第310話 休戦協定
時は少し遡る。
「クロ!」
「ホルン!?」
クロが落下し、その突然の出来事に全員が気を取られているうちにホルンまで地下へと吸い込まれた。
「リンク、伸縮魔法で距離を縮めてください!」
「む、無理です。穴が塞がってあいつの正確な位置がもう……」
「ルシアス、クロのところに跳べないの!?」
「ダメだ、突然俺の空間把握から消えやがった!」
「……私の、感知からも、消えた」
「ス、ステアの魔法発動領域って、たしか17キロでしたわよね?」
「それ以上離れたってことか?この短時間で?有り得ないだろ!」
全員が戦闘を中断し、互いの仲間を助ける手段を模索した。
しかし、全員の魔法を用いても、2人を救う手段がない。
全ての策が空振りに終わった結果、沈黙が場を支配した。
「………っ」
数秒後、ルクシアが立ち上がった。
手に持っていた光の剣を解除し、ノアたちに背を向ける。
「何してるのあなたたち、行くわよ」
「行くとはどこへ?」
「決まってるわ。ホルンを助けによ」
「でも、いいんですかお姉様。向こうは側近筆頭と時間魔術師が消えたんですよ?ホルンはその、確かに心配、ですけど……今がチャンスなんじゃ?」
「ダメよ。ホルンはワタシが見出して、名付けて、そして傍に置いたのよ?あの子の人生に介入してね。ならワタシには、あの子……というよりあなたたち誰だったとしても、危機に陥ったときは全てを差し置いても全力で助ける義務がある」
「ルクシア様……」
「ホルン最優先。ほら立って」
ケーラとメロッタ、そしてリンクすらもその言葉に深く頷き、立ち上がった。
「そういうわけだからノアちゃん。互いの仲間が見つかるまではちょっと休戦して協力しない?ノアちゃんもクロさんを助けに行きたいでしょう?」
「そうね。異論はないわ」
「……お嬢」
「ステア。気持ちは分かるけど今はクロとスイよ」
「……ん。分かってる」
「じゃあ決まりね。この近くの“入り口”ってどこ?」
「そこまで把握してないわよ。ルシアスの空間把握を頼りにそこら辺歩くしかないわ」
「ん?入り口?」
「もしかしてお嬢様、クロさんが落ちた場所を知っているんですの!?」
「ええ」
オトハの質問に、ノアとルクシアは苦々し気な顔を作った。
そして頭を抑えながらも、その場所について話した。
「この大陸の地下にはね、2000年近く前に建造された神殿があるの。面積にしてこの大陸の約7割という超広大なのがね」
「大陸の7割って……おいおい、この大陸って今のディオティリオ帝国の国土面積より広い筈だろ!?」
クロのかつての世界でいうところの、オーストラリア大陸とほぼ同じ面積のこの大陸の約7割。
それほどのものを作る技術が旧時代に存在していたという事実に、その場の全員が息を飲んだ。
「広さもそうなんだけど、問題は別にあるわ」
「問題とは?」
「件の神殿の名前は“エス=コロニア地下大神殿”。詳しいことはワタシたちも一切調べなかった―――というか調べられなかったの」
「それは1000年前の主君様もノアマリー殿も、ということですか」
「そう。だから大神殿についてはワタシたちも正直あまりよく知らないのよ。分かっているのは、それを建築した男が《組替魔法》の使い手で、たった1人で造ったらしいということが1つ」
「ひ、1人ぃ!?」
「そこも驚くところだけど、もっと分かりやすくやばいのは―――大神殿はその組替魔法の影響が今も残っていて、部屋同士の繋がりがぐちゃぐちゃなのよ」
「どういうことだ?」
「大神殿は碁盤の目みたいに通路が広がっていて、縦と横が十字に重なる部分に大部屋がある。つまり四方に通路が繋がっているのだけれど、この通路の空間が組み替えられていてね。最西の入り口からスタートして、何本か通路を進んだだけで最北の出入り口から出てきた、なんて話もあったわ」
「おいおい……空間魔術師形無しだぞ」
「そこが妙なのよね。空間の組替を超広範囲かつ複数箇所に施し、更にそれが死後も持続するってどう考えても異常なのよ。だからどんな手段を使ったのか多くの研究者が神殿に入っていったんだけど」
「その多くが神殿に巣食っていた魔獣に殺されるか、組み替えられた空間で彷徨って出入口が分からなくなって行方不明になったわ。結果、殆ど何もわからずに終わったんだよね」
「マッピングすればよかったんじゃねーのか?」
「組替は数日ごとにランダム変化するから、そんなことしても無駄よ。だからこそ、私たちも1000年前は戦争で使わなかったんだから」
「把握できれば、いきなり敵国に潜入する最高の隠し通路になったでしょうね」
ノアとルクシアがため息をついた。
すると、ずっと黙っていたステアがボソッと呟いた。
「……神殿を造ったの、異世界人の、可能性、高い」
「!」
「異世界人?うちのホルンやそっちのクロさんみたいな?」
「有り得るわね。私たちでは不可能だけど、転生特典というのを用いればあるいは」
「お待ちを。どういうことですか?」
「アルスシールとスギノキを攻略している時に、この世界にはクロとホルンの以前にも複数の異世界人が存在していたことが分かったのよ。ルクシアでも知っている中だと、ジャンヌ・ダルクも異世界人だったらしいわ」
「えっ、あの太陽の悪魔が?へぇー」
「そして、その異世界人たちは転生特典というのを生まれつき保有しているらしくてね。魔法とは関係ない能力らしいけどその辺は詳しく分からないわね」
「ふーん、後でホルンにも聞いてみましょうか」
「ねえ」
「ん?」
「この神殿、造ったの、異世界人だと、したら」
ステアは神妙な顔で自分の仮説を話す。
「クロと、ホルン。異世界人だけが、落とされたの、偶然?」
「「「!!」」」
「たしかに。あの2人だけが落ちたのには何か理由があるのかもしれませんわね」
「神殿の機能的な何かってことか?有り得るかもね」
「ええ、確かにそれは考えてたわ」
ノアもコクリと頷いた。
しかし、ルクシアと顔を見合わせた後、複雑そうな顔をして。
「ただ……それは、2人が落ちたのが“神殿の機能”だった場合よ」
「どういうことだ?」
「もし仮に、落とされたのが人為的なものだったとすれば―――神殿の機能じゃない可能性も高いわ」
「人為的?この大陸に私たち以外の誰かがいるってことですの?」
「……ルクシア」
「……有り得ないよ、ノアちゃん。いくらあの化け物でも、1000年もの月日を超越できるわけがない」
「分かってるわ。分かってるけど―――」
「お姉様、何か心当たりがあるのですか?」
「……」
リンクの問いに、ルクシアとノアは逡巡するような顔をした。
まるで、思い返したくないことを思い出すかのように。
そして。
「……話すべき時が来たら話すわ」
回答をはぐらかした。
「とにかく、クロとスイを助けるにしても神殿に入らないことには始まらないわ。幸いこっちには空間魔術師がいるから、いつでも外に戻ってくることは出来る。落ちた子たちと直線距離が近づきさえすれば助けられるわ」
「納得。ステアとクロが直線距離で近づきさえすれば、クロの居場所をステアが読み取って、それを更にルシアスにインプットすれば転移で合流できる」
「そういうこと」
「ワタシたちもノアちゃん組の誰かにリンクがマーキングしておけば、距離を縮めてホルンを助けられるわね」
「あの馬鹿を助けるのは癪ですが、貸し×100ってことにしてやります!」
「……ちっ」
あわよくばクロスイだけ助けてホルンを置き去りにし、更に自分たちだけ空間魔法で戻ってくるというプランを密かに浮かべていたノアは思わず舌打ちをした。
「まあいいわ。ルシアス、どう?」
「あんたらが話してる間にちょいとその辺回ってきたが、一ヶ所地下に繋がってるっぽい場所があったぜ」
「案内して」
「えっ、いつの間に行ってたのあの男?」
「なーんか、異様に強くなってるよねえルシアスさん」
こうして、クロスイ&ホルンに続き、こちらでも仮初の休戦協定が結ばれていた。




