第327話 ナユタの過去4
私はすぐに国を立った。
たったの360年で現れてくれたのは私にとって大きな朗報だった。下手をすれば1000年以上の時を覚悟していた。
あらゆる手段を用いて最速で向かい、この大陸に行きついた。
しかし、私は辿り着いて情報を集めた後、頭を抱えることになる。2つ、誤算が生じていたのだ。
1つは、時間魔術師スイピアが既に魔女国オースクリードの女王ハルの手にあり、ハルを心酔していたこと。
王族として生まれながら、魔法が使えない劣等種として蔑まれていたところを救い出されたそうだから境遇的には無理もないが、ぬかっていた。まさかクロノアルファ王国が時間魔法の存在を知らず、魔法が使えない恥として王女を隠していたとは。
そしてもう1つ、むしろこちらの方が致命的な問題点だったが―――。
(ハルが……強すぎる)
未だ発展途上ながら、膨大な魔力とそれに裏打ちされた魔法耐性と出力。何より闇魔法というルール無用の魔法を持っていたハルは、私が今まで見てきたどの魔術師よりも強かった。
私はあの時点で500年生きていたが、その生涯の9割9分を研究に費やしていた。人間同士の戦争に関わったことは一度もない。だからあの頃の私は戦闘経験が皆無であり、転生特典と反則級魔法を踏まえてもハルの方が強かったのだ。
せっかくスイピアを手に入れたとしても、それをハルに奪還され、私が倒されたら意味がない。更に言えばスイピアは当時まだ未熟であり、禁術を使っても必要最低出力に届かないと予想できた。転生の心臓部である時間魔法を弱めれば、不完全な状態の転生となるか、そもそも失敗する可能性がある。
ならばどうするか。少し考え、私は結論に辿り着いた。
ハルに勝てないなら、勝てるレベルにまで私が強くなればいい。私は今までやらなかっただけで、それだけの才能があったのだから。
そして私はハルの―――ではなく、ハルと争っていた聖光国ルミエールの女王、ルーチェの希少魔術師部隊に志願した。ハルの方を選ばなかったのは、スイピアに近づきすぎることで私の本当の狙いが露呈することを恐れたためと、スイピアの敵側となることで幾度となく彼女に刺激を与え、成長を促すためだ。
一度見た動きや兵法は全て自力で再現できる私は、入隊直後に周辺の武闘派連中の動きを観察してそのすべてをコピーし、言霊魔法を併用した独自の戦い方を編み出すことで、6日でルーチェの副官の座についた。
その後数年、忠実にルーチェの駒として戦い続けながら、何度もスイピアを追い詰めて時間魔法の成長を促した。
戦闘術、実戦経験、時間魔術師。私に必要だったすべてが揃い、私は”最強”になった。
スイピアもまた、本人の才覚も相まって私の想像以上に成長し、十二分に転生魔法の最後のパーツになり得る力を持っていた。
それを確認した私は一旦共和国アルスに戻り、長年連れ添ったことで私を信頼していたアルスを言霊魔法で操作して禁術を使わせ、強化魔法を転生魔法に組み込んだ。
そして、時間以外のすべての属性が揃ったことに満足し、念のための動作シミュレーションを行い。
失敗した様子を見て、私は戦慄した。
「なんだ……なにが起きた!?」
理論も実験も全て完璧なはずだった。私の計算に狂いがあるはずがない。
慌てふためきながらも原因を究明した結果―――問題は闇魔法にあった。
転生のために闇魔法が必要なのは、闇魔法が世界を歪める力を持ち、あちらとこちらの世界の隔たりを歪めて輪廻転生の輪をこちらに繋げる必要性があったからだ。だがその出力が、最初に試した時の70%程度にまで低下してしまっていた。
だが、内部に込められた闇魔法にはまったく問題がなく、シミュレーションをして転生魔法が世界に広がった瞬間、闇魔法の出力のみが急速に落ちてしまうことを確認した。
どういうことかとあらゆる可能性を模索し―――そして、気づいた。
「光魔法……ルーチェだ……」
あのハルに匹敵する実力を持つ、私の成り行き上の長にして最強の光魔術師。
魔力量だけならば僅かにだがハルを上回る、あの女の存在が私の計画を狂わせていたのだ。
闇魔法と光魔法は打ち消し合う。たしかに転生魔法が発動された直後、世界に転生の力が広がる都合上、その力の一部である闇魔法が光魔法によって僅かに相殺されてしまう可能性は懸念していた。
だが、それは杞憂だった。禁術によってブーストされた闇を光魔術師が無意識で放つ魔力によって相殺される割合は、僅か1%前後。打ち消されてもなんら問題ない量だ。
そう、そのはずだった。杞憂のはずだったのだ。
だが、ルーチェは歴代の光魔術師の中でもダントツの魔力量と洗練された実力を兼ね備えた、最強の光魔術師。
それによって、1%程度だった相殺の割合が、30%以上にまで膨れ上がってしまっていた。
世界の繋がりを歪める役割がある闇魔法の出力低下は、転生魔法の発動不能を意味するのとほぼ同義だった。
「クソッ……!」
元々私は、ルーチェを裏切るつもりも殺すつもりも無かった。
むしろ、強化したこの実力でハルを戦闘不能に追いやり、ルーチェにくれてやるつもりだったのだ。
ハルを偏愛しているあの女は、私にとって好都合のはずだった。ハルを生かしてルーチェに渡せば、スイピアを攫ったとしても他のハル側の希少魔術師はハルを優先してスイピアを見捨てるだろうから、誰にも邪魔されることなくゆっくりと転生魔法を発動できる予定だったのだ。私にとって、ルーチェは裏切るメリットがまったくなかった。今この瞬間までは。
「ちっ……」
だが、状況は変わった。あの女がこの世に存在しているだけで、私の目的の邪魔になる。
ルーチェは殺すしかない。私は拳を握りしめてそう考えた。
そして、ルーチェの副官としてハル側の希少魔術師を数人殺している私をハルは恨んでいる。そこにスイピアを連れ去ったりすれば、あいつは確実に私を追ってくるだろう。仇敵であるルーチェを私が殺しても、ハルの性格上私を許すとは思えなかった。
「だったら、いっそ……」
私は、2か月後にルーチェがオースクリードに対して大規模な侵攻を計画していることを思い出した。
前線にはルーチェ自身も出ると言っていたため、当然ハルも出てくるだろう。
あの2人は戦い合うはず。そして互いの力量が互角のあいつらは、他に気を配る余裕は消える。
なら、それが好機じゃないだろうか。
「やつらが戦っているところを、まとめて殺す」
計画のそもそもの障害となるルーチェ、私に悪感情抱いているために後顧の憂いととなりかねないハル。
実力が突出しているあの2人を殺せれば、残りの雑兵は希少魔術師だろうがなんだろうが私の強さがあればどうにでもなる。
更に、ハルを殺したことでスイピアの意識が揺らぎ、言霊が通るようになれば一石二鳥。そのまま禁術を使わせて終わりだ。
一旦ハルをかどわかしてルーチェに渡し、頃合いを見てルーチェを暗殺する策も考えたが、あの女はあれで用心深く、私のことも警戒している。私を副官に選んだのは監視の目的もあったことは察していた。
だから、あの女を瞬殺することは出来ない。私に敵わないと踏まれて速度で勝る光魔法で逃げられては、これ以上1秒たりとも時間を無駄に出来ない私にとっては最悪だ。ハルを殺すのは”出来れば”程度のものだが、ルーチェを殺すのは”絶対”なのだから。
私の500年かけた計画に、失敗なんてあってはならない。
瞬殺出来るチャンスは、どちらも私に意識が向いていない、ハルとルーチェが戦っている時のみ。
すべての不確定要素を潰すため、確実に殺す。私はそう決心していた。




