第387話 那由多と久音と永和
……終わった。
魔力を失った今の那由多なら、わたしでも拘束し続けられる。
拘束の中で、大好きな親友はただ項垂れ、床だけを見つめていた。
「……やったの、ですね」
一瞬目を離してもいいか迷ったけど、意を決して後ろを振り向いた。
少ししてちらりともう一度見てみても、まったく動かない。
だからわたしは息を吐いて、声のした方にちゃんと目をむけた。
「メロッタの足止め、ご苦労様でした」
「ありがと、ケーラ」
「必要なことでしたから」
身体中ボロボロのケーラがそれでも背筋を伸ばし、悠然と立っている。
防御系の封印魔法で、攻防一体でしかも実力を隠していたメロッタ相手にあそこまで時間稼ぎが出来たとは大したもの。
……いや、感心するところではないか。彼女は敵だ。
「……メロッタは?」
「御心配なく。後に説明いたします。それよりも今は仮死状態になっているルクシア様や他の方々をなんとかすべきかと」
「……別に、問題ない」
ばっとふりかえると、さっきと全く同じ体勢で那由多が口を開いていた。
「どうせもうすぐ解ける。あの禁術では効果時間までは伸ばしてないから」
「―――そうですか。永和、リーフの疑似魂は?」
「もう引っこ抜いてあるよ。別に入ったままでも問題ないけどね。所詮は偽物だもんで、モノホンの魂には疑似魂は弾かれるから」
なら問題ないか。
………。
仮死状態、ね。
「……今なら楽にルクシアを殺せるのでは?」
「やったらいくら久音でも絶交だよ」
「じゃあやめます」
「……はぁ」
ひらめいたわたしに、それを咎める永和。
永和と絶交なんてことになったら生きていける気がしないわたしは速攻で前言を撤回し、その様子を見てノア様がため息をつかれた。
「主人の宿敵を殺すチャンスと友達1人、どっちが大事だっていうのよ」
「勿論後者ですノア様。あと友達じゃありません、親友です」
「ねー」
「……なにこの、若干の寝取られみたいな気分」
戦いが終わって気が抜けたのか、それとも不安に駆られたのか、ナチュラルにわたしの腕に腕を絡ませてくる永和を愛おしく思いながら―――わたしは、那由多になんと声をかけようか悩んでいた。
「んっ……」
「う、おっ……!」
「あら」
『はっ!』
『ああ、起きましたか』
そのうち、仮死状態に陥っていた者たちが全員目を覚まし始めた。
リーフ、ルシアス、ルクシア。各々が頭を抑えながらゆっくりと立ち上がる。
スイも元に戻ってきて、わたしの中で呟いてきた。
『勝った、の?』
『なんとか。あなたの残してくれた時間魔法のおかげです』
『……そっか。なんかちょっと信じられないね、あの那由多を倒せるなんて』
『ステアがいなければ間違いなく全滅でした。あの子に感謝しなければなりません』
『だね。あれ?そのステアはどこに?』
『あそこです。どうやら集中状態から戻ってくるために無理をしたようで、ノア様が治癒されています』
ルクシアによって髪色を元に戻してもらったノア様が、ステアを膝枕して治癒の光をかけている。あれなら少し経てば外傷は戻るだろう。精神の方もステアは自分でなんとかできるはずだ。
「あーー……頭重いな」
「?疑念、一度死ぬより微妙に身体が重い。誰か何かをした?」
「あーっとぉ~、なんでしょうか~、ね?」
「はぁ……はぁ……ノアちゃんいいよぉ……その慈愛の目、凄くバブみ感じちゃう……!でもなんでワタシ以外の女をそのすべすべもっちもちの膝にのせてるのぉ……!」
「興奮したり嫉妬したり忙しい女ね。そのまま過労死すれば?」
「ルクシア様、個人的な性的欲求は後にして頂けますか。向こうでリンクが伸びています、手当てを」
「あら、本当だ。わかったわ。……ケーラ、あなたはメロッタを」
「かしこまりました」
全員大丈夫そうだ。
ルクシア陣営は永和以外どうでもいいが、仲間たちも問題ない。
あとはオトハとオウランだけど、スギノキに行って戦っている以上、向こうが連絡してくるまでは待っている必要がある。現状わたしに出来ることはない。
わたしに出来るのは―――こっちの話だけだ。
「那由多」
数度深呼吸をし、不安を吐いて決意を吸って、わたしは那由多の方に近づいた。
それに気づいた永和も、多分わたしとまったく同じ表情でこっちに来てくれる。
「……どうして」
だけどわたしが話す前に、那由多が口を開いた。
「どうして……どうして、2人が私を拒むの……?」
「……」
「私の、1500年を無下にしたいくらい……私のことが嫌いになった?」
「っ、そんなわけありません!」
「絶対にない!!」
わたしと永和が那由多を嫌うなんて、未来永劫有り得ない。
例えこの世界の全てを混乱に陥れた張本人だろうが、史上最強の魔術師だろうがなんだろうが、那由多はわたしたちの親友で、それ以上はあってもそれ以下になることは絶対にない。
尊敬し、信頼し、愛し合う親友。
何があっても消えることがない絆だと、少なくともわたしは思ってる。
だけど―――今回のこの喧嘩が、那由多の心に深すぎる傷を残したことも、きっと事実だ。
「全部、2人のためだった……他には何も要らなかった……久音と永和だけが私のすべてだったから……永遠に続くんじゃないかとすら思った1500年すら耐えられたんだ……なのに……」
たしかに那由多がやったことは、この世界の住人から見れば許されざることだ。
だけど、当人のわたしたちにとっては―――。
「……那由多。聞いてください」
「イヤだ、聞きたくない……!」
「ですが」
「こんなことになって!負けて!そこからどれだけ君たちが慈愛の言葉を私に投げかけようと、私の1500年が報われることはない!!だって2人はもう、別の場所にいるんでしょう!?私が夢見続けてきた世界を作る気は、もう君たちにないのに!それなのにっ……」
吐き出すように出てくる那由多の言葉。
わたしは、すべて受け止める。受け止めるしかない。
だってわたしは、那由多を止めてしまった責任があるから。
「優しい言葉だろうと、怒りの言葉だろうと、かけてほしくない……私はもう、何も出来ない……!全て無駄だったんだ……!なら、もう……」
……ああ、きっと那由多の愛は歪んでいるんだろう。
客観的に見ればそうだ。それは間違いない。
けど、その愛を向けられるわたしは、それがとてつもなく嬉しくて愛おしい。
何故なら、わたしも同じ愛を那由多と永和に向けているんだから。
「もういい……疲れた……2人の邪魔はしないから……」
だからこそ、永和と考えていることは同じだとはっきり分かる。
これ以上、苦しみ絶望する那由多を見たくない。
でもこの世界を改変させるわけにもいかない。
なら、どうするべきか。
「もう……死にたいよ……」
那由多なら、そう言うと思っていた。
その解答もある。
きっとこれを言ったら、ノア様はぶち切れるだろうな。
スイもきっと怒る。ステアは……泣くかも。
でも、大事な親友を守り、かつ仲間たちと主人も守るためには―――これを提案するしかない。
「……わたしたちは、性格も頭の出来も、育った環境も何もかも違います。だけど、お互いに向けている気持ちの形だけは同じだと、わたしは信じてます」
「……私だって、そう思うよ……思いたいよ……」
「はい。だからこそ分かります、那由多の気持ちが。……でも、こうしてまた3人で会えた。お互いに顔を合わせて会話して、ちょっと喧嘩して。……これだけではだめですか?満たされませんか?」
上から目線だと自分でも思う。
那由多に転生させてもらっておいて何様だと、心の底から自分を恥じる。
だけど―――これは聞かなければいけないことだ。
「………」
沈黙が、何よりも那由多の心を代弁していた。
「分かりました」
わたしは拘束を解除し、倒れこむ那由多をそっと受け止めた。
そして背中に手を回して抱き着き、力なく倒れそうになる那由多に、言う。
「なら……一緒に死にましょうか」




