第420話 フロム・エリュトロン
かつての、それこそディオティリオ帝国とわたしたちの旧所属であるエードラム王国が戦争していた頃のフロムを思い出す。
恐ろしく強かった。わたしとルシアスが2対1でも攻めあぐね、側近総出でようやく捕らえられたほどの、炎魔術師としての完成度と騎士としてのレベルの高さ。
リーフという圧倒的な化け物に隠れてしまっていたが、フロム・エリュトロンという男もまた、わたしにとって十分すぎるほどの傑物だった。
だが、しかし。
「……リーフには言ってくれるなよ。分かるだろう」
「分かるけど、それってどうなの?」
「あの子の動きを、今鈍らせるわけにはいかん。それに、そろそろ親離れの時期だ」
今のフロムは違った。
無尽蔵だった体力は一般兵士に毛が生えた程度にまで落ち、覇気もかつてほどに感じない。
何より、わたしの目に映る生命エネルギーが、明らかに弱まっていっている。
目だけは、いつまでも同じだが。
「ワシももう歳だ。こうなることくらい分かっていたさ」
そう言って苦笑するフロムは、50年以上戦場を生き抜いた英雄とは思えないほどに弱っている。
「治らねえのか」
最もフロムを尊敬していたであろうルシアスが、沈痛の面持ちでそう聞いた。
「色々試したがな。気づいた時には、もう無理だった」
この世界に、病を癒す魔法は存在しない。
強いていえば時間魔法を使って、患う前の状態まで戻すことは理論上はできるが、結局はただの先延ばしな上、時間逆行の膨大な消費魔力の関係でそれすらも数日が限界だ。
病を根治するのは、医学の領域の話。
……治せる力を持った人に、心当たりがなくもないが。
「私を治療不可と判断したのは、ナユタ君だ」
「!」
「彼女はすごいな、魔法も使わずにワシの身体をかっさばき、悪い部分を取り除いてくれた。……が、どうしても排除不可能な部分にも出来物があるらしくてな」
私が思い描いた人物―――那由多が、不可能と判断した。
間違いなくこの世界で、ダントツの医療知識と技術を持っているであろうあの子が。
「それでも、随分と引き伸ばしてもらったが―――あと2年持つか分からないそうだ」
「……そうですか」
年齢的に仕方ない部分はあるのだろうが、彼には利害一致による同盟関係とはいえ、随分と助けて貰った。
特にわたしは、話す機会が多かった。それがあと2年と思うと、少しだがくるものがある。
「本当に、リーフには言わないつもりですの?」
「その時が来るまではな。少なくとも今ではなかろう。なにせ」
しかしフロムは、笑みを浮かべた。
それまでの弱った姿が嘘のように、獰猛で野心に溢れた笑みを。
「あと2年で、リーフには王になってもらわねばならないからな」
「……はっ。暗に私を殺すって言ってるの分かってる?この私をよ」
「はっはっは。せいぜい自惚れていろ」
フロムの野望は、亡きディオティリオ皇帝に代わり、リーフを世界の王にすること。
転生や長寿を除けば、恐らく現代最強として生まれた彼女ならば、確かにその資格はある。時代が違えば彼女は間違いなく、自らの意志を問わずそうなっていただろう。それだけの実力だ。
だが、今はノア様がいる。だからそれは叶わない。叶わせてはならない。
「ロボットという戦力が生まれ、スギノキが独占していた造船技術やステア君の思考誘導。これらが合わさり、恐ろしい程にここまで上手くいっている。これなら、2年という強行、いやさ凶行も可能だ」
「そこに関しては同意見ね。戦争国家であるアルスシールの兵力も加わっている今、よほどの事がない限り私たちを止めるものは無い。もっと言えば、その『よほどの事』にうちの誰かを送り込めば基本解決するしね」
「違いない。……問題はその後だ」
「ええ。頂点の席は1つだけ。それを貴方が奪おうと言うなら、リーフ相手でも容赦はしない」
「ふっ」
フロムは身体を起こし、ノア様と向かい合う。
「ワシの娘を舐めるなよ」
「返り討ちにしてあげる」
……。
返り討ち、か。
「?どうしたクロさん」
浮かんだわたしの我儘を隠して、わたしは首を振る。
「いえ、別に」
「そうか」
このことを考える度に、もうスイがいないことにほっとする。
知られていたら、絶対に反対されていただろうから。
「まったく、ルクシアだけでも頭が痛いというのに」
「同感だね……」
そのうえリーフの相手とか。
あれは、災害だ。生まれついて最強の星に生まれ、本人もまたそれを望んだ、人の姿をした災害の化身。
まったく嫌になる。オウランも厄介な女に惚れたものだ。
……って、そういえば。
「で、オウラン、リーフに玉……告白はいつするんですか」
「!?」
こんな話が出たあとだ、今話しておくのがいいだろう。
「ちょ、いや、今そういう話じゃなかったじゃん!」
「いや、もうここでスッキリさせた方がいいと思います。分かりきっていたことですが、彼女は敵に回るのですから。ずっと引きずってるのも面倒くさいですし、そうなる前にスパッと砕け……思いを伝えた方がいいかと」
「ねえ、さっきから玉砕とか砕け散るとか言いかけてない!?」
「気のせいです」
ずっとうじうじされるのもうっとおしいし、いい加減さっさと清算してもらいたい。
「で、でも、僕……」
「そろそろ漢を見せるときですよ。多分」
「ク、クロさん、絶対僕が上手くいくと思ってないだろ!だからどうでもいいと思ってるんだろ!」
ちっ、妙なところで察しがいい。
ああどうでもいい。だってあのリーフだ。
戦うこと以外基本どうでもいいと思っているあの女が、お付き合い?結婚?ないない。少なくとも今は。
「クロ、私たちにはあまりからかうなとか言っておいて……」
「これはからかっているのではなく、さっさと行ってさっさと白黒はっきりつけなさいと言っているだけです。ほら、義父もそこにいますよ」
「あー、うむ……まあ、たしかにリーフのそちらの話はワシも辟易としているところではあるが、しかしなあ……今のあいつは……」
でしょうね。
「ま、まだ……まだだからあああああ!」
「あっ」
少し目を離した隙に逃げた。姉の恥ずかしがっている時とそっくりの動きだ、やはり双子か。
「にしても、やはりリーフはそちらは疎いですか」
「ああ。ワシも以前までは何度かさりげなく言っていたが、いい加減に答えるようになってからは意味が無いと思ってやめたな」
「そうでしょうね。なんかわたしやノア様の名前を出したこともあったとか」
「ああ、そんなこともあったな。しかしこっちの金髪はともかく、君は悪くないと思っているのだぞ」
「ちょっと」
「勘弁してください」
フロムはわたしの言葉を聞きつつも、どこか期待するような目で。
「……なあ、頼めないか」
「絶対にお断りします」




