第181話 再会
「………っ」
閉じた目を開くと、ティアライト領の道に、私は一人で立ってた。
少し頭痛がして、近くの瓦礫に寄り掛かる。
多分、一気に二年半近い分の記憶を流れ込ませた反動。
「《精神鎮静化》」
自分に魔法をかけて、精神状態をリラックスさせる。
そして《精神鎮静化》は、攻撃系の魔法を重視していた影響で、『一周目』では使えない魔法だった。
それが使えるってことは、少なくとも極めた精神魔法の継承は完成している。
「っ!」
慌てて私は、胸ポケットにしまっていた小さな時計を取り出した。
十三時五十六分―――時間逆行が成功してるなら、確かにわたしはあの日の一週間前、この道を散歩してた。
そして、もう一つ。
右手の人差し指に嵌めている、指輪の色を確認した。
「ああっ………!」
黒い。
透明じゃない。
つまり―――。
私は、進んでいた道を駆け足で戻る。
だけど途中で転んだ。
二年で伸びた身長との差異で、遠近感が若干変わっている。
だけど、認めたくないけど、その………言うほど、伸びたわけじゃ、なかったから………多分すぐに慣れる。
そんなことより、私はすぐに起き上がって走った。
この日のこの時間なら、あの二人はあそこにいるはず。
リーフによって壊されたこのティアライト領は、この日だったら結構再建してきてる。
優先して直させたここ―――私たちがあの日まで寝泊まりしてた、宿屋。
私は階段を駆け上がる。
途中でゴラスケが転がり落ちていって昇り直しになった。
今度は慌てず、身に付けた感情コントロールで、落ち着いて階段を必死に駆け上がった。
「ハア………ハア………」
肉体ごと時間を戻したわけじゃないから、身体能力は過去の私の状態に戻ってる。
これは結果的に良かった、もしここまで再現出来てしまってたら、私は二年の引きこもり生活ですっかり鈍った体で戦うことになってた。
六階の、601号室。
最上階の一番いい部屋。
私は荒くなった息を整えることもせずに、ゆっくりとドアを開けた。
鍵はかかって無くて、私はゆっくりと中に入る。
心臓の音が、バックンバックンと高鳴っている。
少なくとも、階段を上がったせいだけじゃないのは確かだった。
そして私は、もう一つの扉を開いて―――。
「だから、ルシアスの長距離転移があと一週間で完成しないようなら、ちょっと無理やり覚えてもらうわよ」
「よろしいんですか?彼、すっかり精神魔法がトラウマになってしまっていますが」
「仕方ないでしょう、そろそろ攻め込まないと戦略的に………あら、ステア」
「ステア、丁度良かったです。今ちょっと呼びに行こうと―――」
その姿を見た瞬間。
感情をコントロールする術を、私は無くした。
「あ、ああ………」
「?どうかしたの、そんなところで立ち止まって」
「お腹空いたんですか?冷蔵庫にプリンが入ってますけど、ホットケーキ食べたいならもうちょっと待ってください」
その二人が。
一緒にいて、話している。
この光景を、再び見るのを―――私は、二年以上待ち望んだんだ。
「ああっ………ひっく、うう………!」
「え!?ど、どうしたの!?」
「ステア!?」
「お嬢、クロぉ………!」
「わぷっ!」
私は、思わず涙を流して、クロに抱き着いた。
慌てて駆け寄ってきたお嬢にも、そのまま縋りついてしまう。
「ほ、本当にどうしたんですか?というかあなたが泣いてるところなんて、初めて見ましたけど」
「どこか痛いのかしら」
「この子、前に階段で転んで足首折った時すら『………痛い』だけでしたよ。こんなに泣くなんて余程です」
「前にイタズラ心でドン引きレベルのグロホラー小説を読ませてみた時も『微妙』って言っただけで泣かなかったわね」
「そんなことしてたんですかあなた、悪影響与えるのでやめてください」
お嬢だ。クロだ。
感情をコントロールすることもせずに、私は二人にくっついた。
この戸惑いながらも私を撫でてくれるクロの手、久しぶり。
スイは撫で方が違ったから。
「本当にどうしたんですか?」
「なんでも、ない………なんでも、ないの………」
「なんでもないってことないでしょう、四歳の時から泣いたところなんて見たことも無いのに。………改めて考えるとちょっと凄いですねそれ」
「手がかからな過ぎてびっくりよね」
お嬢の、クロの、二人の温もりをちゃんと感じてから、私はそっと離れた。
涙を拭いて、気持ちを抑え込んで、いつもの顔に戻す。
「ん。ありがと」
「え?ちょ、いきなりなんで『スン………』ってなるんですか!?」
「情緒不安定かしら………クロ、精神魔術師呼んで」
「この子が精神魔術師です。って、そんなボケしてる場合じゃないでしょう!」
二人の、この夫婦漫才みたいなのがまた見れて、すごく嬉しい。
だけど、ここからはちゃんと感情を抑えなきゃ。
私にしかできない、お嬢を護る使命がある。
「本当に、大丈夫。ありがと」
「そ、そうですか?」
戸惑う二人に、どう言い訳しようかと頭を回転させてると。
「おっ嬢っ様~!あなたのオトハが参りましたわ~ってきゃああ!?」
「えっ、ステア?どうした?」
「おいオトハ、長距離転移に集中してえんだからもっと静かに―――うおっ、なんだなんだ?」
元気な声と一緒に、オトハが部屋に入ってきた。
思わず反射的に抱き着いてしまった。
一度感極まっちゃってから、感情のコントロールに問題が発生してる。
「ちょ、ステア、待ってくださいませ!お気持ちは嬉しいんですが私にはお嬢様という心に決めた人が!」
「一体どうしたんだステア、オトハに抱き着くなんて。馬鹿が移るぞ」
「姉に向かってなんて口を利きますのこの子は!」
「………太ったんじゃ、ないかって、確認」
「ほう、どうやら戦争をお望みのようですわね!」
「おい落ち着けよ、実際ちょっと丸くなったぞお前」
「デリカシーという言葉をご存じ!?」
オウランも、ルシアスも、オトハのおバカも、ちゃんと戻ってる。
また涙が出そうになるけど、必死に押し殺す。
ここでこれ以上皆に心配させたら、今後に支障が出るかもしれない。
静かに深呼吸をして、気持ちを整えた。
「散歩、して、くる」
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫。ちょっと、怖い、夢、見てた、だけ」
「それならいいんですけど」
嘘はついてないから、クロにもバレない。
あれはもう、怖い夢だったって考えるようにして、今まで自分を保ってきた。
それが出来ずに、最初はスイに心配かけた。
私はラッキーだった。スイと出会って、あの時間を『悪い夢』に出来た。
だから、もう間違えない。
あの惨劇が起こるはずの日まで、あと一週間。
誰にも言わず、誰にも悟らせず、全部助けてみせる。
スイと約束した。お嬢を助けるって。
やってみせる。貰ったチャンスを使って、すべてを元に戻す。
だって、私は。
お嬢に―――あの人に選ばれた、天才なんだから。




