第313話 “ナユタ”
「……なんでしょうか、ここは」
スイの進言によって来た、神殿最下層。
そこは今まで通ってきた、いかにも遺跡ぜんとした部屋とは少し違った。
広さこそ確かに他の部屋程ではないものの、それでもかなりのものだ。貴族の豪邸がすっぽり収まるくらいはあるだろう。
更に、凄まじく高い天井とそこに書かれた美しい色とりどりの絵画。
下品でない程度の金で光るその部屋は、いっそ神聖さすら感じる荘厳な空間だった。
そう感じたのはわたしだけでなく、横にいるホルンも口をポカンとあけて魅入っているように見える。
だが、見惚れている場合じゃない。ホルンの肩に手を置くと、彼女はハッとしたような顔で辺りを見渡した。
「ここが、この神殿の最深部ってことでいいのかね?」
「おそらく。油断しないでください、他の部屋ですらあの魔獣やアンデッドの数々です、何がいても不思議ではありません」
「たしかに。金色のドラゴンとか出てきそうな雰囲気はあるよね。生体感知は?」
「引っかかりません。むしろ不気味です、あんなに多くの敵がいながら、ここだけにいないなんて。何かありますよ」
「だよねぇ」
『スイ、この場所に心当たりは?』
『……』
『スイ?』
『へっ?……あ、ごめん。心当たりならあるよ。さっき言ったけど、この遺跡は1000年前に主様がとある怪物を封印した場所。その怪物を置いたのがこの部屋だ』
怪物、ね。
わたしは少し迷った後、最初から感じていた違和感をスイに問い詰めることにした。
『スイ、まだ何か隠していますよね』
『へ?』
『ここに閉じ込められ、敵であるホルンと共闘せざるを得ないほどの状況に置かれたにもかかわらず、頑なにその怪物とやらの情報を詳しく教えようとしない。なにを考えているんです?』
『あ、そ、それは……』
『怪物とはなんですか?それは1000年経った今でも生きている可能性があるんですか?』
『うう……』
「なにぼーっとしてんの?」
「ちょっとスイと会話中です。何かを隠しているようなので問い詰めています」
「ほーん?」
『別に、隠していたつもりじゃないんだよ』
『じゃあなんで話さなかったんです』
『……思い出したくなかったんだ』
『え?』
『思い出したくなかったんだよ、彼女のことを。それにとっくに寿命で死んでるはずだから口に出すまでもないと思ったんだ』
『待ってください。あなたが言う怪物というのは―――』
『そう。ここに閉じ込められたのは人間。主様が……いや、違うな。魔女国と聖光国の国民全員を恐怖に陥れた、最悪の魔術師を、主様はここに封じたんだよ』
「なんか言ってる?」
「……ここに封じられた怪物というのが、千年前に実在した最悪の魔術師のことであるという話です」
「えっ、マジ?」
「人間なら生きてはいないでしょうが、まだ分からないことがあります。もうちょっと聞いて」
「ばあ」
「―――っ!?」
「な、えっ!?」
何の前触れもなく、何の気配もなく。
突然、わたしとホルンの間に謎の人物が現れた。
反射的に後ろに飛び、《食い散らかす闇》を放った―――が。
「《失せろ》」
謎の人物がそう呟いた途端。
わたしの魔法は消え失せた。
「なにをしっ……!?」
「あはっ、あはははははは!素晴らしい!よくここまで鍛錬したね!」
すぐ後ろにあった柱の位置まで下がり、ようやく相手の姿が鮮明に眼に映った。
わたしよりも顔半分くらい高い背をした、すらっとした体形。
年齢はおそらくわたしと同じか、若干上といったところだと思しき顔立ち。
中性的な美形で、肩より少し上まで切り揃えられたショートカット。前世でいうボーイッシュ系、という感じか。
そしてなにより特徴的なのは。
まるで雪をそのまま写したかのような―――真っ白な髪色。
「ああ……ようやくだ。この瞬間のために、那由他にも感じる時を生きた。本当にあと少し―――あと少しで、ワタシの人生が報われる!」
唐突に現れて、意味の分からないことを叫び始めた、顔に心からの愉悦を浮かべる彼女が、スイのいう「怪物」なのか。
それを聞こうとすると、頭の中にスイの凄まじい感情が流れ込んできた。
感情の正体は―――怯え。
『なん、で……なんで、生きてる!?あれから1000年経ってるんだぞ!有り得ない、いくらお前だって、そんなことができるはずが!』
『スイ、落ち着いてください!』
『さ、最悪だ……最悪だ、最悪だ!!クロ、逃げろ!ホルンを盾にしてでも逃げ切るんだ!』
『落ち着けと言ってるんです!!』
『落ち着いていられない!あの女が何者なのか知らないから君はそうやってマトモでいられるんだよ!』
『それを教えなかったのはあなたでしょう!そんなに恐ろしい存在なら、彼女が何者なのかを言ってください!』
取り乱したスイを一喝すると、スイは未だ怯えながらも多少冷静さを取り戻し、目の前の女の恐ろしさを語り始めた。
『アイツの名は―――ナユタ。1000年前、ルーチェの副官だったやつだ』
『ルーチェの?』
『聖光国の希少魔術師部隊に志願後、6日で副官の座にまで成り上がった、空前の天才魔術師。幾度となくボクの前に現れ、そして一度も勝てなかった。主様ですら、ナユタとの直接対決は避けるほどに警戒していたんだ』
『なるほど。つまりあのナユタという女はルーチェ、ルクシア側の人間ということですか。あなたのように特殊な方法で転生し、ルクシアの力となるために……ん?』
いや、違う。
スイは言った、「魔女国と聖光国を恐怖に陥れた」と。
こうも言った、「ホルンを盾にしてでも逃げろ」と。
相手がルーチェの配下だったなら、こんな言葉は出てこない筈。
『違うんだ……そんなはずないんだよ……!』
その疑問は、スイが話した恐るべき事実によって解決した。
『あの女は裏切ったんだ、ルーチェを。1000年前主様とルーチェがぶつかり合った時、あの2人を殺そうとして―――それを止めようとした主様側の希少魔術師7人とルーチェ側の希少魔術師6人、計13人を殺害して逃亡した』
『……は?』
『その行動は当然、主様とルーチェの逆鱗に触れた。怒り狂った2人は、歴史上で唯一、あの時だけ、公私の状況を超えて手を組んだんだ』
『あの二人が、手を……!?』
『ナユタは……あの主様とルーチェが、世界で唯一、協力しないと勝てないと踏んだ存在で、そして―――倒せなかった怪物なんだよ!』
***
「懐かしい―――なんて、思い出話にするような出来事でもないわね」
「そうだねえ。ワタシはハルちゃんと一緒ならどんな状況も楽園って、あの頃は思ってたけど……あの時の戦いだけは例外、かな」
「私とあんたが世界最強なんて呼ばれた出したのも、そもそもナユタを封印することに成功したからだし。……実際は、封印するしかなかった、って言うのが正しいけど」
「とっくに寿命で死んでるはずなんだけど―――なんだろうね、この神殿にいるからかな。凄く不吉な予感がする」
「もし仮に生きてたとしたら……いえ、やめましょう。考えただけで怖気がするわ。あんたの転生を知ったときが可愛いくらいに」
「ワタシたちにとっても、最初で最強の敵だったものね。あんな怪物がどこでどうやって何故生まれたのか、機会があったらちょっと知りたかったかも」
「そうね。私たちに手を組まさせた最悪の女。そして何より」
「未来永劫―――ナユタを超える魔術師は生まれてこないでしょうね」
やっと出せたよこの子……




