第266話 重力魔法の力
「うっ……」
あれ、僕は……何をしていたんだっけ。
やけにぼーっとする頭を頑張って起こして周りを確認すると、妙な部屋だった。
僕は何故か布団(やけにふかふかで寝心地が良い)で寝ていて、周囲は木製の素材で四方を囲まれている。
床を見てみると、なんだか緑色の藁に似た素材で出来た変な絨毯?が敷き詰められている部屋で、何故か僕は起きた。
というか服もなんか着ていたやつじゃなくなってるんだけどなにこれ?
「えっと、たしか僕はスギノキに来て、それで……そうだ、ボタン!」
頭を押さえて冷静に考えると、気を失う前の状況が鮮明に浮かんできて、僕は自分を捕らえた女の名前を思い出した。
「あいつどこにっ」
「ここじゃぞ」
「うおああああっ!?」
一体どういうつもりなのかと問いただそうとした相手が僕の横で息を潜めて寝っ転がっていた。
布団から転がり出た僕は何度か口をパクつかせてから、漸く声を絞り出すことに成功し、
「な、おま、お前……!?」
「おうおう、混乱しておるのう。まあ無理もないか」
しかしそれしか言葉は出ず、ボタンはそんな僕を見ながらニヤニヤと笑い、ふわりと浮くように立ち上がった。
「手荒な真似をしたのはすまんかったな。ああでもせんと強いお前を捕縛できんかった。ワシの部下たちも普通に躱されておったし」
「どういうつもりだ?僕を捕まえて何を企んでいる」
「不法入国者を捕らえるのは国民の義務じゃろう?……と、いう建前は置いといてじゃ」
ボタンはゆらりと掴みどころのない動きで、瞬きの瞬間には僕の目の前にいた。
それに驚いたのも束の間、彼女は両手を僕の頬に当て。
「昨日も言ったが、お前を気に入った。ワシの嫁にしてやる」
そういえば気を失う前にもそんなことを言われたような。
「……あん?」
「何じゃその反応は」
「いや、ツッコミ所が多すぎてツッコむ気になれないというか」
「不満でもあるのか?多分美少女じゃぞ、ワシ」
多分って。
ああ、目が見えないから自分の容姿が分からないのか。
見えてる僕にしてみても、目隠しで顔の全容は把握できないが、たしかに口元なんかは凄く綺麗だ。
「いや、そういう問題じゃないんだよ。僕は」
「好きな娘がおるのか?リーフとかいう」
……!?
なんで、そのことを。
鎖国国家のこの国で、外界の情報を知る方法なんて限られているはずだ。
なのに僕が好いている人の名前まで知ることができるなんて、普通はあり得ない。
出来るとすれば……精神魔法?
それとも、誰かに聞いた?
まさか―――仲間が!?
「誰から聞いたんだ!」
「いや、お前が寝言で呟いとったぞ。繰り返すようにリーフリーフと幸せそうな顔で」
「ゑ?」
……ゑ?
「うそだよな」
「これが嘘なら知らぬ固有名詞をどうやって言い当てるんじゃ」
「マジかよ……」
リーフの、夢?
そんな、僕はそんな夢を見てたのか?
じゃあなんで記憶に残っていてくれないんだよ僕の脳みそ!!
……いや、そうじゃない。本質を見失うな。
「そ、そうだ。僕は好きな人がいるからお前の嫁にはなれない。ってかなんで嫁なんだよせめて婿だろ」
「我が一族では、当主の相手は男だろうが女だろうが嫁と呼ぶんじゃしゃーないじゃろ」
「我が一族って……お前本当に何者だ?なんであの場所にいた?そもそもなんで追われてた?」
「捕まっている身のくせに質問が多いのう。まあワシは優しいから一個一個丁寧に答えてやる、感謝するがよいぞ」
そう恩着せがましく話したボタンは、その高級そうな着物をかっこつけるように翻し。
「まずはワシは何者か、じゃな?」
ピースマークを右手で作って額に合わせてポーズをとり。
「ワシの名はボタン・スギノキ!海洋国家スギノキの現人神にして絶対的統治者、『神皇』本人じゃ!」
キュピーン!という擬音が似合いそうな感じでそう名乗った。
……はあ?
「寝言は寝て言えよ」
「お前人払いさせてるからいいようなものの、本当ならもう不敬罪で即死刑じゃからな」
そう言って頬を膨らませるボタン。
どこからどう見ても、こいつが神皇とは思えない。
この国であらゆる奇跡を起こし、あらゆる災害から代々国民を守ってきた、国中の畏敬を総取りしている存在、神皇。
確かにその顔も名前も誰も知らない、未知数の存在であることは知っている。
だけどいくらなんでも、この珍妙なちんちくりんが神皇て。
「お前が仮に神皇なら、なんであんな山奥にいたんだよ。超重要な立場のやつがいていい場所じゃないだろ」
「それが二番目の質問の答えじゃな。我々神皇の一族は基本的に許可なき外出は出来なくてのう、それにストレスが溜まって抜け出したのが半分、もう半分はお前たちと話すためじゃった。異国のお前たちと話す分には、国民に姿を晒してはならぬという我が一族の掟には抵触せんからな」
「いや、その前に外出するなって掟バリバリ破ってるじゃん」
「細かいことを気にし続けるとハゲるぞオウラン。ま、そうやってこっそり抜け出したのがバレて、ああやって追われたというわけじゃ」
さらりと三番目の質問にも答えたが、ここまでは一応筋は通っている。
だからといってこいつが神皇ってのは信じられないが。
「本来ならワシの姿を見てしまった時点でお前は即処分という話になるのじゃが、お前は希少魔術師。殺すには惜しいし、何より神皇のワシが嫁候補に挙げたからな。こうして我が居城までお連れしたという話じゃ」
「いや、僕が普通の髪色だったら即殺す気だったのか!?」
「当然じゃろ、不法入国者でしかもワシと顔を合わせた、普通は生かしておく理由がないからな」
「……仮にお前が本当に神皇だとして、なんでそんなに国民から姿を隠すんだよ」
「なに、簡単な理由じゃ。ワシのように半ば神と崇められる立場にいると、姿が見えていない方が崇める側にとって都合がいいんじゃよ。理想と現実のギャップを受けることもないからのう」
ボタンの言葉―――それに僕は聞き覚えがあった。
ハイラント全神国で、議長と呼ばれていた男とノアマリー様が話していたのと同じだ。『神は見えていない方が都合がいい』、僕も確かにその通りだと思う。
「さて、お前の質問には一通り答えた。ここからはワシの番じゃ。お前たちはどうやってこの国の土を踏んだのか、他の魔術師の魔法は何か。一人は空間魔術師じゃろうが他の二人の魔法は?―――そして本当にワシの嫁になる気はないかは最後に聞こうではないか」
「!?」
そうだ、さっきボタンは。
僕たちのことを「お前たち」と言った。
つまり、仲間のことを知られている。
どうしてだ?あのステアの探った場所が見つかるわけがない!
しかも空間魔法の使い手がこっちにいることまで知られている、一体どういうことだ。
「何も話すつもりはない。そしてお前の嫁になる気もない。悪いけど、ここから出してもらうぞ」
「ワシがあんなに優しく質問に答えてやったというのに恩知らずなやつじゃのう。まあよいよい」
ボタンはケラケラと笑い、僕に手をかざした。
僕は何が来てもいいように身構え―――。
「時間はたっぷりあるしのう」
「!?がっ……」
気が付くと僕は、何かに押しつぶされて地面に伏していた。
何かが体に乗っているわけじゃない。
まるで、僕自身が重くなったような。
まさか、これは―――!?
「重、力……魔法……!?」
「ほー、その存在を知っとるか。やはり只者ではないのう、お前とその一行は」
「……《耐性強化・重力》!」
「むっ」
自分に耐性を作ることで脱出し、ボタンと距離を取る。
《重力魔法》―――神皇が持つとステアが予測した魔法。
まさか、本当に。
「本当に『神皇』なのか!?」
「だからそう言っとるじゃろうに」
「っ!」
ボタンは懐から鉄球を取り出し、軽く投げた。
しかし手渡すように放たれたはずの球は、弾丸と見紛う速度で僕に向かってくる。
「うおおっ!」
これが《重力魔法》。
世界の最大単位、重力を自在に操る力!
「お前の魔法は《耐性魔法》じゃろ?強化と弱体化を司る、戦においては全希少魔法の中でも指折りの強力な魔法じゃ。しかし」
「っ!」
再びボタンが僕に手をかざすと、僕の体は勢いよく吹き飛んだ。
いや、吹き飛んだというより―――落ちたという感覚。
そのまま壁に激突し、しかも立とうとしても上手く出来ない。
「いくら重力の耐性を上げたとしても、あくまでそれは強弱のみ。重力の向きには逆らえんじゃろ」
「ぐ!」
そうか、今は僕にとって背中にある壁が「床」。
いつもの感覚で起き上がろうとしても出来ないのは当然だ。
「諦めよ、お前じゃワシに勝てん。自分に付与できる耐性にも限度があるじゃろう?重力そのものや物理への耐性を上げたところで、適用外から攻撃する方法はいくらでもある。手数の多さと圧倒的なパワーこそが、重力魔法が覚醒した四大魔法の中で最強の火力と言われる所以じゃからな」
この数秒の戦闘で理解した。
ボタンの強さはおそらく―――ノアマリー様やリーフに匹敵するレベルだと。
「さあ、考え直せオウラン。ワシの嫁になるんじゃ」




