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第297話 ステアの唸り

「本当にすいませんでした」

「いえ、頭に血が上ったわたしも悪かったので……」


 美しいフォームで土下座するルシアスに対して、わたしもぺこりと頭を下げた。

 いや、今回に関しては互いに悪かった。

 わたしの超えてはいけない一線を超えたルシアスと、何かと勘違いして冷静さを欠いてフルボッコにしたわたし。

 ここはしっかりと謝り合った方が今後の為というものだ。


「……クロさん。もう怒ってませんわよね?」

「ええ。ご心労をおかけしました」

「……寒くない?毛布とか持ってこようか?」

「はい?お気持ちだけ受け取っておきますが」


 ただなんだろう、ルシアスはともかく、妙にオトハとオウランまでよそよそしいというか、わざとらしい気遣いを見せてくるというか。

 終いには頭の中でスイまでわたしをいたわる始末。なんだこれ。気色悪っ。


「どうしたんですかいきなり。なんか変ですよ」

「いえいえいえ、いつも頑張ってくださっているクロさんを少しでも労うという気持ちを持つのは後輩として当然ですわ!ねえオウラン!」

「そうそうそう!僕らのために一所懸命になってくれている人に対して、少しは恩返しをさせてほしいんだ!」

「なんでこんな時だけ双子の息の合いようを見せてくるんですか」


 ……もしかしてあれか、わたしが怒ったときに随分と全方位攻撃をしてしまったやつ。

 あれを聞いて、流石にまずいとでも思ったのだろうか。別に今まで当たり前の日常だったし、むしろ変にかしこまられても困るので普段通りで構わないんだけど。


「クロ」

「ノア様。いかがなさいましたか?紅茶ですか?布団ですか?それともゲームですか?」

「……いえ、その、疲れてない?」

「……すみません、今なんと?」

「いえ、疲れてないかなって。仕事から帰ってきてまだ間もないわけだし、私の世話ばかり焼かなくていいのよ?3日くらい休んでくる?」


 ノア様が、わたしに、そんな長期休暇を……?

 生活能力皆無、私生活のだらしなさは世界有数、容姿と才能とカリスマと野心に恵まれていなければ間違いなく社会不適合者だったであろうこの御方が?


「失礼を承知で申し上げますが、ノア様こそ何かの御病気なのでは?正常なあなたがわたしに暇を与えるなど有り得ません。わたしがいなければ洗濯も掃除も食事も着替えも、包み隠さず表現するならば何もできないのですから」

「おおよそ主人に吐く台詞ではないと思うのだけれど。というかついさっきまであなたと別行動だったわよね」

「熱は―――ないようですね。しかしかつての世界でもインフルエンザの種類によっては熱があまりでないという場合も。ノア様、ご自分に治癒魔法を。その後念のため医者に診てもらいましょう」

「……ねえ、これって私が悪いのかしら」

「7割あんただな。残り2割が俺らで、1割がクロの責任感とか自己犠牲精神とかだ」

「それからステアです。精神状態を……と、おや?」


 頭のご病気にかかってしまわれている可能性を考慮し、ステアに診てもらおうと思ったのだが、そこでようやくわたしはそのちょっとした異常事態に気が付いた。


「ステアはどこに?」

「あのノートを捲ってたんだけど、途中から目の色変えて部屋を出て行ったよ」

「そういえば変ですわね?ステアがクロさんもお嬢様も連れて行かなかいなんて」


 ステアが、わたしとノア様の元から自主的に離れてどこかへ?

 おかしな話だ。長らく離れていたわたしにあんなにべったりとくっついていたというのに。

 頭を悩ませていると、部屋の扉が開いた。ステアかと思って振り向いたが。


「む、取り込み中かね?」

「疑念、ウチがいない間に留守だったようだけど何かあった?」


 そこにいたのはフロムとリーフだった。

 フロムとは幾つか打ち合わせなければならないことがあるのだが、それにはステアの頭脳が欲しい。

 だがそのステアがいないため、わたしは聞いてみた。


「すみません、ステアを見ませんでしたか?」

「ステア君か?ここに来る途中に妙に血走った目で、誰も来なくて音も聞こえないような集中できる場所はないかと聞かれてな。今は使っていないフェリの自室はどうかと考えたら、それを読み取ってそちらへ行ってしまった」


 血走った目で、元四傑の部屋へ。


「どのあたりですか?」

「二階ほど階段を下りて、目の前の通路を右に曲がって奥の扉だ」

「すみません、ありがとうございます。ノア様、少し様子を見てきます」

「え?ええ」


 一瞬ためらう様子を見せたノア様だったが、やがて頷いたのでわたしは部屋を出た。

 《制限解除(リミットブレイク)》はまだ続いている、あれは使ったあと暫く反動で動けなくなるから今のうちにやる事をやってしまわねば。

 一体どうしたんだろうか。ルクシアとの戦いの後からは特にわたしかノア様の元を離れなかったあの子が、自主的に一人になろうとするなんて。

 わたしはフロムに言われた通りに進み、扉の前に辿り着いた。

 軽く引いてみると、鍵はかかっていないようで簡単に開く。

 そっと中を覗いてみると、いた。

 水色の綺麗な髪が、暖色の灯りに照らされている。

 ただ、少しだけ様子がおかしい。

 机に座り、ペンを走らせ、一心不乱に没頭している。


 妙だ。7つの並列思考能力を持っているあの子なら、解読だけならわたしたちといる時にも出来るはずなのに。

 なぜ、わざわざ部屋を変えた?それも一人で。

 わたしは部屋の中に入るが、ステアが気づく様子はまるでない。


「ステア?」


 わたしは声をかけるが、反応はない。

 その代わり、少し近づくとブツブツと何かをステアが言っているのが聞こえた。

 耳を澄ませると。


「……すごい」


 ?


「すごい、すごい。こんな、考えたことも、なかった。創ったのは、紛れもない、怪物。天才。どんな脳の、構造、してたら、こんなこと、思いつく?私には、出来ない。本当に、ものすごい……!」


 わたしは驚いた。

 というか仰天した。

 基本的に仲間のこと以外に無関心なこの子が、ここまで1つのものに集中するなんて。

 部屋を変えた理由は分かった。7つの思考すべてを割かなければ、理解出来ないものであると悟ったのだ。


『……声はかけない方が良さそうだね』

『同意見です』


 スイと示し合わせ、そのままそっと部屋を出た。


『見つけた時は軽い気持ちだったけど、まさかステアをあそこまで唸らせるものだなんてね。何が書いてあるんだろう?』

『さあ。ただ、わたしたちの想像を超えた何かではあるようですね』


 ステアは、大書庫にある全ての本を暗記している。

 その過程でわたしなどでは最初の数ページで理解が追い付かなくなるような、魔法の構造術式や魔道具の生成法などについても完璧に記憶している。勿論理解した上でだ。

 しかしステア曰く「面白いものはある」そうだが、あの子をあそこまで唸らせたものは今まで無かった筈だ。

 ペラペラと捲って、数度頷いて、それで終わり。ステアの予想の域を出るというのは、魔法全盛の時代の書物ですら難しいのだ。

 だが、あのノートはそうではないらしい。少なくともわたしは、あの子が仲間以外の人間に興味を持つところを、ついさっきまで見たことがなかった。

 口ぶりからして、今までのステアの常識をひっくり返すようなものだったんだろう。

 ここまでのたかだか一時間足らずで、自分の常識が通用しないものだということを理解できるほど解読したのも凄いが、それ以上にわたし個人としてもあのノートの内容に興味が湧いてきた。

 ロボットを作った地球人。あのロボットは、光魔法を性質含めて完全に再現出来ていた。

 それほどの技術、解読して軍事力に導入することが出来れば凄まじい戦力になる。


『だけど、その解読した資料をボクらが理解できるとは限らないよね』

『そこは―――ステアの噛み砕き説明に何とかしてもらうしかないですね』

作中の魔法解説コーナー⑤


【毒劇魔法】

髪色:ピンク

使用者:オトハ

特性:自分に害があるあらゆる毒物に対する完全耐性


あらゆる劇毒を生成することができる魔法。毒とはいうものの、少量であれば薬になる物質なども生成することができる。全魔法の中で五指に入るほどに術者のイメージがものを言う魔法であり、例え有毒であっても術者が毒物と認識していなければ生成不可。その性質上、魔法でありながら科学の域を出ることが出来ない矛盾を持つ魔法でもある。

魔法の中でも数少ない、死後も効果が継続するタイプの魔法であり、魔力を用いて魔力を持たない物質を生成する力。だが強力な毒であるほど生成する量は少なくても多人数に影響を与えることができるため、全魔法中屈指の燃費の良さと広範囲殲滅能力を誇る。

また、術者が有毒だと認識さえしていれば液体・気体であればあらゆる物質を生成できるため、認識によっては空気や水も生み出すことが可能。ただし水魔法と違い、作るだけで操作は出来ない。

欠点は、この世界の化学レベルが低いために「毒の認識」が弱くなりがちであり、単調な毒、もしくは摂取したことがある毒しか作れないこと。ただし、オトハの場合はクロの異世界の記憶による認識の改めによってある程度これを克服している。

金属魔法を始めとする、固体の物質を生成するタイプの魔術師にとっては最悪の天敵となり得る。また、オトハの場合は空気の操作によって炎魔術師にとっても最悪の敵となった。

反面、一秒とかからずに殺害する方法は限られているため、耐性魔法や毒を浄化できる光魔法などの毒物を除去・防御できる魔法は相性が悪い。

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