの落ちた腕から伸びた闇魔法の槍が、ダレカの腹を貫いたのが見えた。
「な、きさ、ま……何故……!?」
「読み合いに勝ったのがわたしだった……それだけ、です」
***
ダレカを相手にするとなった時、真っ先に考えたのは『最も上手く騙すにはどうすればいいか?』だった。
相手は格上。更に転生特典というアドバンテージがある。真正面から勝てると思うほど、わたしは馬鹿じゃない。
だが、嘘をついてバレれば、逆に利用されて自分の首を絞めることになる。そのリスクを負うのは、少なくとも今ではないと思った。
じゃあどうするか。嘘をつかなければいいのだ。もっと言えば、「正しいが不足している情報」を相手に与えればいい。
『……ふむ。もしかして、君は同輩かな?』
『間違ってはいませんね』
同じ転生者。そして。
『……それが貴方の転生特典ですか』
彼女の持つ、特殊な能力のことを知っている。
ここまでの情報を与えれば、彼女は思うだろう。
わたしも転生特典を持っている、と。
更に左腕を斬られた際、わたしはこれみよがしにその腕を再生させてみせた。闇魔法では不可能なはずのそれを見て、ダレカはわたしの転生特典が再生や治癒の類だと考える。
だからこうしてわたしを斬り刻んだ後も警戒を解かなかった。自分の転生特典の自由度から、わたしの再生能力も瞬きの瞬間に治る可能性があったからだ。
そして最後に、笑った。何故なら、わたしが再生しなかったから。
自分の転生特典がわたしの転生特典を不発させたと思い込んだのだ。
だが当然、わたしに転生特典なんてものはない。
だからダレカの警戒も全く意味がない。
そして、「わたしの再生に対して」不発を発動させていれば、わたしは闇魔法と自己逆行以外の時間魔法は自由に使い続けられる。
しかしこれだけのダメージだ、仮に発動してもイメージが上手くできず、魔法構築が困難になることは予想していた。だからこそ、ダレカは再生を阻んだ時点で勝利を確信してくれた。
わたしが欲しかったのはその確信。どんな人間でも、自分が生き残ることを確信した瞬間は、勘や視界が鈍る。
それを利用し、魔法を腕に仕込んでおき、あえて斬らせた。
領域内の全ての動きを知覚できるダレカでも反応できないほど速射性に優れ、更に魔力にものを言わせて威力も高めた闇魔法の槍。それを、発動後に時間停止させた。
仮に不発を闇魔法に使われていたとしても、「既に発動している魔法」に対してなら不発も何もない。正常に発動すると踏んだ。
そしてその予感は当たり、まんまとダレカにも致命傷を負わせることに成功した。




