第299話 解読
アルスシールで、ハンドガンは1人1丁持っているのが基本的だった。
だからこそ試し撃ちの音は絶えなかったし、何度もわたしも見たことがある。
その時の狙った場所への命中率は、距離にもよるが体感で大体1~2割といったところだった。
それも、撃つ→狙う→また撃つという動作に、どんなベテランでも3秒はかかっていたはずだ。
少なくともわたしの知る限り、命中率10割で5秒程度で全弾撃ちきった人は存在しない。
はず、だったのだが。
「……あれ、全部当たってますよね?」
「そうね、全部当たってるわね」
「ちなみに昨日からクロが持ってきた全部の銃を試してるが、今の所ほぼ全部ど真ん中にぶち当ててるぞ」
「一応聞くんですがクロさん、あれってあんなにパカスカ当たるものじゃありませんわよね?」
「わたしやあなたどころか、リーフですら命中率7割もいっていないでしょう?風魔法で軌道を操ってイカサマしたものは除けば」
オトハとリーフと一緒に試しに撃った時、何発撃っても狙ったところに当たらず、向いてないなと思ったのは記憶に新しい。
しかしそれが普通だ。今目の前で起こっている光景の方がおかしい。
「うん、これもいける」
満足そうに頷いて、いつの間に作ったのか銃を入れるホルダーにハンドガンをしまったオウランは、弾を込めながらこちらに戻ってきた。
「あれクロさん、起きたのか。おはよう」
「おはようございます。……えと、調子はどうです?」
「うん、色々試したけどすごくいいよこれ。僕に合ってる」
予想をしていたなかったわけではない。
弓や投擲の技術が卓越していたことから、オウランは遠距離武器の才能があることは誰の目からも分かっていた。
ただ、見たこともない武器を初見でプロ以上に使いこなすほどの才能だということを分かっていなかった。
ルシアスといい、うちの男は魔法以外の技術がイカれてるな本当に。
「でも重くてさ、持ち運びがあるからあまり多くは持てないんだよね」
「ハンドガンやサブマシンガンだけ持っておいて、あとはルシアスの亜空間にでも入れておけばいいのでは?」
「そうするよ。狙撃銃とか格好良くて好きなんだけどね」
残念そうな顔をしながら、オウランは近くにあった鞄をルシアスに渡した。
これは嬉しい予想外だ。未知の武器で百発百中かつ必殺とは、敵は想像以上の恐怖のはずだ。
「賞賛、君にこんな才能があるとは。凄く良いと思う」
「えっ!?い、いやあ、そう……?」
思い人からも褒められ、ますます技術を磨いてくれるだろう。
「ただ、弾はあまり無駄撃ちしないでくださいね。政変中のアルスシールから取り寄せるのは大変ですから」
「了解。そう思ってあまり撃ってないよ」
「それならよかったです」
「素晴らしいわよオウラン、その才能をしっかりと役立ててね。主に私のために」
「分かりました」
手入れとかも必要だが、その辺は器用なオウランのことだ、上手くやると思う。
一応、ステアにわたしの記憶からやり方をオウランに共有してもらうか……と、あれ?
「時にノア様、ステアはどこに?」
「あの子なら今日見てないわよ。ずっと部屋にこもっているみたい」
「それは……大丈夫ですかね」
「一度見に行ったんだけど、ずっと集中してて私にすら気づかないのよ。徹夜してるんじゃないかしら」
「まだあの子13歳ですよ。褒められたことではありません」
「それほど熱中できるものがあったのは良いことでしょう。一日くらい大丈夫よ」
「これで夜更かし癖でもついたら後々矯正するの大変ですよ?」
今更だが、なんでこんな教育方針の違いを話し合う父と母みたいな話を。
「まあ、心配なのは確かね。仕方ないわ、ちょっと様子を―――」
ノア様が最後まで言い切る前に、何かがこちらに近づいてくるのが生体感知に引っかかった。
振り向くと、廊下の奥からこちらに走ってくる小さな影が。
「はあっ……はあっ……!」
「ス、ステアが走ってる!?」
「なんてこと……『脳内に酸素が届かなくなることによって思考が鈍り、精神魔法に影響が出るから非効率』って言って頑なに走らず、急いでる時は誰かに(主にクロかルシアスに)おぶってもらってるあの子が?」
辿り着いたステアは盛大に息切れをしてへたり込み、そのステアを全員が囲んだ。
「大丈夫ですかステア?」
「はあっ、はっ……ふ、ふふふふ……」
「え?ちょ、本当に大丈夫ですの?」
「……解けた」
「へ?」
「解読できた。全部。完璧。達成感凄い。最高!」
「お、おう」
「2日かかると自分で言っていたのに、それを1日とは。一応聞きますが、寝ました?」
「寝てない。徹夜」
「やはり。頑張ったのは偉いですが、ちゃんと睡眠はとらないと大きくなりませんよ。ほら、とりあえずベッドに」
「無理。脳内麻薬いっぱい。ハイになってる。しばらくは睡眠無効」
たしかに眼が充血していてフラフラなのに、言葉にいつものようなたどたどしさがない。
この子が普段ダウナーかつゆっくりな喋り方になるのは、異常な思考力に言語が追い付かないからだ。
昔の今よりも脳が発達していない時はそこそこ流暢に喋れていたし、最近も脳の整理が上手くなったのか一番酷い時よりは改善されたが、それでも一般的な人よりは遅い。
だが今は違う。おそらく、脳の覚醒によって多幸感に包まれ、かつ疲労によって無意識の観察による情報取得や処理能力が落ち、一時的にパフォーマンスが落ちていることによって普通に喋れているんだろう。
逆に言えば、今の今までそれほどに脳を酷使していたということだ。
「とりあえず目を瞑っておきなさい。少しでも情報を遮断して脳を休めましょう」
「うん。分かった。これ解読した資料。すごかった」
ステアからそれを受け取り、ステアはすっと目を瞑った。
しかしニヤニヤが止まっていないあたり、まだハイは治らないようだ。
「精神魔法で共有したいところですが、当の本人がこれなので出来ませんね。わたしが読み上げます」
「ええ」
地球にいた天才のノート、か。
ステアに渡された紙を、緊張しながらも一枚捲った。
「えーっと、『魔法文明において科学文明の有用性は』……」
「?どうしたんですの、いきなり押し黙って」
「……分かりません」
「はい?」
「専門用語と激ムズ理論の話が並んでいてなにが書いてあるのかさっぱりわかりません」
その場の全員がずっこけた。
「いや、じゃあ読んでみてくださいよほら」
「あ……たしかにこれは分かりませんわね」
「なんだこれ。本当に翻訳した言語なのか?」
「残念。意味が分からない」
「あー、まあ、分からないと混乱するやつねこれは。貸して、私が噛み砕いて説明するわ」
なんというか、普通の現代人が何も知らないでプログラミング言語を見せられている気分に近しい感じだ。
ノア様にはわかるようで、パラパラとめくり、そして。
「……なにこれ凄い!新しい理論や魔法と科学の併用、希少魔法の一部再現!?世界の常識をひっくり返す超超超素晴らしいものじゃない!」
「ノア様、あなたまでそっちにいかないでください!我々にも分かるように説明してくださるのでは!?」
「え、ああ……そうね」
天才には理解できる類いのもののようで、興奮気味に資料を読み込み始めたのでとりあえず一旦止めると、ノア様は一度咳払いをして言った。
「簡単に言ってしまえば、これは科学技術によって魔法を再現したり超えたりしようとした研究のようね。クロたちが遭遇したロボットやパワードスーツというのも、著者の研究の一端らしいわ。研究によると、四大属性や光、毒などの現実にエネルギーとして存在しているものは、魔法ではなく科学でもその特性を模倣できるってことのようね。ただ、あくまでその性質をコピーできるだけで、例えばあのロボットに光魔法の超高速なんかを付与することは出来ないようね」
「まあ、それはそうでしょうね。あの魔法は自らを光に変化させることで衝撃などの影響を無効にしていますから。ロボットに搭載したとしても光魔術師の能力全てを模倣するのは不可能でしょう」
「ええ。あと、そういうエレメント系の魔法の中で闇魔法だけは再現が出来なかったらしいわ。いくら研究しても『そもそも闇ってなんだよ』っていう疑問を解決できなかったみたい」
「なるほど」
「ロボットの製造については―――ああ、これか。難しいけど不可能ではないようね。彼自身は《改造魔法》によってパーツを作って組み替えることで上手くやっていたようだけど、私たちにはそれが出来ない。ただ、パーツさえできればなんとかならないって程でもないようだわ」
それは朗報。帝国でロボットを量産できれば、これ以上ないほど有用な戦力になってくれるだろう。
「ただ、その超硬度の外殻というのは再現恐らく不可能ね、改造魔法の産物らしいわ。自ら生みだせていないことを悔しがっている」
「完璧主義者だったんですかね?」
「まあ、多分?その他にも色々あるけど、この辺はあとでステアに記憶共有してもらえばいい程度のものだわ。にしても本当にすごいわよこれ、今まで科学というのに関心を持っていなかったけど、考えを改める必要がありそうね」
ノア様はしきりに感心しながら、ペラペラと資料を捲っていった。
そして最後のページで手を止め。
「これは―――著者の言葉ね。『私がかつての世界で発明してきたあらゆるものも、この世界では受け入れられない。魔法という便利極まる、かつ停滞した文化があるためだ。もし私の魔法文明に対する嫉妬と憎しみ、何よりも興味を電気に変えることが出来たら、きっと世界中を明かりで包むことが出来るだろう』」
「複雑な心境だったんでしょうね。随分と優秀な発明家だったようですし」
「そうね。魔法と科学、相反すると言っても過言ではない文化。自分の今までを根底から覆されたショックと、新たな文明に対する強い関心、様々な感情が軽く見ただけでも読めるわ。……最後に署名があるわね」
ノア様は、最後の言葉を読み上げた。
「『私は、その生涯をかけて証明する。科学は魔法を超えることが出来るのだと。
―――ニコラ・テスラ』」




